第59話 獣人たちの事情
「ふう、もうお腹いっぱいだよ」
「こんな風に肉をたらふく食べたのは久しぶりだったな」
たくさんのステーキを満足そうに呟く銀狼族の親子。
「すごい食欲だったわね」
「俺たちが食べる五日分ぐらいの肉を二人で平らげたな」
俺がエネルギーを吸ってしまったこともあり、二人の食欲はそれはもう凄いもので肉を焼くのが二人でも追い付かなかったくらいだ。
とんでもない食欲だった。
「怪我が治って、お腹も膨れたところで改めて話を聞いていいか?」
「ああ、すまなかった。迷惑をかけた上に治療や食料まで提供してもらえて感謝する。俺は銀狼族のグルガだ。こっちは娘のリファナだ」
「よろしくね!」
丁寧に自己紹介をするグルガと、にっこりと笑みを浮かべるリファナ。
「俺はここに住んでいる代表みたいなものでハシラだ」
「私はリーディア」
「アタシはカーミラだ」
「カーミラ様のお世話をしておりますクレアと申します」
相手が名乗ったのでこちらもきちんと自己紹介だ。
すると、グルガが口を開いた。
「一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「ここは死の樹海なのか?」
「ああ、そうだが?」
「へー、死の樹海で住めるなんて獣化したわたしたちを倒したこともあって、かなり強いんだね」
「強いのかどうかは知らないが、ここで普通に暮らしていける程度の自衛力は整っていると思う」
マザープラントやガイアノートであるレント。テンタクルスだっている。
生きて拘束することを考えなければ、この二人や樹海の魔物であろうとも簡単に撃退できる。
「正直、ここの戦力は自衛程度で収まるレベルじゃないと思うけどね」
「リーディアに同感です」
「大概の奴はやっつけられるのだ!」
リーディアの言葉に神妙に頷くクレアと、ご機嫌そうに笑うカーミラ。
「こんな立派な家だけど、本当にここは死の樹海なの?」
「信じられないのなら外に出て、景色を見てもらっても構わないぞ」
リーディアやクレア、魔王からこの場所の厳しさは教えてもらっている。通常ならばこんなところに住もうと思うのが考えられないそうだ。疑ってしまうのも無理はない。
「じゃあ、ちょっと見る!」
そう促すとリファナが立ち上がり、遅れてグルガも付いていき外へ。
「うわっ、なにこれ……」
「死の樹海にこんなにも畑が広がっているとは」
俺たちも付いていくべく外に出ると、リファナとグルガが畑を見て呆然としていた。
どうやら広大な畑を見て驚いているらしい。
「野菜や果物……見たことのない作物がいっぱいだ!」
「ハシラたち以外にもドワーフや魔族、それにエルフまで……それだけじゃない俺たちが敵わないような魔物までうろついている」
あちこちを眺めては驚き、どこかおっかなさそうにしている二人。
「これでここが樹海の中だと信じてくれたか?」
「うん、信じる! ここで暮らせているなんてすごいや!」
「信じられないような光景だが、ここは紛れもなく死の樹海だ」
ようやく納得がいったのかリファナは興奮した様子でグルガは神妙に頷いた。
「それで二人は一体どこからやってきたんだ?」
「実は俺たちも死の樹海に住んでいるのだ」
「おお、本当か?」
未だに樹海で暮らしている人を見つけられなかったので嬉しい情報だ。
もしかしたら、交易とかできるかもしれない。
「とはいっても、樹海の中と分類できるのかと言われれば怪しいような浅いところだけどね」
付け加えるようにリファナが言う。
なるほど、俺たちは中心部しか探索できていないからな。そのような端っこに住んでいれば、出会えなかったのも頷けるものだ。
「私たちが言うのもなんだけど、どうしてこんな危険な場所に?」
「ハイエルフである貴方ならわかるだろう。この樹海はよくも悪くも有名で俺たちのような種族が隠れるにはもってこいなのだ」
こんな危険な場所だからこそ、邪な考えを抱く人間がやってこないと思ったのか。
「だが、樹海の魔物は手強く端の方で生きるのも限界になった。集落で一番の戦いに自信のある俺とリファナが食料を求めて中心部にきたのだが……」
「獣化しないと倒せない魔物ばっかりでさ。無我夢中で戦っていたら、本能に呑まれてここにやってきちゃったんだと思う」
てへへと明るく笑いながら言うリファナ。
「それで暴走していたってわけか」
