05 偶然

「……アンタ、なんでここにいるのよ。」


 姉の墓に顔を出しに来た渚が、粘りつくような目で葵を見ている。そして、石造りの階段をゆっくりと降り、近づいてくる。その顔は夕日で赤く染められていた。



「来ちゃだめか?」


「別に。だめじゃないけど。」


 この二人は本当に昔から仲がいいのだろうか。とてもそうは思えないようなやりとりが、繰り返される。



「……お前さ、なんで野球、続けてられるんだ?」


「……何?今更。それ聞くためにここに来たの?」


「気になっただけだよ。試合も出られねえのに、よく続けてられるなって。」


「好きだから、いいじゃん。さっちゃんも私も、野球が好き。ただそれだけよ。」


「昔はよく3人でキャッチボールしたよなあ。いつもお前だけ本気になって、よく暴投してたっけ。」


「アンタの方が下手くそだったでしょ。バカにされたくないんだけど。」


「……お前はすごいよな。昔から男に負けないくらい練習して、誰よりも上手くなっちゃうんだもんな。」


「なんなの?本当に。……私もう帰るから。」


 ここに葵がいることを予想してなかったのか、気まずそうに、足早に立ち去ろうとする渚。その背中が見えなくなる寸前に、葵はある質問をする。



「なあ、お前、俺がまた野球やったら、沙月は喜ぶと思う?」


 知らないけど喜ぶんじゃない。そんな返事が来るのを待っていたのだが、彼女の表情から、それは無いとすぐに分かった。



「……アンタ、ふざけてんの?」


「え?」


 ふざけている。まさか一日で、その言葉を2回聞くことになるとは、彼は思いもしなかった。


「今までやる気が出ないとか理由つけて逃げてきたくせに、なに?急に。……さっちゃんが見たいのは、周りに流されて野球をしてるあんたじゃない。さっちゃんの夢を叶えるために必死に努力する姿が見たいんだよ。……今のアンタを見ても、さっちゃんは絶対に喜ばない。」



「…………アンタなら、さっちゃんの夢、叶えてくれると思ったのに。」



 彼女に返す言葉は無かった。頬を思い切り打たれたような衝撃が、葵に響きわたる。確かに当時の葵も、その双子に負けず劣らず、とにかく野球が好きだったのだ。そしてそれをいつも応援してくれるのが、沙月だった。その瞬間、自分の甘えた考えに気が付き、葵は口元を緩めた。



 既に渚の姿は見えなくなっていたが、葵はこう呟く。



「ありがとう。渚。感謝するぜ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る