第61話 仕事の割り振り

「グルガとリファナの傍にいるのは同じ家族か?」


「妻のヘルナと申します。こちらは息子のウルガ。娘のリリアナです」


 グルガの隣に座るヘルナが、それぞれの子供を紹介した。


「……どうも」


「よろしくお願いします!」


 強気そうな顔をしたウルガは素気なく、リリアナは丁寧に返事をしてくれた。


 ウルガは最初に案内した時に俺を見てビビッていた少年だ。


 どうやらリファナの弟だったらしい。


「もしかして、ウルガ。カーミラより強いハシラにビビってるのか?」


「ビ、ビビッてなんかねえし! こんな人間、怖くなんかねえ!」


 リファナが茶化すとウルガが威勢よくそう叫ぶ。


「そうそう。怖くなんかないから気軽に接してくれよな」


「お、おお」


 そう声をかけると、ウルガは少し戸惑った様子で返事をした。


 カーミラのせいでビビッているのか、あまり人に接したことがないので距離感がわからないのか。何にせよ、ゆっくりと仲良くなっていければいいと思う。


「食事も落ち着いたところだし、そろそろ家に案内しようと思う。獣人の皆を集めてもらっていいか?」


 夕食を食べ終わり、日が暮れそうな時間になっている。


 暗くなってしまわない内に獣人たちを家に入れてあげたい。


「わかった」


 頷くと、グルガは獣人たちに声をかけて集めてくれた。


 食事の片づけはリーディアやエルフに任せて、俺は獣人たちと住宅建設予定地に移動する。


「これから家を建てようと思うが、グルガは住む家に希望はあるか?」


「待ってくれ。これから家を建てるのか?」


「さすがにそれじゃあ夜になっちゃわない? 急にやってきたんだし私たちは野宿でもいいよ?」


 俺の言葉を聞いて、グルガとリファナが戸惑いながらそう言う。


「ハシラ殿の能力を知らなければ、戸惑ってしまうのも無理はないかと」


「そういえば、グルガとリファナに見せた時は獣化状態だったな」


 二人に木を生やす能力を見せてはいたが、その時は二人とも意識がなかった。既に見せたので大体理解しているものだと早とちりしてしまった。


「木製の家でよければ、俺の能力ですぐに家を建てることができる」


 説明するより実際にやってみせる方が早いので、ドワーフの家と同じものを木を生やして作ってみせる。


 木が瞬く間に一軒家になったのを見て、獣人たちがざわめき出す。


「木がニョキニョキって生えて家になった!?」


「……これがハシラの力。樹海の中心地で生きていけるのも納得だ」


 驚きの言葉を漏らすリファナとグルガ。


「そういうわけで、住処の希望があれば言ってほしい」


 今なら自由に家を組み替えて作ることができる。


「俺としては家族五人が暮らせれば、それで十分だ」


「中を覗いてみたけど前の家よりも広いや!」


 しかし、グルガ一家は試しに作っただけの家で満足しているようだ。


「土地は余っているし、もっと広くすることだってできるぞ?」


「私たちからすれば、家を頂けるだけでもありがたいことです。これ以上は望めません」


「うむ、あまり大きな家を建てても管理が大変だ」


 今なら望み通りの家を建てられるというのに、実に謙虚な発言をするグルガ一家。


 俺ならば、自由な家を建ててもらえると言われたら、かなり細部まで拘って注文する自信がある。


「ハシラ殿、彼らの主張を汲んであげる必要があるかと……」


 俺が不思議に思っていると、クレアがそっと近づいて囁いてくる。


 どうやら彼らの言葉の奥には何かしらの思いがあるらしい。


「……すまん、俺にはそれがわからないから教えてくれ」


「後からやってきて、大きな家を建てるのは心苦しいものです」


「なるほど」


 クレアにそうハッキリと言われて、グルガたちの思いがわかったような気がした。


 グルガたちは今日やってきたばかりの新参者だ。そんな彼らが仕事もしていない内に立派な家を与えられれば心苦しいだろう。


 何かしら大きな貢献をしていれば別だが、まだ彼らはここで貢献をすることができていないのだ。


 グルガやヘルナが主張するように、家族が暮らせるくらいの普通の家がちょうどいいのか。


「わかった。グルガたちがよければ、あの家に住んでくれ」


「助かる」


「ありがとうございます」


 俺がそう言うとホッとしたように礼を言うグルガとヘルナ。


 あれ以上、立派にされても困るのは本当のようだ。


 それから四人家族の金虎族にも同じ家を作り、三姉妹だという黒兎族には少しだけ小さい家を与えることにした。


