第67話 正当な労働には正当な報酬を

「ハシラ、米の苗も持ってきてやったぞ」


 リーディアとクレアに小言を言われた蜂蜜事件の後。魔王が米とその苗を大量に持ってやってきた。


「おお、苗も持ってきてくれるとは助かる! これですぐに米を育てることができる!」


 リーディアたちに怒られた俺であるが、お米を前にしてすっかりとテンションは回復した。


 ヘルホーネットの蜂蜜も勿論美味しいのだが、やはり故郷の主食には敵わない。


 これを育てればようやく米が食べられる。


「……家畜の餌を貰ってここまで喜ぶ奴ははじめてだぞ」


「魔国ではそうかもしれないけど、俺の故郷では立派な主食なんだ」


 少し憐憫がこもった眼差しを向ける魔王であるが、俺からすれば米の美味しさを知らない魔王たちの方が可哀想だ。


 今は美味しさを理解していないので微妙な顔をしているが、育てたものを食べさせればきっと評価は変わるに違いない。


 魔王に微妙な顔をされながらも、俺はレン次郎に手伝ってもらって玄米と苗を運ぶ。


 この日のために新しく畑を耕しておいたのですぐに育てられる。準備は万全だ。


 米を育てるにはまずは水田にする必要がある。畑を水で浸す前に肥料を撒いておきたい。


 うちでいう肥料は勿論魔石だ。どうせならいい魔石を使ってやりたいのでリーディアとクレアに相談することにしよう。


 家に戻るとリーディアとクレアが台所で収穫したヘルホーネットの蜜を慎重に分配していた。僅かな誤差も見逃さないとばかりに目を細めて、慎重に壺に移し替えている。


 まるで真剣な実験をやっているかのようで若干の声のかけにくさを感じた。


「リーディア、クレア。ちょっといいか?」


「なにかしら? ハシラの分の蜂蜜ならこれ以上増えないわよ?」


「そうです。イリスやクルスをそそのかし、魔王様と共謀した罪は重いです」


 リーディアとクレアがいきなり手厳しいことを言う。


 さっき採取した蜂蜜はリーディア、クレアが率いる甘党班によって平等に各家庭に分けられる運びとなった。


 俺は蜂蜜密漁、および独占、煽動の首謀者であるとして分配は気持ち少なめになっている。


 まあ、自業自得であるし、厳しい罰でもないので甘んじて受け入れている。そのことについてとやかく言う気はない。


「いや、そのことじゃないんだが……」


「あら、そう? 別の相談ってどうしたの?」


 蜂蜜の事じゃないとわかるとリーディアとクレアの表情が柔らかなものに変わる。


 リーディアたちの甘いものに対する情熱はすごいな。今後は似たようなことが起きたら、敵に回らないようにしよう。


 そんなことを思う中、俺は本題について尋ねる。


「魔王が持ってきてくれた米を育てたいから魔石を使ってもいいか?」


「魔石を畑に使うのはいつもの事よね?」


「その程度の事であれば私たちの了承など不要ですが?」


「いや、一番大きい奴を使いたいからな。この間レントと一緒に倒したゼノンマンティスとかいう魔物の奴」


 俺がそのように言うと、リーディアとクレアが咽た。


 この間、レントと一緒に散歩していたらやたらと木々を斬り倒す迷惑な魔物がいたので退治してやったのだ。


 その魔物はどうやらかなり危険で強力な魔物だったらしく、かなり大きな魔石を得ることができた。上質な魔石だというなら肥料に使えば、素晴らしい効果を示してくれるだろう。


「ちょ、ちょっと本気なのハシラ!?」


「ゼノンマンティスの魔石を売れば、金貨数百枚の値段になります。それをたった一つの作物に使ってしまうのですか?」


 リーディアが驚き、クレアが頭のおかしい者を見るような目で見てくる。


 そのような状態になっても俺は一歩も引くことはない。ぶれることなく断言する。


「ああ、使いたい」


「そ、それはどうしてですか?」


「美味しいお米を早く食べたいからだ」


 俺の単純でわかりやすい欲望にリーディアとクレアがずっこけた。


「ね、ねえ、ハシラ。お米っていうのはそこまで美味しいものなの? グラベリンゴやピンクチェリーなんかより?」


「単体ではそれらには劣るが、様々な料理に合う主食になる。そして、そんな故郷の主食を俺はもう何か月も口にしていない。だから、俺は最高の米を作って、早く食べたいんだ」


 リーディアの言いたいことはわかる。


 魔国では家畜の餌扱いされている穀物だ。上質な魔石を肥料に使うのであれば、どうせなら果物とか野菜とかもっとわかりやすい作物に使ってほしいと。


 その気持ちはわかっているが、それでも俺は最高のお米を食べるために使いたかった。


 俺がそのように語ると、リーディアとクレアが見つめ合って軽く息を吐いた。


「……ハシラがそこまで言うならいいわよ」


「いいのか? 売れば金貨何百枚になるんだろう?」


「お金にはそれほど執着心なんてないし、ここで生活していたらあんまり必要ないから」


「故郷の料理を食べられないというのは辛いですからね。私も長期の遠征に行った際は、故郷の料理が食べたいと何度も思いました。ハシラ殿がそこまでの情熱を向けるのであれば、使ってしまって構いません」


「おお! 二人ともありがとう!」


 リーディアとクレアから許可が下りたので、俺はレントを連れて倉庫に向かう。


 所狭しと魔石が並んでいる倉庫の中央には、巨大な紫水晶の塊かと思うような巨大な魔石が鎮座していた。


「よし、レン次郎。これを運んでくれ」


 どう見ても、俺が一人で持ち運べるような重量ではないのでレン次郎に頼む。


 かなりの重量がある魔石をレン次郎は軽々と持ち上げてくれた。相変わらず頼もしい。


 代わりに米の苗が入った袋は俺が持ち、そのまま家を出て畑に向かう。


「――ッ!」


 すると、家を出てすぐのところに生えているマザープラントがぐるりと顔を向けてきた。


 さっきまでのほほんと太陽の光を浴びていただけに、その機敏な反応には驚かされる。


 仮に俺が抱えていたとしたら驚いて魔石を落としていたことだろう。


 瞳がないので具体的にどこを見ているかは不明だが、その顔の向きから察するに間違いなくレン次郎の抱える魔石を見ている。


 マザープラントが蔓を伸ばして肩に触れてくる。


 言葉を発していなくてもわかる。マザープラントにはこの魔石がこの上なく極上の食べ物に見えているのだろう。周囲にいるキラープラントやインセクトキラーもこちらを向いていた。


「悪いな。これは餌じゃないからあげられないんだ」


 俺がそのように言うと、マザープラントたちはうなだれるように葉をしおらせた。


 滅茶苦茶、残念そうにしているな。夏に期待していたボーナスを全額カットされてしまった社畜たちのようだ。


「これぐらいの質の魔石は難しいが、今度いい魔石をあげるから許してくれ」


 あまりにも可哀想なので、そのように言うとマザープラントたちは見事に回復した。


 周囲にいるキラープラントやインセクトキラーもとても嬉しそうに蔓を動かしている。


 マザープラントたちは毎日のように畑を守ってくれているからな。ちゃんとボーナスは出してあげないとな。


 正当な労働には、正当な報酬で報いてこそだ。












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