第64話 家畜の餌
「ふむ、これで大まかな取り引きは成立といったところか」
「セシリアの書類のお陰で話が進めやすかったな」
「ありがとうございますわ」
以前は交易が初めてということもあり、そもそも魔王がこちらで何を育てているか把握ができなかったし、いちいち説明しながらだった。
しかし、セシリアがどのような作物を育てて、どんな状態かを書いて書類で纏めてくれていたので非常に話を進めやすかった。
セシリアたちの活躍が見事に光ったというわけだ。
今回の取り引きも前回と同じように俺たちが稀少な作物や薬草を。
魔国側からはここで手に入らない調味料や、鉄鉱石や鋼、特殊な鉱石などを輸出してくれる予定だ。
前回と大きく変わったのは、こちらの生産量が上がったので作物を輸出する量が増えたこと。職人と移住者が増えたので、必要になる鉱石類が増えたことだな。
やはり、樹海だけあって中々鉱石類が手に入らないのが痛いな。ドルバノやゾールによると、多少は獲れる場所があるらしいのだが、かなり遠い一か所しか見つけていないときた。
うちだけでたくさんの種類の鉱石を集めるのは難しいだろう。
全てを自給自足で賄えるのが理想であるが限界というものがある。それに互いに欲しいものがあるからこそ交易は成り立つ。今は魔国との関係も上手くいっているので無理をする必要はないな。
「ハシラ殿。例の調理道具を売り込んでおくのが良いかと」
ある程度話がまとまったのでのほほんとしていると、クレアがそのような進言をしてくる。
「ああ、確かにそれも悪くないな」
「む? 調理道具か? 何か面白いものがあるのなら見せてみるがいい!」
俺たちが見せようとしている物に大いに興味を示す魔王。
魔国でも蒸籠を使った蒸し料理はないとクレアが言っていた。だとしたら、売れるかもしれないな。
俺は能力を使って、蒸籠を作り始める。
その間に、クレアが家から鍋を持ってくる。魔法で水を入れると、鍋の下に火球を作り出して火にかける。
俺が蒸籠を作り上げると、セシリアが畑から収穫したニンジン、ブロッコリー、トウモロコシを持ってきて、クレアが包丁でカットして詰めてくれた。
「この木でできた丸い箱はなんだ?」
「蒸籠と言う、上昇する湯気を利用して食材に火を通す料理道具だ」
「そんなものでちゃんと火が通るのか? あっつ!」
「湯気なんだから熱いに決まってるだろ」
話を半分程度にしか聞いていなかった魔王が勝手に蓋を開け、湯気を顔に食らって仰け反っていた。
親子揃って同じ行動をしている。
やはり基本的な性格は同じなんだな。
クレアも同じような事を思っているのか、表情がかなり緩んでいた。
皆で蒸籠を見つめ続けることしばらく。中の野菜に火が通った気がするので、慎重に蓋を取る。
「おお、色鮮やかではないか!」
蒸し上がった野菜を見て、魔王が感心の声を上げた。
湯気がしっかりと散ったところで、木串を生やして食材を刺してみるとちゃんと刺さった。
どうやらきちんと火が通って柔らかくなっているようだ。
「これで火が通った。そのままでも十分に食べられるから食べてみてくれ」
「うむ、頂こう!」
木串をそのまま差し出すと、魔王はニンジンに突き刺して口に放り込んだ。
「甘い! なんだこれは? 野菜の旨味が凝縮されてまるで果物のようだぞ!?」
「ですよね!? ハシラさんの作った蒸籠というのは素晴らしい調理道具です。何せニンジンを詰めて、蒸すだけで美味しさが何倍にも跳ね上がるんですから! ただでさえ、美味しいのにハシラさんが育てたものと組み合わせるともう最強で、この世のものとは思えない仕上がりに――」
「お姉ちゃん! 恥ずかしいから止めて!」
「ああ、イリス! 待ってください! まだ魔族の人に布教ができていません!」
急にやってきて熱弁し出したエリスを、妹であるイリスが耳を引っ張っていく。
急にやってくるものだから、かなり驚いた。
