第73話 マンドレイクの収穫

 樹海の住処から歩くことニ十分程度。


 俺はセシリアとレン次郎を連れてマンドレイク畑に来ていた。


「ここがマンドレイクを栽培している畑ですのね」


 マンドレイクの危険性からこの畑には近付かないようにと周知しているので、ここにやってきた人間はセシリアが初めてだ。


 住処の近くにあるのほほんとした開放的な畑ではなく、注意を促す看板や頑丈な囲いなどと雰囲気の違いに驚いているようだ。


「一応、収穫前の様子も見ていくか?」


「できればお願いいたしますわ」


 自国に持ち帰る大事な品物だ。収穫前の様子を確かめておきたいのも当然だろう。


 柵扉を開けると、セシリアも招き入れる。


 畑では随分と生い茂ったマンドレイクが地中に埋まっている。


 パッと見た感じでは、ちょっと形の変わった大根にしか見えないな。


 三日前よりも成長しており、今が収穫時だというのがハッキリとわかる。


「これがマンドレイク。実際に栽培しているのは初めて目にしましたわ」


「魔国では栽培されていないのか?」


「試してはいるのですがマンドレイクの特性上、どうも効率良く栽培できないようでして」


 セシリアが歯切れの悪い返答をする。


 マンドレイクを収穫する時は、犬や老いた農耕馬などとロープで繋いで引っこ抜かせるなどと前世の伝承で聞いたことがある。


 もしかしたら、それに近いやり方で試しているのかもしれないな。だとしたらセシリアが言いづらいのも無理はない。


「取扱いの難しそうなものだからな。まあ、そんなわけでこれから収穫をするから離れてくれ。大した効き目があるかもわからないが耳栓もしてな」


「わかりましたわ」


 頷くとセシリアは耳栓をして、マンドレイク畑から離れていく。


 距離にして三十メートルくらいあるだろう。


 基本的にマンドレイクの悲鳴は俺の力でねじ伏せるが、万が一失敗した時のための保険だ。


 これくらいの距離を離していればショック死することもないはず。


 マンドレイク畑に残っているのは俺とレン次郎。


「もう一回確かめておくが、レン次郎は悲鳴を聞いても平気だな?」


 ガイアノートであるレン次郎は平気らしき、俺の言葉にコクリと頷いてみせた。


 本当はレン次郎に一人で抜かせて、俺とセシリアはのほほんと違う仕事をしているのが一番効率いいのだが、魔王から頼まれたものであるので最初くらいは立ち会っておきたい。


「それじゃあ、抜いてみるか」


 セシリアに収穫をする合図を送って、俺は地中に埋まっているマンドレイクを引っこ抜いた。


 地中から人の体型のようになっている白い根が出てきた。


 胴体には人の顔のようなものが浮かんでおり、地中から出されると目と口を大きく開けて表情を崩した。


 ――マンドレイクの悲鳴がくる。


 瞬時にそれを察知した俺は、マンドレイクに植物操作をかけて全身の動きを止めた。


 すると、マンドレイクの表情が中途半端なもので止まり、悲鳴が上がることはなかった。


「ふう、問題はないみたいだな」


 悲鳴が上がらず俺はホッとした。


 加護の力で悲鳴を止めることができるとわかってはいたが、一歩間違えるとショック死させられる可能性のある植物というのは怖いものだ。


 動きを停止させたマンドレイクをレン次郎に預けると、二本目も続いて引っこ抜く。


 同じように悲鳴を上げる前に加護の力で支配してやると実に大人しい。


 マンドレイクを掲げて問題なく収穫できたことをセシリアに伝えると、彼女はこちらに寄ってきた。


「問題なく収穫ができましたの!?」


「ああ、二本ほど抜いてみたが悲鳴を上げることはなかったな」


「これで流行り病の治療ができますわ」


 マンドレイクを見せると、セシリアが心底ホッとしたような表情を見せた。


 彼女の口から漏れた物騒な言葉に俺は驚く。


「……魔国ではそんなものが流行っているか?」


「あっ、ご心配をおかけするような事を言って申し訳ありませんわ。一部地域で確認された致死性のないもので流行っているほどではなく、早期に治療を施しておくと完全に抑えることのできるものだったので」


