第72話 精米のための準備

 怒涛の稲刈りを終えた翌日。


 樹海に入るカーミラたちを除いた、同じメンバーで再び作業をすることにした。


「よかった。さすがに今日は生えていないわね」


「ホッといたしましたわ」


 田んぼにたどり着くなりリーディアとセシリアだけでなく、エルフたちもホッとしたような表情をしていた。


 あれだけ再現なく生えてきていたのだ。


 一夜明けて、また生い茂っているのではないかと懸念していたのだろう。


 稲がたくさん獲れれば、それだけたくさんのお米を食べられるわけであるが、物には限界というものもある。


 この米が前世のものと同じような味をしていたとして、他の皆が気に入って食べる確証はないからな。


 今の段階で獲れすぎると食べきれないし、労力的にも厳しいものなので、俺もちょっとホッとした気分だった。


「収穫した稲を干していこう」


「これだけ晴れていれば問題ないわね」


 昨日は稲の刈り取り作業を終えたのが日暮れだったからな。長時間の刈り取り作業で体力が奪われ、腰が痛んでいた上に日照時間がほとんどなかったので、はざ掛けをしたまま倉庫に置いているのだ。


 はざ掛けというのは、よく田んぼで見かける稲の束を扇子で開くかのようにバサッと半分に分けて、二股で竿に干されている稲の掛け方のこと。


 刈り取ったばかりの稲は、まずそうやって乾燥させるのだ。


 日陰に干していては乾燥も進まないので、皆で倉庫に向かってはざ掛けを取りに行く。


 一人で運ぶにはさすがに重いし、バランスが悪いので二人一組になってだ。


 単純な荷運び作業は体力が物を言うので、近くで警備をしていたレン次郎にも手伝ってもらうことにした。


 さすがにレン次郎は力持ちなだけあって一人でも余裕だ。持ち運びやすい形状をしていたら、一人で同時に二つを運ぶことができただろう。


 倉庫から運び込んだはざ掛けは、日当たりが良く、周囲の邪魔にならない刈り取った後の田んぼに設置。それをたくさん並べていくと結構な長さになった。


 秋になると実家の周りの田んぼでは、こんな風に稲がぶら下がっていたな。


 故郷の田園風景と重なってちょっと懐かしい気分になれた。


「ようやく全部干せたわけだけど、これってどのくらい干しておくの?」


「乾燥具合にもよるが一週間から二週間くらいだな。こっちでもそれは合っているか?」


「一部地域の気温によって期間の差はありますが、概ねそのような感じですわ」


 セシリアに尋ねてみると、そのような返答がきたので、やはり俺の知っているものと大して差はないようだ。


「意外と長く干しておくのね」


「ちゃんと水分を減らしておかないと腐ったり、カビが生えたり、風味が悪くなることがあるからな」


 後はゆっくりと乾燥させることにより割れる粒が少なくなったりと利点もあるのだ。


「植えて収穫する期間よりも、乾燥させる期間の方が長いというのは不思議なものですね」


「まったくだな」


 育てる期間よりも加工する期間の方が、遥かにかかってるっておかしいよな。


 クレアの言葉に思わず苦笑してしまう。


「稲の乾燥が終わったらどうするの?」


「脱穀して籾すりをして……あっ、千歯こきや唐箕、臼ひきといった加工道具を作っていなかったな……」


 当然のように続く工程を口にするが、それを行うための道具を作っていないことに今更気が付いた。


「それらがどのような道具かはわかりませんが、魔国の方に戻って、それらしい道具がないか確かめてみましょうか?」


 すっかりと失念していた俺にセシリアがおずおずと提案をしてくれる。


 が、魔国では家畜の餌として使われているだけで、精米させる知識も道具もないだろう。もしかすると、一部地域ではあるのかもしれないが、そう簡単に見つかるとは思えない。


「……いや、それらの道具は俺の力で作ることができると思う。乾燥させるまでの間にやってみるさ」


「わかりましたわ」


 実家の倉庫に昔ながらの精米道具があったので、それらの道具の仕組みがどういうものかはわかる。


 実際、昔の人が使っていただけあって、それほど難しい仕組みでもないしな。俺でも十分に作ることができるだろう。


