06 新入部員

 数日後、いつも通り学校を終え、グラウンドへと移動する宗佑。グラウンドは生徒玄関を出て左の、陸上トラックを通り越した先にあった。


「お疲れ様でーす。」


 彼がいつも通りに先輩に挨拶しながら部室に入る。狭い部室に、自分の荷物を置くスペースは無いため、仕方なく外に置いている。



「なあ、聞いたか?今日新しい1年生が来るんだってよ。」


「そうなの?まあでも、どうせ『二軍』だろうけどな。」


 部室では先輩がこんな話をしていた。窓が開いていたため、外にいても会話の内容がよく聞こえる。



「へえ。新しい1年生か〜。」


 この時はとくに思うこともなく、なんとなくこの言葉を受け流した。



「よう、我妻。」


「おう、お疲れ。」


 遅れて谷津たちも、何やら楽しそうな顔をしながらグラウンドへやってくる。まだ新入生である彼らは、先輩よりも早くグラウンドに出て、道具の準備をしないといけないのだ。



「っしゃあーす!」


 ユニフォームに着替え、グラウンドへ挨拶をし、道具が入っている倉庫へと向かう。

 するとそこには、幼い頃から何度も見た姿があった。


「よう、宗佑。」



「おう、お疲れ……って、え?」


 彼が目にしたのは、真っ白な練習着を身につけた、葵の姿だった。


「ちょ……お、お前!こんなとこで何してんだよ?!」



 野球部でないはずの葵を見て、驚く宗佑。すると後ろから、谷津がユニフォーム姿でグラウンドに入って来た。


「なんだ、聞いてないのか?」


「聞いてないのかって……谷津、お、お前は知ってたのかよ?」


「ああ、俺は聞いたぜ。野球を始める理由が見つかったからって、今朝。」


「今朝って……あのなあ、葵。言うならもっと早く──てか、俺にも言えよ!」


「悪い悪い、すっかり忘れてた。急で俺もバタバタしてたし。」



 バタバタしてた。と言う理由で小学校からの同級生を忘れるものだろうか。宗佑は疑問に思ったが、今はそれより、葵がなぜ野球部に入部したのか。と言うことの方が重要だった。


「なあ、お前。なんであんなに拒んでた野球を、また始めようと思ったんだよ。」


「始めたいと思ったからだよ。」


「んだよそれ、答えになって──」



「沙月が、また応援してくれると思ったから。」


「え?」


 葵の発言に宗佑がきょとんとすると、軽く笑いながらこう呟いた。


「今までは、沙月が喜ぶ姿が想像できなかった。だから野球から離れてたんだ。でもやっと、自分の頭の中で沙月が喜んでる顔を想像できた。誰かさんのおかげでね。まあ、谷津はどうしても諦めないって分かってたのもあるけど。」


「うーん……よく分からねえけど、また始めてくれるんならまあ良いか。渚ちゃんも、きっと喜んでるぜ。」


「あいつの分も、頑張らねえとな。」



 そして葵は、誰よりも早く、まだ冷たい風が吹くグラウンドに出て走り込みをしている、1人の少女に目を向けた。その頬には汗が煌めいている。そして皆の上空に広がるのは、見渡す限りの青い空。

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