第69話 移植完了
「……わたくしも裸足で入りますわ」
水魔法で身体や服についた泥を落として着替えたセシリアは戻ってくるなり、テンションの低い声でそう言った。
まだ髪の毛が完全に乾ききっていないのかほんのりと湿っている。湿気を帯びたせいか綺麗なカールが少し緩くなっていた。
「ああ、そうした方がいいと思う」
田んぼの土って慣れないうちは裸足の方が歩きやすいしな。田植え靴のような特化したような靴でない限り、かえって足がとられて動きにくいまであるし。
勿論、裸足で入るということにもデメリットはある。足が汚れるし、尖った石などがあれば怪我をするかもしれないし、虫に噛まれてしまったり。
しかし、ここの畑は俺が丹念に柔らかくしているし、暇なときはレントが石拾いもしてくれて除去済みだ。大きな虫なんかはインセクトキラーが食べてくれるので、かなり安全な足場をしているといえるだろう。
セシリアはササッと裸足になると、少し躊躇った後に田んぼに入る。
「ひゃっ!」
水の冷たさと泥の感触に驚いたのか、セシリアが短い悲鳴を上げた。
「……最初はちょっと気持ち悪い感触だけど、慣れれば悪くない」
「そ、そうですわね。慣れるかはわかりませんが、靴を履いた状態よりかは歩きやすそうですわ」
セシリアはまだ慣れていないらしく、歩く度に微妙な表情をしていた。
まあ、子供の頃に経験した俺や、こういった作業に慣れているエルフと違って、セシリアは生粋のお嬢様だからな。少し時間がかかるのも無理もない。むしろ、よく順応できているぐらいだ。
どことなく覚束ないセシリアを気遣いながら、俺たちは植え付けの位置に移動。
苗を育てるには一列の間隔を三十センチ程度離す。一株に植える苗は四本程度で、株と株の間は十八センチ程度。
そのまま真っすぐ植える自信はないので、イトツムギアリに真っすぐに糸を引いてもらって目印を作った。
「一株、四本ずつ。真っすぐ立たせてこれくらいの感覚で植えてくれ」
試しに俺が目印に沿いながら植えていくと、大体理解してくれたのかアルテたちが真似をしていく。
「どのくらいの深さにすればいいですか?」
そうだった。それも言っておかないと。移植なのでしっかりと根が生えるように深めがいいだろう。
「四センチ程度で頼む」
「わかりました」
そう言うと、迷いがなくなったのかアルテたちが植え付けていく。
田舎の爺さんや婆さんと比べると、速度は遅いがしっかりと苗が立っているので上出来だ。
「あ、あれ? 皆さんのように苗が立ちませんわ?」
セシリアが上手く苗を立たせることができなくて焦っているが、むしろその方が普通だ。苗をきっちりと立たせて植えるのも難しいのである。
「指でしっかり摘まんで奥まで入れないとダメですよー」
「こ、こうですの?」
「そうそう。多分、そんな感じ……ですよね?」
「ああ、合っているぞ」
アルテに視線で問いかけられたので、しっかりと頷いてあげる。
セシリアの方はアルテに任せれば十分そうだな。
俺と残りのエルフ二人は黙々と目印に沿って苗を植えていく。
「う、うーん、この体勢結構キツいかもー」
「こ、腰が痛い」
「それがこの作業の辛さだな」
今回は移植なのであまり屈むことなく植えることができるが、それでも中腰になって作業をし続けていると腰にくるものがある。
まだ畑の三分の一程度しか進んでいない。半分以上あることを考えると大変だ。
稲の生育を均一にするために一日で完了させるのが望ましい。日本でも昔なんかは田植えの時期は総出で作業するために学校まで休みになるほどだったとか。
……このままでは日没までに終わるか怪しい。誰か応援を呼ぶか?
