第68話 田んぼの中に
「アルテ。これから田んぼを作るから、水魔法の使える者を呼んでくれるか?」
「わかりました!」
肥料を撒いた後は、水を入れるので水魔法の使えるエルフを呼ぶ。
すると、アルテを含んだ三人のエルフが集まってくれた。
普通の畑よりも大きめではあるが、魔法の得意なエルフが三人もいれば十分だろう。
「ちょっとお待ちを! 新しく育てるのならば記録をとらせてくださいませ!」
早速、作業に取り掛かろうとしたらセシリアが慌てた様子でやってきた。
そうだった。セシリアには作物の記録やデータの収集を頼んでいるのだ。こうやって新しいものを育てる時は声をかけないとな。
「すまない。声をかけるのを忘れていた」
「い、いえ。間に合ったようで何よりです。今回は魔国から送られてきた、米の苗を植えるのですね?」
「その通りだ」
しっかりと頷くと、セシリアの視線がレン次郎の方にスッと移動する。
「……さっきから気になっているのですが、レン次郎さんが抱えていらっしゃる強力な魔力のこもった魔石は?」
どうやら魔石が気になるようでセシリアやアルテたちの視線が魔石に注がれる。
「ゼノンマンティスの魔石だ。肥料に使う」
「ゼノンマンティスですの!?」
「あの樹海の死神の魔石ですか!?」
きっぱりと告げると、セシリアとアルテたちが驚きの声を上げた。
ゼノンマンティスは樹海の死神なんて呼ばれているのか。まあ、樹海に生えている太い木でさえも、豆腐のようにスパスパと斬っていたのでおっかない奴ではあったな。
「ああ、そうだ」
「それを家畜――米の肥料に……?」
「リーディアやクレアからの許可も取ってあるから問題ない」
「……そ、そうですか。ならば、記録をとることに努めます」
クレアたちが許可した事が信じられなかったのか、セシリアは思考停止して事務的なものになった。
魔国では家畜の餌扱いされているので、魔王やクレアと同じく衝撃がデカいのだろうな。
「これだけ大きい魔石を肥料として使うのは初めてですね!」
「どんな風に成長するんでしょう?」
「どうなるかはわからないが、美味しく育ってくれるといいな」
俺もこの大きさと質の魔石を肥料として使うのは始めてだ。魔石を肥料とすると、かなり成長も早くなるし、味も良くなるので同じような効果を期待できるに違いない。
「早速、肥料を撒いてみるか。レン次郎、ここに魔石を置いてくれ」
そう頼むと、レン次郎が畑の中央にドスンと魔石を置いてくれる。
何かで細かく砕いてパラパラと撒いた方がいいのだろうか? などと考えていると、巨大な魔石がズブリと畑に沈んでいった。
小さな魔石を呑み込むならまだしも、これだけ巨大なものを呑み込む光景は異様だな。
まるで底なし沼に沈んでいくかのようだ。
「お米の健やかなる繁栄を願い、魔石を供物として捧げよう」
豊穣の神であるエルフィーラへ願うつもりで、そんな祝詞を紡いでみると畑が翡翠色の光に包まれた。しかし、それは一瞬のことですぐに光は収まった。
「な、なんだったんです? 今の光は?」
「上質な魔石を肥料にした影響でしょうか?」
なんだろう。普段よりも加護の力が強く感じられた。
上質な魔石を肥料にしたのが良かったのか、エルフィーラに祈ったのがよかったのか。それとも彼女が気まぐれに見ていて力をくれたのか。
わからないけど、彼女には感謝しないとな。今度、暇な時に木を彫ってご神体とか作ってもいいかもしれないな。
「さあ、この畑に水を撒いてくれ。土から水深が三センチ程度になるまで頼む」
「わかりました」
アルテたちに頼むと、それぞれ詠唱して一気に水魔法で放水をし始める。
通常ならば川から水を引いたりと大規模な調整が必要であるが、水魔法があれば水量の調整も容易だな。多くなったら魔法で水分だけを取り出せばいいわけだし。
しかし、これは水魔法が使えるエルフがいるからこそ使える技だ。
将来的には彼女たちだけに大きな負担をかけないように、水路を引いて誰でも育てられるようにする必要があるな。
「ハシラさん、こんな感じでいいでしょうか?」
「十分だ。ありがとう」
そのようなことをぼんやりと考えていると、いつの間にか畑はほんのりと水で浸されていた。いや、もう田んぼと言った方がいいか。