クレアの推測通り、獣化による戦闘の連戦で本能に意識が呑まれていたようだ。
悪意があったわけではないので、殺さないやり方で本当によかった。自分の選択が正しかったことにホッとする。
にしても、思っていた以上に彼らはギリギリの生活をしていたんだな。
普通に生活できているので忘れそうになるが、ここは人外魔境の地である死の樹海だ。
油断すれば常に死と隣り合わせなのである。
「もし、よかったら俺たちのところで住むか?」
「え? いいの?」
見たところ彼女らは安住の地を心から求めているようだ。でなければ、こんな危ない場所に住もうとは思わないだろう。
そんな彼らが移住しても悪いことはしない気がする。
甘い考えかもしれないが、こんな厳しい環境で暮らす同士だからこそ助け合っていきたい。
「それは願ってもない提案だが本当にいいのか?」
グルガがどこか遠慮がちに聞いてくる。
「別に問題はないよな?」
「リファナたちの気持ちもわかるし、私は受け入れてあげたいわ」
「アタシも異論はないぞ!」
「アルテさんたちが合流して間もないが、生活も落ち着いていることですし問題はないかと」
リーディア、カーミラ、クレアも異論はなく、むしろ歓迎してくれた。
「やった! ここでなら他の皆も安心して暮らせるよ!」
「ああ、すぐに仲間を呼んで――と、行きたいところだが、道中の魔物を考えるとここまで連れてくるのが難しいな」
喜びを露わにしていたグルガだが、困難を前にして表情を曇らせる。
「それなら問題ない。うちには転移魔法を使える者がいるしな」
「ハシラ殿。セシリアを連れて参りました」
「な、なんですの!?」
俺の考えを即座に察してくれたクレアがセシリアを連れてくる。
作物の調査をしていたからか優美なドレスではなく、汚れてもいいような農業服を着ており、麦わら帽子を被っている。意外と農作業服が似合っているお嬢さんだ。
「セシリア、銀狼族の集落まで行ってきて仲間を転移で連れてきてもらいたい」
「ということは、また樹海の行軍ですの?」
説明するとセシリアが目からハイライトを消して崩れ落ちる。
まだここにきて間もないセシリアは樹海の探索に慣れていないようだ。
早くも心が折れかけているので俺はセシリアに近づいて言う。
「魔王にちゃんと頑張っているって報告してあげるから」
「本当ですの!? でしたら、よりよい報告をしてもらえるために頑張りますわ!」
わかりやすい餌を与えると、見事に気力を回復させて立ち上がるセシリア。
あ、この子、意外とちょろい子だ。
「そんなことを言ってもいいのですか?」
「うん? 別に魔王にセシリアは頑張ってますよーって言うだけだぞ」
「……ハシラ殿も意地が悪いですね」
俺の言葉を聞いて、心配していたクレアが愉快そうに笑った。
セシリアは頑張ってますよーと報告することはできるが、それ以上の配慮は知らない。
俺は魔国の者でもないし、セシリアの勤め先の環境や実家について何も知らないわけだしな。
「そういうわけで、転移魔法の使い手と護衛にガイアノートを三体つける。これで集落に帰れそうか?」
「父さん、こいつらわたしたちより強いよ……」
「う、うむ。精霊であるガイアノートが三体もいれば心強い」
レン次郎、レン三郎、レン四郎を呼びつけながら提案すると、リファナとグルガは顔を引きつらせながら頷いてくれた。
「受け入れの準備のために人数を聞いてもいいか?」
「銀狼族が三人。金虎族が四人。黒兎族が三人だ」
「リファナとグルガを合わせて十二名か。それぐらいの人数なら問題ないな」
三十名とか言われたら大変だが、それくらいの人数であれば問題はない。
「ハシラ、アタシも行ってきていいか?」
「うん? まあ、転移ですぐに帰れるし行ってきてもいいぞ」
「わかったのだ!」
カーミラは最近農業を中心にやっていたし、久しぶりに発散したくなったのだろう。
「集落があるのはここから東側ですね?」
「ああ、そうだ」
「では、転移魔法でいけるところまで行ってしまいましょう」
道程をショートカットするつもりなのだろう。セシリアが早速転移魔法を発動した。
「では、行って参りますわ」
農業服で優美な一礼をすると、セシリアたちは転移で東に旅立った。
とりあえず、幸運を祈っておこう。
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