第60話 獣人の移住者

 セシリアたちを見送った後、俺たちは獣人たちを受け入れる準備を進めることにした。


 先に家を造ることも考えたが、今回は事前調査もできていないのでやってきてどのような家が欲しいか聞いて建てることにする。この方が文句も出ないしいいだろう。


 差しあたって準備するべきものは食料だ。獣人というのは中々に大食いらしい。


 さっきのリファナとグルガのドカ食いはエネルギーを吸い取ったせいだが、基本的にカーミラぐらいは全員食べるとのこと。


 そう考えると、ちょっともてなす程度の食料ではまず足りないだろう。


 エルフやリーディアには収穫と料理の方を任せ、レントには新たな肉の調達を頼む。


 そして、俺はドワーフに日用品の増産を頼むべく工房に足を向けていた。


 日用品の生産が終わり、嬉々として樽作りをしているので仕事を頼みにくいな。


 酒造りに集中させろと怒鳴られるかもしれない。


 内心ヒヤヒヤしながら工房に入ると、ドルバノとゾールがせっせと樽を組み立てているところだった。予想通りである。


「おお、ハシラ。ちょうどいいところにきた!」


「追加で木を出してくれんかの?」


 トントンとハンマーを打ち付け、鉄具で樽を固定しながら頼んでくる二人。


 既に工房内を埋め尽くすような数の樽が作られているのにまだ作るつもりらしい。


 一体どれほどのワインを作るつもりなのだろうか。


「悪いがその前に日用品の増産を頼みたい」


「なんじゃって?」


 ドルバノとゾールは銀狼族が襲ってこようが気にせず、樽を作っていたので事情は勿論知らないだろう。


「樹海の端に住んでいた獣人が、十二名ほどここに移住してくることになったんだ」


「……なら、しょうがないの」


「酒造りは中断じゃ」


 てっきり駄々をこねるかと思っていたので、二人の切り替えの良さに驚いてしまう。


「悪いな」


「それがワシらの役目で、ハシラとの約束じゃからの」


「むしろ、酒造りを許してくれていることに感謝じゃわい」


 ガハハと笑いながら樽作りをやめて、日用品の制作にとりかかる二人。


 酒造りになると周りが見えなくなる二人であるが、やるべきことは忘れていなかったようで安心だ。




 ドワーフへの発注を終えると、俺はクレアと共に獣人たちが住める場所を選定し、そこにある木々を抜いて平地にしていく。


 レントが食べられる動物や魔物の肉を持ち帰り、リーディアやエルフたちが獣人たちをすぐにもてなせるように料理をしていく。


 そうやって各々が準備を進めて空が茜色に染まった頃。セシリアたちが転移魔法で戻ってきた。


 魔力の反応を辿って近づいていくと、多くの獣人たちが集まっていた。


 リファナとグルガと同じ銀色の髪をした銀狼族に、金色の髪をしている虎のような獣人。真っ黒な髪と長い兎のような耳を生やした獣人。恐らく彼らが金虎族と黒兎族だろう。


 樹海の中に農耕地があるのが信じられないのか、戸惑った様子で周囲を眺めている。


「ハシラさん、獣人たちを連れて参りました」


 セシリアに声をかけられると、全員がこちらに視線を向ける。


 代表者なので注目されるのは当然だけど、こうも視線が集まるとちょっと恥ずかしい。


「ご苦労様。グルガの言っていた仲間はこれで全員か?」


「ああ、ここにいる者が苦楽を共にした仲間であり家族だ」


 それぞれかなり種族が違うように見えるが、グルガたちにとってはそんなものは関係ないようだ。


 そのスタンスは、あらゆる種族が集まって共同生活をする俺たちと同じようなものなので気に入った。


「だとしたら、ここに住むことになるグルガたちと俺たちも家族ってことになるな」


「最初は世話になることが多いが、よろしく頼む!」


 手を差しだすとグルガが力強く握り返してくれた。


「色々と話したいところだが腹が減っているだろう? 食事を用意したからひとまず食べてくれ」


 食事の用意をしているとわかると、警戒気味だった獣人たちの表情が緩む。


「さすがハシラ! 話がわかってるね!」


「昼にドカ食いした癖にもう腹が減ったのか?」