 とはいえ、今のままでは寝具もないので、イトツムギアリの布に草を敷き詰めた布団を人数分運び込んだ。


 そして、エルフの水魔法で満たした水壺をそれぞれの家に置いておく。


 これで今日はぐっすりと眠れることだろう。あと、わかっているとは思うが不用意な外出はしないようにだけ注意しておいた。




 ◆




「ハシラ、仕事がしたい」


 翌朝、家の周りにはグルガをはじめとする獣人たちがやってきていた。


 いきなりのグルガの言葉に俺は驚く。


「樹海の端での生活は大変だったんじゃないか? もう少し休んでいてもいいんだぞ?」


「美味しい飯を食べさせてもらい、安全な家でぐっすり眠ることができた。もう十分に休んださ」


「あんないい家まで貰っちゃったし、ちゃんと貢献しないとね!」


 グルガだけでなく、割と能天気なリファナまでそんなことを言う。


 俺としては一週間くらい食っちゃ寝の生活をして休んでいてもよかったのだが。彼らとしては、そういうわけにもいかないらしい。


 なんだか家を与えたことがプレッシャーになっている気がするが、言い分もわかるので納得する。


「それじゃあ、ここでやりたい仕事の希望はあるか?」


「俺は狩りを希望する」


「私も!」


「俺もだ!」


 職の希望を尋ねると、グルガとリファナだけでなく、金虎族の男も手を挙げた。


 長い癖のある金髪を無造作に伸ばした、獣人たちの中で一番ガタイのいい男性だ。


「えっと……」


「ライオスだ」


 食事の時に軽く会話をしたが、まだ全員の名前と顔は一致していない。


「三人は樹海の外での活動は大丈夫なのか?」


 樹海での狩りを希望してくれるのはありがたいが、実力が足りているかどうか心配だ。


「無茶して連戦にならなければ大丈夫!」


「そこは少しずつ成果を見せて証明したいと思う」


 ふむ、グルガとリファナは実際にここまでたどり着いていた実績があるが、ライオスについては知らない。


「ライオスも強者だ。俺たちが外に出る時は、常に集落に残って皆を守ってくれている」


 疑問に思っていると、グルガがライオスの力量について教えてくれる。


 グルガが認めるほどの実力者であるのなら大丈夫だろう。


「グルガがそう言うならいいだろう。だが、三人とも最初はレントをつけて様子を見させてもらってもいいか?」


「それで構わない」


 樹海の中で狩りをできる人材は非常に貴重なので、こちらとしても狩人が増えるのはすごく嬉しい。ただ、いきなり怪我人や死傷者が出ては困るので、最低限の保険だけはかけておく。それで問題ないのであれば、三人だけで入ってもらうことにしよう。


「あの! 私はニンジン農家を希望します!」


 狩人についての話がひと段落すると、黒兎族のエリスが挙手した。


 ニンジンについて熱く語ってきたので、この子の印象は強く残っており名前も一致した。


「ニンジン農家なんて専門の仕事はないけど、とにかく農業を手伝ってくれるのなら大歓迎だよ」


「……私たち、黒兎族でもいいのですか?」


「うん? どういうことだ?」


 サラッと許可をすると、なぜかエリスの妹の黒兎族から訝しまれる。


 黒兎族だからダメだという理由がわからない。


「黒兎族は闇魔法との親和が強く、諜報活動や暗殺などの危険な役目をさせられることが多いのです」


 互いに首を傾げていると、クレアが理由を教えてくれる。


 カーミラのお世話係をしていただけあって、本当に気が利いて助かる。


「そうだったのか。とはいってもここは樹海の中だし、そういう物騒なのは必要ないな。あ、でも、ここを守る意味で今の警備体制に穴がないか教えてくれると嬉しい」


「そ、それでよければ喜んで……」


 そう言うと、エリスの妹は戸惑いつつも頷いた。その様子はどこかホッとしているよう。危険な仕事を任されると思っていたのかもしれない。


「他にも農業希望者はいるか?」


 改めてそう声をかけると、残りの者たちが集まってくる。


 身体能力の高い獣人といえど、全員がグルガたちのようにパワフルというわけではないようだ。


「あの、私とレオーナは縫い物ができます」


 農業希望者の中にいるヘルナと金虎族の女性がそう名乗りを上げてくれた。


「おお、それは助かるな。暇のある時に農業と兼任してくれると助かる。後でうちの職人と引き合わせよう」


「わかりました」


 こうして獣人たちの仕事が決まった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る