どうやら畑仕事を抜け出してきたらしい。ニンジンに関係することになると、周りが見えなくなるみたいなので注意しておかないとな。ドワーフでいう酒みたいなものか。
「うちの者が急に語り出してすまん」
「いや、気にしておらん。蒸籠で作り上げた料理の美味しさをわかりやすく教えてくれたしな。それに我に物怖じせず語るとは面白い者だ」
魔王は気を悪くすることなく、大らかにそう笑い飛ばした。
気さくな魔王で本当に良かった。
「この蒸籠というものも交易品に入れてくれないか?」
「ああ、いいぞ。ひとまず、十個ほどつけておく」
蒸籠が広まれば、うちの作物の需要も上がることだからな。是非とも売り込んでおきたかったのだ。エリスのお陰もあってか、魔王は快く蒸籠を交易品に追加してくれた。
今は俺だけしか作れる者がいないが、いずれは蒸籠を作れる職人も常駐させて特産品としたいものだ。
樹海に水気に強く、伸縮性のある木材があるといいな。俺が生やしてしまえば解決だが、いずれ俺がいなくなっても生産できるようにした方がいいだろう。
「書類には書いていなかったが、マンドレイクの方はどうなっているのだ?」
マンドレイクについては栽培していることは周知しているが、その危険性によって俺一人で管理している。だから、詳しい記録はセシリアもしていないのだ。
「ああ、それについては順調だ。恐らく、あと一週間もすれば収穫できるだろう」
「さすがの早さだな。収穫できたら、すぐにセシリアに送って欲しいのだが構わないか?」
セシリアに視線を送ると、彼女は問題ないとばかりに頷いた。
どうやら早めにマンドレイクを確保しておきたい事情があるらしい。
事情は知らないが、あれには高い麻酔効果がある上に、錬金術の素材としても使える万能の素材だ。早く送ってあげて困ることはないだろう。
「ああ、その時はセシリアに持っていかせるさ」
「助かる。礼といってはなんだが、ハシラの欲しいものはないか? 希少なものであっても、金に糸目をつけずに手に入れてみせるぞ」
さすがは魔王。その台詞を待っていた。
やはり取り引きというのは互いにwinwinなものでないとな。
「米という茶色い粒のついた穀物。味噌、醤油という調味料、あるいは大豆はないか?」
「味噌と醤油は聞いたことがないが、大豆はあるな」
「おお、大豆はあるか!」
大豆があるのならば、発酵させれば醤油や味噌が作れる可能性がある。果てのない試行錯誤が必要になるが、やってみる価値は十分にある。
「米はどうだ?」
「それについてはどのようなものか見当がつかぬのだが、詳しく説明してもらってもいいか?」
訝しんだ表情をする魔王に、俺は米の特徴となるものを丁寧に説明してみせる。
すると、それに耳を傾けていた魔王、クレア、セシリアが微妙な表情をする。
「何か知っているのか?」
「……もしかすると、それは雑穀ではないか?」
「雑穀?」
三人の表情を見る限り、あまりいいイメージは持たれていなさそうだ。
「家畜の餌として使われている穀物です。人間はどうかは知りませんが、魔国では誰も食べる者がいません」
なんだって? あんな美味しいものを家畜の餌にしてしまうなんて勿体ない。
「家畜の餌扱いされようが、俺はその美味しさを知っている。だから、持ってきてくれ」
「うむ、ハシラがそう言うのであれば持ってくるとしよう」
家畜の餌というイメージがあるのか、魔王は微妙そうな顔をしたが持ってきてくれることを約束してくれた。
今度、美味しいご飯を食べさせて皆のそのようなイメージは吹き飛ばしてしまおう。
「他に要望はないか?」
「今の話で思い出したのだが、家畜を育てたいので鶏を持ってきてほしい」
「フハハハ! そうか! ここには色々な魔物はいるが家畜はいなかったのだな! わかった。鶏も見繕って持ってこよう」
俺の要望を聞いて、魔王はきょとんとした後に愉快そうに笑った。
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