畑と田んぼの違いという区分については非常にややこしいので語りはしないが、米を育てているしざっくりと田んぼでいいか。
次にやるべきは代搔きの作業だ。これは田んぼに水を張った後に、土をさらに細かく砕き、丁寧にかき混ぜて、土の表面を平らにする作業だ。
これには土の表面を均して、苗がムラなく育つこと、苗を植えやすくして、活着と発育をよくすること。雑草の種を深く埋め込み、発芽を防ぐなどの様々なメリットがあるのだ。
前世で田んぼをトラクターで耕しているのをよく見かけたものだ。
しかし、ここにはそんなトラクターなどと便利なものはない。だとしたら、俺たちにできる方法でやるしかないだろう。
この広さを人力で代搔きするのは中々に骨が折れるな。
俺は能力を使って、木製の大きな馬鍬を作成する。
「レン次郎、これを引っ張って畑の中を歩き回ってくれるか?」
俺がそう頼むと、レン次郎は大きな馬鍬をズリズリと引っ張って田んぼの中を歩いていってくれた。
人は昔、馬や牛に馬鍬を引かせることで広範囲の代搔きをやっていた。
なんだかレン次郎を馬や牛扱いするのは申し訳ないが、こうでもしないとかなり時間がかかりそうだしな。
レン次郎は泥や馬鍬を物ともせずにズンズンと奥まで進み、こちら側に戻ってくる。
すると、また横に移動しながら奥へと歩いて、土を均していく。ひたすらにその繰り返しであるが、無尽蔵の体力ともいえるレン次郎がやると早いのなんの。
トラクターで土を均すよりも早いんじゃないだろうか? 小回りだってかなり効くし。
まさにレン次郎トラクターだな。
レン次郎による代搔きがあっという間に終わると、次は苗の移植だ。
ゾールに作ってもらった長靴に履き替える。
アルテたちも畑仕事だとわかっているからか、汚れてもいい靴を履いていた。
しかし、靴の高さが足りないために、泥水が靴の中に入ってしまうかもしれないな。
「……この中に入って移植するんですよね?」
「そうなるな」
「だったら、裸足の方がいいですね!」
アルテたちは少しも悩む素振りを見せず、靴を脱いで裸足になった。
エルフたちのしなやかな白い足が晒される。細すぎることなく、しっかりと必要な筋肉がついており、だけど太すぎることはない。まさに綺麗な脚線美だ。
それが惜しげもなく晒されておりとても眩しい。
「きゃっ! 冷たくてぬるぬるしてます!」
「土が柔らかくて気持ちいい~!」
「こういうところに裸足で入るのは久しぶりかも!」
アルテたちが田んぼにとても賑やかな声を出す。
俺も続いて田んぼに入る。確かに泥水に足が浸ることはない。
汚れることなく安全に進むことができる。
だけど、何故だろう。
こうしてみると、アルテたちが凄く楽しそうで羨ましい。
完全なる田植え靴じゃないせいか、水で固まった土に足をとられそうになって歩きにくい時もある。
これなら下手な長靴を履くよりも、アルテたちと同じように素足でやった方がいいんじゃないか?
そんな思いを強く抱いた俺は、長靴を脱いで同じように裸足で入る。
「え、ええ? ハシラさんも裸足で入るんですの?」
「ああ、そっちの方が歩きやすそうで楽しそうだ。セシリアも入ってみたらどうだ?」
「い、いえ、わたくしは……」
農作業をして大分馴染んできたセシリアであるが、まだこういったところに裸足で入る度胸はないようだ。
別に長靴でも作業はできることだし、それで問題はないので強制はしない。
柔らかくなった土と水が組み合わさり、見事な柔らかさの泥となっている。足を入れれば、ひんやりとした水が足を包み、柔らかい土が沈んで体重を受け止める。
足の指先から泥がニュッと入ってくる感覚がとても生々しい。
だけど、それも慣れてしまえば心地いいものだ。
「あっ、ハシラさんも裸足で入ったんですね!」
「ああ、こっちの方が楽そうだしな」
そのままアルテたちと合流して、田んぼの中央にズンズンと進んでいく。
「ま、待ってくださいませ。地面がぬかるんでいて足が――あっ」
「「あっ」」
声を聞いて振り返ると、ちょうどセシリアが前のめりに倒れて泥水を巻き上げた。
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