第71話 無限収穫?


 マンドレイクの世話を終えて家に戻り、昼食を食べて囲炉裏部屋でのほほんとしているとセシリアがやってきた。


「ハシラさん! 昨日植えたお米が収穫できるようになりましたわ!」


「おお、本当か!」


 セシリアの持ってきてくれた吉報に俺は即座に立ち上がる。


 俺の予測よりもほんの少しほど早かったが、やはり今日中に収穫できるようになったようだ。


「今朝チラッと目にしたから成長速度の速さは知っていたけど、本当にもう収穫なの?」


 傍で樹海スライムを愛でながら聞いていたリーディアは、信じられないとばかりの表情を浮かべている。


「ええ、茎がしっかりと黄金色になって穂が垂れている。あれは紛れもない収穫時期ですわ」


「植えた翌日に収穫とは……農業という概念が壊れていますね」


 うん、魔石を使った本人でもそう思う。植えて翌日に収穫とか意味が分からない。


 上質な魔石が良かったのか、エルフィーラにきちんと祈りを捧げたのがよかったのか。


 詳しいことはわからないが、少しでも早くお米を口にしたい俺からすれば、この上なく嬉しいことである。


「よし、早速収穫だ!」


 普段ならもう少し休憩しているところであるが、居ても立っても居られず収穫に乗り出すことにした。


 リーディアとクレアも休憩時間のはずだが、米の状況が気になるらしくて付いてきてくれた。


 太陽が少し降りてき始めた昼下がり。


 昨日作ったばかりの田んぼには稲が黄金色に実り、穂に実がぎっしりと詰まってその重さで垂れ下がっていた。


「しっかりと実っているな!」


「へー、これがハシラの言っていたお米ね。こうして眺めると綺麗ね」


「魔国でも雑穀畑は秋の風物詩でした」


「まあ、今は夏なんだけどね」


「……そうですね」


 うん、米の実りといえば秋というイメージがあるので、俺も引っかかったけどそこには突っ込まないようにする。


 夏真っ只中に広がる実った稲というのも中々にいい風景じゃないか。


 稲は刈り取りが早くても遅くてもダメだと言われる難しい作物だが、俺の加護による直感でも今がベストだと告げていた。


「魔国では刈り取りはどんな風にやっていたんだ?」


「鎌で刈り取って、藁で縛ってから天日干しにしていましたわ」


「俺の故郷とほぼ同じだな」


 現代日本では文明が発達していたのでトラクターなどを走らせて一気に刈り取っていたが、ここではそのようなものはないので手作業だな。


「よし、刈り取るか」


 手袋をはめると神具を鎌に変形させて株の根元を刈り取っていく。


 相変わらず神具の切れ味はすごく、少し力を入れるだけで簡単に切断できてしまう。引っかかりなんて全くなくて爽快だ。


 お陰でシャッシャと株を刈り取っては手の中で束ねる。


 手の中がいっぱいになると、それを田んぼの端に寄せて置く。後で蔓や藁で纏めて縛ってしまえばいいからな。


 そんな作業をしていると、リーディアやクレア、セシリアも手伝ってくれるようで各々が手袋を嵌めて鎌で刈り取りをしていた。


「手伝えることはありますか?」


「そこに束ねている蔓で束ねてくれ」


「わかりました」


 刈り取りをしていると、休憩時間だったはずのアルテたちが手伝いにやってきたので、蔓を生やして束ねるように頼む。


 アルテをはじめとするエルフたちが、蔓を器用に使って稲を束ね始めた。


 なんだか休憩時間中に働かせてしまったようで申し訳ないので、今日の作業を早めに切り上げてもらう事で帳尻をとろう。


 黙々と稲を刈り取っていくと、残った茎の根元や地面がドンドンと見えてくるので何となく楽しい。改めて眺めると、これだけ広いスペースに生い茂っていたのかと感心する想いだ。


「ハシラ、後ろにある稲を刈り忘れているわよ」


 刈り取りを進めていると、傍にいたリーディアが後ろを指さして指摘した。


「本当だな。すまん」


 単なる刈り忘れか? でも、俺は田んぼの端からスタートして刈り取りながら真っ直ぐに進んだ。そんな状況で刈り忘れなんてあるのか? 


 しかし、後ろには紛れもなく生い茂った稲があるので、俺が刈り忘れていたとしか思えないな。


 どこか釈然としない気持ちを抱くものの、俺は後ろに戻ってポツンと生えていた稲を刈り取った。


 しかし、次の瞬間。俺は驚きの光景を目にしてしまう。


「なっ!」


「どうしたのハシラ? って、えええ!?」


 俺の奇妙な声を聞いて、振り返ったリーディアもその光景を目にして奇声を上げた。


 これにはクレア、セシリア、アルテを初めとするエルフたちも視線をこちらに向ける。


 そして、全員が俺とリーディアのように驚いていた。


「刈り取ったばかりの株から新しく稲が生えてる」


 そう。俺たちが刈り取った稲の根元から稲が生い茂るのである。


 まるで、稲の成長をハイスピードカメラで再生を眺めているかのようだ。


 そして、青く生い茂った稲はまたしても黄金色に染まり、実りをつけて穂を垂らした。


 あっという間にまた収穫時期に差し掛かった稲の完成である。


「……非常識ですわ」


 衝撃のあまり空気が静寂と化す中、セシリアの掠れるような声が響き渡った。


 まったくもって非常識この上ない。


「雑穀って、ネギやレタスのように千切ってもまた生えてくる作物じゃないわよね?」


「違いますわ。一回収穫すれば、それで終わりです。茎を残そうが、こんな現象はあり得ませんわ」


 そうだよな。葉野菜でもあるまいし、再生させて繰り返し収穫できるものじゃないだろう。


 俺の故郷でもそんな特性を持ったお米は聞いたことがない。


「ゼノンマンティスの魔石がすごいのか、ハシラ殿の力がすごいのか……」


「多分、後者だと思います」


「わたくしもそう思いますわ」


 どこか畏敬の念が籠ったアルテの言葉にセシリアたちが深く頷いた。


「とりあえず、刈り取ってしまうぞ」


 なんだかやらかしたかのような変な空気が漂っているので、それを払拭するように努めて明るい声を出す。


 そして、黙々と生い茂っている稲を刈り取っていく。


 しかし、後ろを見ると最初の方に刈り取った稲がまた生え始めていた。


 縛っても縛っても増えていく稲の束にアルテやエルフたちも大慌てだ。


 最初に出した蔓も無くなってきたようなので追加で出しておいてあげる。


「刈っても刈っても生えてきますわ!」


「一体、どれくらい生えてくるのかしら?」


「魔石の質を考えると、十回くらい生えてきてもおかしくはないですね」


 そんな風にゼノンマンティスの魔石を撒いた田んぼでは何度も稲が再生。


 狩りから戻ってきたカーミラたちにも手伝ってもらい、親の仇のように稲を刈り取ることに。


 クレアの期待以上の十五回という再生回数を叩き出し、稲が再生しなくなる頃にはすっかりと日が暮れてしまったのだった。

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