すっかりと硬くなってしまった腰を軽く叩いて悩んでいると、田んぼの外にいるレン次郎と視線が合う。
「レン次郎もやってみるか? でも、お前だと足が大きいから、ちょっと厳しいか?」
レン次郎はかなり大柄だ。田んぼに足を入れると、今までに植えた苗まで踏んづけてしまうかもしれない。
しかし、レン次郎はこくりと頷くと袋から苗の束を持つ。
「大丈夫か? お前の足の大きさだと苗を踏んづけて――」
などと心配の声を上げたが、レン次郎はみょーんと両腕を伸ばした。
そして、腕に生えている蔓を操作して苗を丁寧に植え付けていく。
「すごいですね、レン次郎さん!」
「わたくしよりも真っすぐに立っていて上手ですの……」
「……お前、そんな繊細な作業もできるようになっていたんだな」
生み出したばかりの頃は細かい作業は苦手だったのに、こんなことまでできるようになっていたんだな。
いつの間にかシレッとできるようになっている事が多い不思議な奴らだ。
「さあ、レン次郎に負けないように俺たちも頑張るぞ」
「「は、はいー」」
俺たちは腰の痛みと格闘しながら、苗の移植を続けた。
◆
レン次郎に手伝ってもらいながら作業することしばらく。
「よし、これで移植完了だな!」
俺たちは遂に田んぼ一面に米の苗を移植することに成功した。
「ようやく終わりましたのね。も、もう腰が……」
「中々にきつかったですね」
長時間の中腰作業にセシリアやリーディアたちも参っている様子だった。
「慣れていない作業なのに五人だけというのはきつかったな。無理をさせたようで悪かった」
「いえ、お役に立てたようで何よりです。明日もやれと言われるとキツいですけど……」
「さすがに連続してやらせることはないから安心してくれ」
それは俺もきついしな。次は獣人の子供たちにも声をかけて大人数でやろうかな。
「おーい、ハシラ! 戻ってきたぞー!」
水魔法で足を洗い流して、タオルで拭いていると樹海からカーミラとレントが戻ってきた。
魔物を倒してきたのかレントの肩には様々な素材が乗っている。
その後ろにはグルガ、リファナ、ライオスもいるが、身体のあちこちに傷があってボロボロだった。
見たところ大きな怪我をしているわけではないが、いきなり怪我をしてくるとは穏やかじゃないな。
「お帰り。グルガたちは大丈夫なのか? 少し怪我を負っているみたいだが……」
「ハシラは心配し過ぎ。ちょっとした擦り傷だけだから、こんなの怪我のうちに入らないよ」
「ああ、身体に支障のある怪我はない」
「そうか。それならいいんだが……」
俺が心配するもリファナたちは平然としていた。
どうやら本当に擦り傷だけで大した怪我ではなかったようだ。
そうだよな。グルガたちも立派な戦士だし、あまり心配し過ぎるのも良くないな。
「にしても、樹海の魔物は強いな! 三人で獣化しても数体の魔物を倒すのが精々だ! ガハハ!」
「そうなんだよね。ギリギリの戦いだから、どうしても本能に呑まれちゃって何度カーミラとレントに殴って止めてもらったか」
「……あの衝撃は目が覚めるな」
ライオスたちの会話を聞いて、俺はギョッとする。
「……もしかして、この傷はカーミラがやったものなのか?」
「こいつらがすぐに本能に呑まれるのが悪いのだ! アタシにはハシラみたいな能力はないから綺麗に止められんぞ!?」
「できれば、暴走する前にフォローとかできないのか?」
「……次からはそうしてやるのだ」
まあ、初日目に大した怪我はなかったのでそれで良しとするか。
「グルガたちも獣化はできるだけ抑えて戦ってくれ」
「あの化け物たちを相手に獣化を抑えて倒せって鬼畜だよー」
「だが、獣化に頼っていては、一日中狩りをすることもできん! ハシラの言うことももっともだな!」
ライオスの言う通りだ。
グルガとリファナの獣化を体験しているだけに、樹海で毎回あのようなことをしていると思うと心配になってしまう。できれば、あんな風にならないように安定して狩りができるようになってほしいものだ。
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