第62話衣服担当の職人

 仕事の割り振りが終わると、早速それぞれの仕事に移ってもらうことにする。


 その頃には今日も仕事にとりかかろうとカーミラたちも家から出てきた。


「カーミラ。今日は狩猟人候補の獣人たちと一緒に樹海に入ってくれ。レントも付ける」


「おお、わかった! こいつらが戦えるか見てやればいいのだな!」


「よろしく頼む」


「私たちがちゃんと戦えるって見せるからね!」


「久しぶりに思いっきり暴れられるぞ!」


 軽く挨拶をするグルガ、リファナ、ライオス、そしてレントを連れてカーミラは樹海に向かっていく。


 カーミラとレントさえいれば、樹海の中で万が一の状態になっても大丈夫だろう。


「リーディアは農業を希望している人たちの案内と指導を頼んでいいか?」


「ええ、任せて。農業を手伝ってくれる人は私についてきて」


 リーディアがそう言うと、農業を希望していた獣人たちが付いていく。


 畑にはエルフたちも既にいるようだし指導も問題ないだろう。


「あの、私たちは……」


 所在なさげにしているのは、裁縫ができると名乗りを上げてくれたヘルナとライオスの妻だ。


「二人は衣服担当の職人に引き合わせるから付いてきてほしい」


「わかりました」


 農業は人手の方も増えてきたので、二人はできるだけ裁縫に尽力してほしい。


 そのためにも早速、うちの職人と引き合わせないとな。


 二人を連れて、俺は職人の住んでいる木のところまで移動する。


「……あ、あの、ここは?」


 ロールキャベツのような巣がある木を見上げて、若干不安そうな眼差しを向けてくるヘルナ。


「うちの衣服を担当している職人が住んでいる場所だ。おーい、出てきてくれ」


 俺がそう呼びかけると、葉っぱの隙間から三匹ほどイトツムギアリが出てきた。


「イ、イトツムギアリ!」


 這い出てきたイトツムギアリたちを見て、驚くヘルナたち。


「ああ。うちでは彼らの糸を使って服を生産している」


「イトツムギアリの糸といえば、超高級品じゃないか。よく獰猛な彼等を手なずけることができたもんだね」


 大人しくしているイトツムギアリを見て、ライオスの妻が感心したように呟く。


 イトツムギアリが獰猛? こいつらは最初からとても従順でいい奴等なんだけどな。そのような魔物には到底見えない。


「二人には彼等と協力して衣服を――」


「ハシラさん!? イトツムギアリたちが私たちに寄ってきます!」


「な、なな、何だい!?」


 やってもらいたい事を説明しようとすると、二人が急に怯えた声を上げる。


 足元を見てみると、イトツムギアリたちがジリジリと二人に近付いているようだ。


 初めての住民が興味深いのか? それとも突然魔物としての本能が目覚めたとか? なんて思ったが、イトツムギアリたちの視線は二人の衣服に注がれているのがわかった。


 それは人を襲う獰猛なものではなく、未知の服を見つけた探究者の目だ。


 エルフや魔族たちがやってきた時も似たような事があった。


「ああ、どうやら二人の衣服が新鮮で気になっているみたいだ。怖いかもしれないけど、少しの間好きにさせてやってほしい」


「ええ……」


 そう伝えると、若干涙目になりながら大人しくする二人。


 イトツムギアリたちはヘルナたちの身に纏う服をあらゆる角度から観察する。


 そして、時に身体をよじ登って服の生地や長さ、構造を把握しようとするイトツムギアリ。


 そこに悪意といったものは微塵もないのだが、二人からすれば面識のない魔物。身体が少し震えている。


 ……うん、やってきていきなりイトツムギアリたちに囲まれたら怖いよな。


 でも、うちの衣服産業の進化のためにも少しだけ堪えてほしい。


 しばらくそのままにしておくと、イトツムギアリたちは満足したのか二人の身体から降りた。獣人の二人はわかりやすいくらいにホッとしたような表情をしていた。


 イトツムギアリたちは何かを考え込むように三匹で話し合う。


 どんな会話のやりとりをしているか知らないが、真剣そうなのは確かだ。


 会話が終わると、イトツムギアリの一匹が俺のズボンの裾を引っ張る。


「うん?」


 視線を向けてみると、家に向かうようなジェスチャーをしている。


 これは着替え部屋に行って、より詳しく研究をしたいという合図だ。


 どうやら二人の身に纏っている服を脱がせて、よりしっかり研究したい模様。


 俺やリーディアであれば、それくらい慣れているし信頼もあるので可能だ。


 しかし、この二人は昨日ここに来たばかりの女性だ。いきなりそのような研究に協力しろと言われてもセクハラとしか思えないだろう。


「さすがに今はダメだな」


 そう返答をすると、イトツムギアリたちは酷く残念そうにする。


 とはいえ、獣人たちが着ている衣服も中々に文化的でとてもお洒落だ。うちでも生産できるようになってほしい。というか、今後の獣人の生活を考えると必要だろう。


「二人ともこっちに持ってきた衣服はないか?」


「衣服ですか?」


「数が多いとは言えないけど、いくつかあるよ」


「男女、両方の服を見せてくれないか? イトツムギアリたちに見せてあげたいんだ。こいつらはあまり人間の服を知らないから」


 イトツムギアリたちの技術を上げるには、とにかく色々な服を研究させて作らせることだ。


 なので、俺たちとはまったく違った衣服の研究をさせることは技術向上にとても役立つはず。


「それくらいであれば、お安い御用です」


「家にあるものをいくつか持ってくるよ」


 俺の説明を聞くと、二人はどこかホッとした様子で住んでいる家に向かっていった。


 また身体をよじ登られると思ったのかもしれないな。


 でも、イトツムギアリたちの研究欲が暴走すると、実際に着てみろとジェスチャーされるかもしれないな。


 そこはまあ……二人の対応に任せることにしよう。








 ◆






 ヘルナとライオスの妻に衣服のことは任せ、俺は人手が増えたので畑を拡張することにした。


 生えている木々をいつもと同じように能力で引っこ抜いて端に寄せていく。雑草もニョキニョキっと地面から抜いてしまう。


 未開拓地が綺麗な平地になると、木材を生やして畑の面積を決める。


 新たに十二名もの獣人が増えた。そのうちの七名は農業に集中して取り掛かってくれる従事者だ。


 エルフたちが来た時よりも大胆に大きな畑を作っても問題なさそうだな。


 畑の面積を区切っていくと神具を鍬に変形させて地面を耕す。


 ただ地面を耕す。無心になってできるので非常にいい。


 最近は魔王の連れてきてくれた移住者の準備や、獣人たちの移住やらと色々とやることが多かったからな。


 難しいことを考える必要のない、この作業はかなり気楽だ。むしろ、この作業をしていると落ち着く。


 一人で黙々と土を耕していると、警備をしているレン次郎がジーっと見つめてくる。


 最近、特に魔物もやってこないし暇なのかもしれない。


 レントと長い間暮らしていたお陰か、なんとなくそういう機微がわかるようになった気がする。


 とはいっても、ガイアノートであるレン次郎たちにどこまでの感情や欲望があるのか不明であるが。


「……お前もやるか?」


 そう声をかけると、ノシノシとやってきたので引き抜いた木を鍬に変形させて持たせる。


 すると、慣れた手つきで土を耕し始めた。


 レントに畑を手伝わせることはあっても、レン次郎たちに手伝わせたことはあまりなかったような気がするが。いつも警備してくれている時に、俺たちのやっている様子を見て学んだのかもしれないな。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る