12 ほんとかよ
「あいつ、どこかで見たことあるぞ。」
葵は、そこで140キロの球を難なく弾き返す男に、見覚えがあった。
「おいおい、覚えとけよ。あいつ、うちの学校の野球部だぜ。しかも俺らと同じ1年生。」
指で数字の1を作る宗佑と、その男を交互に見ながら、葵はなんとか思い出そうとするが、どうしても名前が出てこなかった。
「なんて名前のやつだっけ。」
「戸田(とだ) 佑月(ゆづき)だよ。あいつシニアで全国行ったらしいぜ。それにな、この間の選抜試験で一軍に選ばれたんだってよ。」
「えっ、1年生なのに?ほんとかよ。」
「そうだ。あいつは間違いなく、俺らの代の主力になるだろうな。ま、エースはお前だけど。」
「ふうん。」
葵は軽く相槌を打ち、隣の130キロのケージに入る。
「なんだよ。バケモノかよ。あいつら。」
勢いのあるボールを軽く打ち返す2人を黙って見つめ、宗佑はそう呟いた。
──あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。気づけば既に施設の終了時間が迫っていたが、そんなことなど忘れてしまうほど、2人はのめり込んでいた。少し休憩と、自動販売機の横にあるベンチに座り、ドクターペッパーを飲んでいる。
「なあ、知ってるか?炭酸を飲むと骨が溶けるらしいぜ。」
「まだそんなこと信じてるの、お前くらいだよ。」
自信満々にひけらかした知識を、葵にバカにされたような気がして、宗佑は不満な表情を浮かべている。
「悪かったな。純粋で。」
「それもお前の長所だよ。」
こんなやり取りをしている横を、ケージから出てきた戸田が通り過ぎようとする。2人の視線に気がついたのか、ベンチの方をチラリと見た。
「誰だ?」
目が合い、不快に思った戸田が2人を睨みつける。それに対抗するかのように、宗佑が立ち上がった。
「いきなり誰だは無いだろ。同じ七條学園野球部1年の、我妻と西川だ。思い出したか?」
「……試験の時、居なかっただろ。」
「まあ、ちょっと事情があってね。」
「二軍のやつに興味はないよ。」
戸田はそう言って、足早に出て行ってしまった。
「態度悪いな〜あいつ。てか、葵もなんか言えよ!」
「良いんだよ。仲間なんだろ。」
「そりゃまあ、そうだけど……」
そうして2人は八山バッティングセンターを後にして、もうすぐ日が沈みそうな空を辿り、自宅へ帰って行った。
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