 どうやら大規模に流行しているものではなく、ちょっとした風土病のようなものらしい。


 良質なマンドレイクを治療薬とすることで、早期の内に抑え込むことができるようだ。


 そんな大変な状態だったのなら、稲にではなくマンドレイクに良質な魔石を使ったというのに。などとセシリアに言うと、そこまで大袈裟にするほどの病ではないらしい。


 マンドレイクがなくてもほとんどの死者を出すことがなく、毎回乗り切れているようだ。


 病で動けない間は魔王が物資の支援をしてやり、なんとか乗り切っているものらしい。


 いくら支援して支えるとはずっと罹っていたいものではないだろうし、抑え込めるに越したことはなかったので早めに俺に栽培を頼んだようだ。


 きっちりと国を挙げて、苦しい状況を支えているし、それを最小限にするために手を打ってある。


 ここでは偉そうな変なおじさん程度にしか思えない奴だが、あれはれでしっかりと魔王をやっているものなんだな。


「それにしても何ともいえない表情をしていますわね」


「くしゃみが出そうで出なかったカーミラみたいな顔だな」


「ぶふっ! ……大変失礼いたしましたわ。ふふっ、ふふふ……」


 素直な感想を口にすると、セシリアが吹いた。


 貴族の令嬢らしからぬ反応をしてしまい恥ずかしそうに頬を染めてそっぽを向くが、ツボに入ってしまったらしく笑っていた。


 こういうのは妙に長く続くからな。セシリアがカーミラと顔を合わせた時に耐えられるかが次の試練だな。


「とりあえず、このカーミラを――じゃなくて、マンドレイクをどんどん収穫していくか」


「ふふふふふ! ハシラさん! やめてくださいまし!」


 なんてふざけるとセシリアにちょっと怒られた。



 ◆




「これくらいあれば魔国に持ち帰るのには十分か?」


「はい、これだけあれば十分な数の治療薬ができるかと」


 目の前にずらりと並べたマンドレイクを見て、セシリアが満足そうに頷いた。


 うちも治療薬のために、あるいは今後の研究のためにとっておきたいので三割ほど残して、七割ほどを譲ることにした。


 成長促進のお陰で比較的早いペースで収穫できるので、またすぐに種から育てようと思う。


「じゃあ、早速マンドレイクを魔国に持ち帰ってやってくれ。あと、せっかく国に戻るんだ。魔王が許すようであれば、一週間くらいは実家に戻って休んでいてもいいぞ」


「お心遣い大変痛み入りますわ。ではお言葉に甘えて、少しの間だけ休暇を頂こうかと思います」


 セシリアは他の者と違って、故郷や家があった上で赴任してきている。


 こういう余裕のある時に実家に戻って顔を見せないとな。意外と順応しているとはいえ、慣れない場所での生活は疲労が溜っているだろうし。


「それではここで失礼いたしますわ」


 セシリアはマンドレイクを布で包むと、自ら転移魔法を使用して姿を消した。


「さて、研究用に自分たちの分も収穫しておくか」


 俺が薬をとしてもいいし、リーディアも興味を示していたしな。数本くらい持ち帰っておいてもいいだろう。


 にしても、マンドレイクの悲鳴というのは聞けず仕舞いであったな。


 近くで聞くと人をショック死させるほどの悲鳴……一体、どれほどのものなのか。


「ちょっと離れてみるからレン次郎が抜いてみてくれるか?」


 そう言って、俺はマンドレイク畑から大きく距離をとる。セシリアは魔族で聴覚に強い耐性があるとのことだったので、俺はそれよりも倍以上に距離をとる。


 その上で、しっかりと耳栓をしてレン次郎に合図を送る。


 レン次郎がその太い腕でしっかりと葉を掴んで引っこ抜くと、その瞬間マンドレイクが悲鳴を上げた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 人、動物、魔物どの叫び声にも当てはまらない音の爆弾。


 六十メートル以上離れていて耳栓をしていても鼓膜に危機を感じたので、木をドーム状に生やしてレン次郎とマンドレイクを密封させてもらった。


 木で覆っていても音が漏れてビリビリと空気が震えていたが、煩いなと思うくらいで鼓膜の危機を感じる程じゃなかった。


 とりあえず、少し近付いてドーム越しにマンドレイクを支配。


 すると、ピタリと悲鳴が止んでくれた。


 能力を解除すると木の壁がなくなって、無造作にマンドレイクを掴んでいるレン次郎が佇んでいた。


 木の壁で覆ってしまった故に中では音の大反響でとんでもなかっただろうが、レン次郎は特に堪えた様子もなくピンピンとしていた。本当に何も感じていないらしい。


「にしても、すごい悲鳴だったな」


 あれほど距離を離して耳栓もしていたのに軽く鼓膜の危機を感じた。至近距離で浴びせられるとショック死するというのも納得だった。






 住み家に戻ると、エリス三姉妹にうるさかったと苦情を入れられた。聴覚の特に発達している黒兎族には、マンドレイクの悲鳴がそれなりに聞こえてしまったらしい。


 自分の好奇心のせいで迷惑をかけてしまったので素直に謝罪をした。


 興味本位であのような実験をするようなものではないな。マンドレイクの危険性を改めて知った俺は、今後も誰も近付けさせないようにすると戒めた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る