03 1球だけ
予想外の用件に、驚く宗佑。何かの冗談かと疑ったが、当の本人は真剣な表情をしている。相変わらず教室の隅では、渚が葵の話をしている2人を見つめていた。
「……お前、分かってねえな。あいつはもう野球なんてどうでもいいんだよ。俺たちが今更誘ったって、見向きもしないだろ。それに、今の野球部に入ったって……。」
「分かってないのはお前だ。西川のあの身体能力、そして野球のセンス。これを放っておく訳にはいかないだろ。」
「でもなぁ、誰がどうやって説得するって言うんだよ。たしかに、小学校の時からすげえと思ってたよ。俺だって実力は認めてる。でもあいつにはやる気がねえんだ。もう一回マウンドに立つまでのやる気がな。」
「それは俺に任せろ。我妻はただ立ってればいい。もしも怪我したらその時はその時だ。」
「あ、誰でもいいやつね……。」
そして昼休み。葵は野球部のグラウンドにある、ブルペンに呼び出された。手には説明も無く渡されたグラブと、硬式のボールを持っている。
「よし、思いっきり来い!」
視線の先では、谷津が防具も付けずにキャッチャーミットをはめ、構えている。葵はその光景に少し懐かしさを感じていた。
「いやいや、いきなり来いって言われても。」
「これはテストだ!……お前が野球部に入れるかどうかのな。」
「お前!俺に当てるなよ!」
いつの間にかバッターボックスに宗佑が入っていた。ホームベースからは少し多めに距離をとっている。
「勝手に決められても困るんですけど。」
葵は小さく呟き、少しならいいか。とグラブを左手にはめる。
「……一球ならまあ、いいけど。」
少し高くなったマウンドに、制服姿はとても似合わないが、昔の感覚を取り戻すかのように軽く屈伸し、肩を回す。
そして軽く息を吐き、大きく振りかぶる。足元では砂埃が舞っているが、それを切り裂くように力強く足を踏み出す。
そして葵の指先から放たれたボールは、唸りを上げながら、谷津のミットめがけて一直線に走る。直後、誰もいないグラウンドに響き渡る重低音。受け取った谷津は、その衝撃のあまり、体制を崩してしまった。その手には葵の投げたボールがしっかりと収まっていた。
「…………え。」
「……ご、合格。」
間近でその力強い球を見た2人は、思わず目を丸くする。おそらく、彼らの想像を遥かに上回る威力だったのだろう。
渚はその光景を、静かに教室から眺めていた。
「……う〜。寒い寒い。」
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