 待ち遠しいことこの上なかった二週間であるが、精米道具を作る時間を考えればちょうどいいのかもしれないな。


 天日干し作業を終えると、俺は家に戻って早速精米道具を作ることにした。





 ◆




 稲を精米するのに必要な道具は四つつだ。


 乾燥させた稲の穂先から籾を落とす脱穀作業をこなしてくれる千歯こき。


 籾を選別する唐箕。


 籾から籾殻を剥がすための唐臼。


 玄米からぬかを取り除き白米にするためのじんがら。


 まあ、その時の時代や地域によって微妙に使う道具が変わったりするが、基本はそれらだ。


 どれも木製品でできるもので仕組みも簡単だ。


 千歯こきは櫛のように歯がついた部分だけをドルバノに作ってもらえば、後は土台にくっ付けるだけなので簡単だ。


 唐箕も人工的に風が起こせればいいので、ハンドルで回すタイプのものを作ればいい。


 唐臼も粘土を固めて作った臼を擦り合わせるだけなので、樹海で採れた粘土質の土で完成。


 じんがらも木製品で十分にできる道具で、単純な構造だったのですぐに作れてしまった。


 四つつの道具を作って、家の裏に精米小屋を作っても三日程度だった。


 まだ乾燥した稲で試したわけでもないので絶対に使えるとはいわないが、多少の微調整を加えるだけで何とかなるだろう。


 後は稲がしっかりと乾燥してくれるのを待つのみだ。


「ハシラさん、ちょっとよろしいですか?」


「うん? どうしたんだ?」


 精米道具が大体完成し、お米を炊くための土鍋を引っ張りだして磨いていると、セシリアが家に訪ねてきた。


「マンドレイクの収穫が本日だったかと思うのですが、そちらの方はどうなっておりますの?」


「…………すまん、お米の事で頭がいっぱいで忘れた」


「何となくそんな気がしましたわ。収穫ができるようであれば、急いで送ってほしいと魔王様に言われていますので収穫してほしいのですが……」


 素直に白状すると、セシリアがジットリとした視線を向けてくる。


 そういえば、収穫できたらすぐにセシリアを使って転移で輸送してほしいと言っていたな。


 うん、もうすぐお米を食べられるかと思うとワクワクしてしまって、すっかりと頭から抜け落ちていた。なんだか申し訳ない。


 呑気に土鍋なんか磨いている場合じゃなかった。


「今から収穫してくる」


「わたくしも付いていきますわ」


「マンドレイクの収穫は危険だぞ?」


 マンドレイクは引っこ抜く時に強烈な悲鳴を上げる。


 それはもう絶大で引っこ抜いた者の鼓膜を突き破り、ショック死させる可能性があるほどに。


「普通の人間ならそうですが、わたくしはそういったものに少しだけ耐性のある魔族です。離れたところからでもいいので確認させていただきたいですわ」


 危険性を注意するものの、セシリアは真剣な眼差しでそう告げる。


 魔王が栽培できたらすぐに送ってほしいと言っているものだし、それだけ魔国にとって大事なものなのか。


「セシリアは魔国から派遣された魔王直属の部下だ。あまり危険な目に遭わせたくないのだが……」


「ええ? 転移を使用させるために樹海に放り込んだハシラさんが今更それを言いますの!?」


 腕を組みながら考えを述べると、セシリアが目を見開いて突っ込んだ。


「放り込んだというのは人聞きが悪いな。あの時はカーミラとかレントとか護衛がいただろ?」


「なら、今回はハシラさんがいるので大丈夫ですわね!」


 にっこりといい笑顔を浮かべながら言ってくるセシリア。今日の彼女はちょろくない。


 どうあってもセシリアは付いてくるようだ。


 まあ、マンドレイクの収穫をさせろとか言っているわけでもない。聴覚に耐性もあって、安全圏から大人しく眺めていると言っているのだ。


 そこまで大きな危険はないか。俺がしっかりと悲鳴を抑え込めばいいわけだし。


 そんなわけで俺は、セシリアとレン次郎を連れてマンドレイク畑に向かうことにした。




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