第70話 魔石の異常な効果
田んぼを作って皆でお米を植えた翌朝。
田んぼの様子を見に行ってみると、そこには青々と茂っている稲の姿があった。
「今まで以上に非常識な成長速度ですわ……」
昨日種を植えたばかりなのにたくさん生い茂っている稲を見て、一緒に様子を見に来たセシリアがあんぐりと口を開けていた。
思わず手に取ってみてみると既に出穂しており、籾が開いて黄色いおしべも顔を出していた。
通常、ここまでの成長を迎えるには種植えから三か月以上の時間がかかるはずだ。
今まで俺の成長促進と魔石肥料によって脅威の成長速度を誇っていたが、一日でここまでの成長を見せるのは初めてだ。
俺の能力はあくまで成長を促進させるものであり、ここまで急激な成長をすることはなかった。セシリアの言う通り、間違いなく異常だろう。
「これはゼノンマンティスの魔石の効果か?」
「恐らくそれも一因かと思われますわ」
心当たりといえば、それしかなかった。
異世界にやってきて米を見つけた俺は、少しでも早く食べられるようにとリーディアとクレアに頼み込んで現状で最上の魔石といえるゼノンマンティスの魔石を使用した。
その結果が目の前で生い茂る稲である。
茎が生い茂る頃には水を抜いて田んぼを乾かす「中干し」という作業があるのだが、それすら必要ない……いや、既に浸してあった水分がなくなっているな。
成長段階で吸い上げてしまったのか、自動で中干しのようなことをやってくれたのかまではわからない。
「このままだと明日……いや、下手すると今日の夕方にも刈り取りまでいってしまうかもしれないな」
「ですわね。今後のためにわたくしがしっかりと見ておきます」
「ああ、そうしてくれると助かる。収穫には参加したいから、穂が黄金色になって垂れ下がってきたら呼んでくれ」
「かしこまりましたわ」
元々魔国でも存在しており雑穀と呼ばれていたらしいので、セシリアならば収穫時期の見極めを謝ることもないだろう。
「うおおお! 今日も樹海に入るぞ!」
「昨日ハシラが言った通り、獣化はできるだけ抑える方針にするのだぞ?」
「樹海の魔物を相手にそれって本当にキツイんだけど」
「……克服しなければいけない問題ならば乗り越えるまでだ」
米はセシリアに任せて畑の状況を確認していると、カーミラたちが威勢のいい声を上げていた。
今日もライオス、リファナ、グルガ、レントを連れて樹海の狩りに挑戦するようだ。
昨日は暴走して何度もカーミラやレントに殴られていたようなので、今日はそうならないように無傷で帰ってきてもらいたいものだ。
元気よく歩いていくカーミラたちに軽く声をかけて見送ると、獣人やエルフたちが続々と外に出てきた。
そして、俺を見かけるなり皆が口々に挨拶をしてくれる。俺はそれを一人一人に返事しながら周囲を眺める。
こうして見ると、大分ここの人口も増えたものだと思える。
最初は俺とレント。その次にリーディア、カーミラにクレア。そこからトントン拍子に増えていきガイアノートを含め三十人以上は暮らしていることになる。
もはや、ちょっとした集落になり始めているな。
「それじゃあ、今日も作業を始めるわよー」
感慨深く思っているとリーディアがやってきて、今日の作業の振り分けをしていく。
最初は魔王が連れてきた移住者の中でエルフが多かったので、リーディアに纏めてもらっていただけなのだが、その流れのせいか農作業の現場担当はリーディアという雰囲気が出来上がりつつあった。
クレアは全体のスケジュール確認や、現場作業の補佐とマルチに活動してくれている。魔王城で働いていただけあって、こういう作業は得意なのか実に頼りになる。
そして、俺はといえばここの代表者ではあるが、特に決まった位置付けにはいない。
朝の日課である作物の確認や成長促進はキッチリとこなすものの、どの作業に関わるかといった明確な決まりはなく自由にやらせてもらっている。
現場で纏める事にリーディアやクレアほど長けているわけではないので、今の自由なスタンスがいいと思っている。
リーディアはここの代表者である俺に農作業の現場を纏めてもらいたかったみたいだが、何だかんだと真面目にやっている。
エルフたちに補佐をしてもらいながら、新しく作業に加わっている獣人のフォローをしている。
故郷ではハイエルフという種族故か畏敬の念を抱かれてうんざりしていたようだが、ここではそういうのは無しとルールを設けているからかいい距離感でやっていけているようだ。
昨日は作物の説明と収穫をやっていたようだが、今日は新しく畑を耕してくれるようだ。
やってきた獣人は十二名。
その内、狩猟メンバーと裁縫メンバーを引くと、農作業メンバーは子供が中心の七人程度になるのだが、獣人は子供でも相当なパワーと体力があるので大きな戦力になりそうだとクレアが言っていた。
それなら思い切って新たな農耕地を増やすことも難しくはないだろうな。
獣人がやってくることを見越して、木々を引っこ抜いて、雑草の駆除もしておいたので後はキッチリと耕してもらうのみ。
鍬を持って元気に走っていく獣人たちに頑張ってもらおう。
◆
畑の確認と成長促進を終えた俺は、離れにあるマンドレイクの管理に向かった。
その道すがらでは、すっかりとうちに居ついた樹海スライムたちが集まって日向ぼっこをしていた。
少し日差しの強いこの季節でも樹海スライムからすれば、太陽の光はまさしく天の恵みなのだろう。エネルギー溢れる光を身体全体で受け入れているようだ。
スライム故に表情なんてものはないが、見ているだけでその心地よさが伝わってくるようだな。
樹海スライムの一匹に近付いて弾力を楽しむように撫でていると、そいつから生えているものを見て少し驚く。
「……お前、もう米を食べたのか」
そう、俺が撫でている樹海スライムには稲がしっかりと生えていた。
恐らく、昨夜から今朝にかけて稲を食べて取り込んだのだろう。
目をつけるのが早い樹海スライムにクスリと笑い、そのほのぼの空間を後にしてマンドレイク畑に向かう。
マンドレイクの畑にやってくると、この間に確認した時よりもしっかりと葉が茂っていた。
土の部分にはこんもりと白い根が出ており太くなっている。
もう収穫してもいいんじゃないかと思えるが、直感では後三日くらいはこのままにしておいた方がいいと感じた。
エルフィーラの加護で何となくわかるんだろうな。
ということは、このまま三日程度放置しておいた方がいいので、今日もいつも通りに水をやって生えている雑草の駆除に務めた。
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