第63話セシリアは頑張ってます

 作業に没頭していてかなり土を耕したが、疲労感で集中が途切れてしまった。


「……一休みするか」


 足腰に疲労がきたので一時休憩。


 しかし、レン次郎は疲労とは無縁なようで最初と変わらぬペースを維持して土を起こしている。農家の鑑だな。


 俺にも無尽蔵に耕せるような体力が欲しかった。


「そういえば、マンドレイクの成長具合も確かめないとな」


 ジーっと座って休憩したいが、一度気になってしまうと見に行きたくなる。


 俺の心も休息させるためにも、気がかりを解消することにしよう。


「マンドレイクの畑を見てくる。レン次郎はこのまま畑を耕してくれ」


 俺が畑から離れようとすると、レン次郎が動きを止めてしまったので続けるよう言う。


 特に警備に戻りたい雰囲気もないようなので、新しい畑を拡張するために存分に耕してほしい。


 畑を後にして、俺はマンドレイクのある畑に移動。


 柵の周囲にはキラープラントが植えられており、お腹の部分がぽっこりと大きくなっていた。俺たちの住んでいる場所から遠い分、ちょいちょい獣や魔物がやってきていたのだろうな。


 ここにはあまりレントたちも警備をしにこないが、その分キラープラントをたくさん植えているので安心だ。


 ぐるりと覆っている柵を確認すると、どこも破損している様子はない。


 キラープラントたちはきちんと魔物たちから守ってくれているみたいだな。


 彼らに魔石の欠片を与えて、労をねぎらっておく。


 出口を開けて畑の中に入ると、マンドレイクたちは大きく成長していた。


 ニンジンのような葉っぱが十字に伸びている。大根のような白い根が地面を押し上げて微かに見えている。


 とりあえず、いつものように成長促進をかけておく。


「まだ収穫はできないけど、もう少しってところだな」


 マンドレイクに異常がないかひとつひとつ確かめて、問題がなかったので俺は引き上げることにする。


 マンドレイク畑から戻ってくると、ちょうど平地に魔王が姿を現した。


「おお、ハシラではないか。様子を見にきたぞ!」


 俺の姿を見かけるなり、元気よく手を振ってくる魔王。


 様子を見に来たなどと久し振りのような温度感を出しているが、ついこの間も来たばかりだった。


 とはいえ、別にきて迷惑なわけではないし気にしない。


「そろそろ交易をしたいと思っていたからちょうどよかった」


「そうか。前回、交換をしてから結構な日にちが経っているな。交易の話をするか」


「それならセシリアを呼ぼう。こういう時のために色々とデータをとってくれているみたいだしな」


 ざっくりと進めるのもいいが、せっかくセシリアと従者たちがデータを作ってくれているのだ。活用しない手はない。詳細なデータがあった方が魔王も喜ぶだろう。


「おーい、セシリア!」


「ああ、ハシラさん。見てくださいませ。エルフたちと植えた麦が元気に育ってきましたわ。この成長速度であれば、一か月もあれば収穫できそうですの」


「フハハハハ! セシリアは意外とここに馴染んでいるのだな!」


 麦わら帽子に農作業服を身に纏い、笑顔で作物の成長報告をするセシリアを見て、魔王が愉快そうに笑う。


「ま、まま、魔王様!? あの、これは違うんですの!」


「別に気にするでない。ここで暮らすのであれば、豪奢なドレスなど邪魔でしかないからな」


 魔王に笑われて赤面してしまうセシリア。彼女的にこのような姿はあまり見せたくなかったのかもしれない。


「……セシリア。魔王と交易をするための話し合いに加わってほしいんだが……」


「書類を持ってまいりますので、少々お待ちください」


 声をかけた理由を告げると、セシリアはいそいそと家に戻っていった。


「ハシラ殿、今のはナイスでした」


「いや、あんまりナイスじゃないと思うが……」


 傍で見ていたらしいクレアがにこやかに言ってくる。


 相変わらずセシリアにちょっかいをかけるのが好きなようだ。


 セシリアが来るまでは真面目な女性だと思っていたが、想像していたよりも茶目っ気があるようだ。


 そして、しばらく魔王と待っていると、ドレス姿のセシリアが書類を持って戻ってきた。


 彼女の中では上司である魔王の前では、しっかりとした姿でいたいのだろう。あるいはその方が仕事としてメリハリがつくか。


 さすがにそこまで突っ込んでやるほど魔王も俺も鬼畜ではない。だが、傍にいるクレアはわかりやすく笑っていた。


 そんなクレアをセシリアは睨みつけるが、彼女に動じた様子はなかった。


 一応、魔王の前だけあってか無様な言い合いはしないようだ。


 セシリアは気持ちを落ち着かせるように咳ばらいをする。


「こちらが現在、ハシラさんが育てている作物ですわ。次のページには収穫期や収穫量も記載しております」


 セシリアから書類を受け取った魔王がパラパラとページをめくって目を通す。


「……うむ、よく纏められていて非常にわかりやすい」


「セシリアは頑張ってくれているからな」


「そ、そんな。これくらいは当然ですの」


 魔王と俺が褒めてあげると、セシリアが満更でもなさそうに喜ぶ。


 そして、この間引き受けた『魔王に頑張っていると伝えておく件』はこれで達成されたな。


 ちゃんと頑張ってると口で伝えたわけだし。後はそれを魔王がどう受け取るかだ。


 本人は褒められた嬉しさで、特に気付いた様子もなさそうだな。


「セシリアはちょろいですね」


 ちょろいけど直接言ってあげるのは良くないからな。


「どれもこれも通常では考えられない収穫ペースだな」


「それについてはハシラさんの能力が特殊過ぎるのです。数十年かかって出来上がる果物も数か月あればできてしまいますから」


 豊穣の神からの加護を受けているからな。作物を育てることについては右に出ないだろうと自負している。


「これならもっと移住者を増やせば、収穫量が増えるのではないか?」


 これはそれとなく新しい移住者の提案をしているのだろうか。


 クレアが説明しようと口を開くが、それを制して俺が説明することにする。それが筋だと思うからだ。


「それについてだが、つい昨日新しい獣人の移住者がやってきてな」


「……言われてみれば、見慣れない獣人の姿が見えるな。銀狼族に金虎族、それに黒兎族……よくもここまで珍しい種族が集まったものだ」


 周囲で働いている獣人たちを眺めながら魔王が呟く。


「獣人の中でも稀少な種族らしいな。それ故に人目を避けて樹海の端で暮らしていたらしい」


「なるほど。その集団を受け入れたのか」


「移住者の募集を頼んでおきながら悪いな」


 魔王には移住者の募集を随時という形で頼んでいた。


 それをわかっていながら他の移住者を自分で引っ張ってきてしまったので申し訳ない。


「別に構わん。こちらとしては、ここの生産量が増えれば嬉しいからな。また人手が欲しい時は遠慮なく頼んでくれ」


「ああ、また落ち着いたタイミングで頼むことにする」


 特に気にすることなく、爽やかに許し、次も引き受けると言ってくれる魔王。


 その器の大きさに感謝だ。


「それでは交易の話に移るとするか」


「ああ、そうしよう」


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