「当たり前だよ。わたしたち獣人の食欲を舐めないでね」


「そこは誇るべきところなのか?」


 妙なところで自慢げにするリファナに突っ込みながらも、皆を外の食事場に案内する。


 俺は全員が固まっている内に、しっかりとそれぞれの顔と特徴を把握することに務める。


 俺と目が合った銀狼族の少年と金虎族の少年が、何故か身をすくめているのが気になる。


「……なあ、初対面なのに怯えられている気がするんだが……」


 あのように露骨に怯えられる理由が皆目見当がつかない。なにせ俺とは初対面のはずだ。


「一部生意気な奴にはお灸を据えておいたのだ! アタシよりハシラの方が強いと言い聞かせてあるからビビッているんだな!」


「お灸を据えるって……一体何があったんだ」


「あはは、獣人の中には強い者にしか従いたくないって跳ねっかえりもいるから。それをカーミラが躾けてくれたんだよ」


 どうやら移住のことを説明する際に反対した者がいたようだ。


 そういう者が出るとわかっていたから、カーミラは随行を買って出たのか。


 まあ、急に死の樹海のど真ん中に移住しようと言われても、疑問に思う者がいてもおかしくないだろう。そんな場所で生活ができるか不安だろうし。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ここに住んでいる人を見れば、自分たちが一番弱いってすぐに自覚できるだろうし」


 不安に思う俺を励ましてくれるリファナ。


 こういう時に前向きな言葉を貰えると心が軽くなるものだ。


「きたわね。食事の用意ならできているから、ドンドン食べていっていいわよ!」


 食事場にたどり着くと、既にテーブルの上には数々の料理が並んでいた。


 リファナやグルガが肉好きだったために肉料理が多めだ。


 美味しそうな料理を前にすると、獣人の子供たちが嬉しそうな声をあげて席に座る。そして、バクバクと料理を食べ始めた。大人たちもそれに釣られるように席に座って食べる。


 最初は遠慮気味にしていた大人たちも肉料理を食べると夢中になった。


「最近は皆、ロクなものを食べることができていなかったので助かる」


「ゆっくり話し合うにも、まずは腹を膨らませないとな」


 それにこういう食事場でなら自然と交流をすることも可能だ。


 現にあちらこちらで獣人たちとの交流が始まっている。


「ここの肉は本当に美味いな! これは一体何の肉なんだ?」


 ひと際大きい体格をした金虎族の男性がご機嫌そうに笑って言う。


「アーマードベアーの肉だ」


「あの硬い鎧を身に纏っている大きなクマか! あれを狩れるとは大したものだ!」


 ガハハと愉快そうに笑って、豪快に肉にかぶりつく男性。


 なんだかドルバノやゾールとテンションが合いそうな獣人だ。


 うちにはレントをはじめとする頼もしい奴等がいるからな。あの程度の魔物ならば問題はない。


「あ、あの、このニンジンはここで育てられたものなのですか?」


 黒兎族の少女がニンジンを手にしながらおずおずと尋ねてくる。


 かなり気になることなのだろうか。頭から生えている長い耳が興味深げにピクピクと動いている。


「ああ、そうだ。というより、ここにある作物は全てここで育てたものだ。うちの野菜は美味しいだろう?」


「はい! こんなに美味しいニンジンは生まれて初めてです。私、一生ここに住みます!」


 感激した様子でいきなり定住宣言をする黒兎族の少女。


 兎だからかかなりニンジンが大好きで、ここのニンジンの美味しさに魅了されてしまったようだ。


「そ、そうか。気に入ってくれたようで良かった。そこに蒸したニンジンもあるから食べてみるといい」


「これですか……? ふあっ!? なんですかこれ! また生で食べるのとは別物の美味しさです!」


 蒸しニンジンに意識を呑み込まれたのか、ポリポリと食べていく黒兎族の少女。


 うん、色々な人が増えたな。また一段と賑やかになりそうだ。


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