第58話 銀狼族

「……これは銀狼族ですね」


「あら、珍しい」


 拘束から解放された二人の獣人を見て、クレアとリーディアが感心したように言う。


「銀狼族というのはそんなに珍しいのか?」


「はい、獣人の中でもかなりの強さを誇りますが、個体数が少なく滅多に会うことはありません」


「だから、エルフ同様によからぬことを考える連中に狙われることも多いのよね」


 銀狼族への共感があるのかリーディアが少し悲しそうに言う。


 エルフと同様に銀狼族の二人もとても綺麗な顔立ちをしている。何よりも残っている銀髪や耳、尻尾が特に綺麗だ。


 美しく、稀少なものほど手に入れたくなるのが欲望というものなのだろうな。


「でも、どうしてこんなところにやってきたのかしら?」


「詳しい対処は本人たちに聞いてからにしよう」


 エルフと同じく生きづらい種族らしいし、何か理由があってやってきたのかもしれない。


 こちらに襲い掛かってきた理由も知りたいしな。


 そういうわけで、レントとレン次郎に二人の獣人を運んでもらって小部屋に寝かせる。


「よく見ると身体に傷が多いな」


「この子もそうみたい」


 男と少女の身体をチェックしてみると、身体のあちらこちらに傷があった。


 明らかに俺たちの戦闘でできたものではない裂傷や打撲の跡がたくさんある。致命傷は避けているみたいだが、かなり痛そうだ。


「ちょっと薬をとってくる」


 こういう時のために傷薬はたくさん保管している。効果はリーディアのお腹にあった大きな裂傷すら一瞬で治してくれたので抜群だ。


 保管庫から薬をとってくると、俺は寝かせている男性の口元にそれを運ぶ。


 薬の匂いを感じてか、獣人の男が即座に起き上がって離れる。


「こ、ここはどこだ?」


 しなやかな動きであっという間に部屋の端に退避する獣人の男。


 あまりに速かったので反応する間もなかった。


「おお、ハシラに力を吸い取られたというのにもう動けるのか?」


「さすがは獣人。驚くべき回復力です」


 そんな状況にも関わらず冷静に言うカーミラとクレア。


 男性は確かめるように視線を巡らせると、こちらに強い視線を向けた。


 いや、正確にはリーディアが看病している獣人の少女に。


「貴様、リファナを返せ! ぐっ……身体に力が……」


 駆け出そうとした獣人の男であるが、身体に力が入らずその場で倒れ込んでしまう。


「とはいえ、完全に回復しきったわけではないようです」


「あれは中々辛いしな」


 経験者であるカーミラが思い出すように言う。


 俺の能力で身体のエネルギーを吸い取ったからな。そうすぐに動き回れることはないだろう。


「落ち着いて。別に私たちはこの子やあなたに害を与えるつもりはないわ」


「なに?」


「というより、私たちはあなたたちに襲われた側なんだけど?」


「そ、そうなのか?」


 逆にリーディアが泰然と言い放つと、獣人の男が若干言いよどむ。


「覚えていないのか?」


「すまない、樹海の魔物たちとギリギリの戦いになって獣化をしたまでは覚えているのだが、その先はさっぱりで……」


 どうやら本当に覚えていないらしく、申し訳なさそうに言う男。詳しいことはわからないが、その言葉と態度からして意図してこちらを襲ったわけではなさそうだ。


「長時間獣化をした獣人によくある現象です。あの時は言葉も発していませんでしたし、本能だけで行動していたのでしょう」


「驚異的な身体能力を得ることができるが、それが欠点でもある」


 そんな状況であれば、俺たちが何者かも考えることもできなかっただろうな。


 目について阻んできたから反撃したような感じか。


 ひとまず、悪人ではなさそうなので一安心だ。


「とりあえず、二人の治療をしたい。この薬を呑んでくれるか?」


「……変な物を入れていないだろうな?」


「この状況で毒を盛る必要があるか?」


 相手は満身創痍な上にロクに動くこともできない。それに対してこちらには十分な戦力が整っている。


 もう一人の少女も意識がない状態だし、彼が見捨てることはないだろう。


「……わかった。ひとまずはお前たちを信じよう」


 観念したように言う男の口元に、薬の匙を運んでいくと素直に口に含んでくれた。


 若干苦そうに表情を歪める中、身体を淡い光が包み込む。


 すると、リーディアの怪我を治した時のように身体中の傷が綺麗に逆再生しだした。


「身体の痛みがなくなった!」


 自らの身体を確かめて驚く男。


「すごいわね。私の時もこんな風に治ったの?」


「ああ、同じ薬だからな」


 リーディアのお腹の傷の方が大きかったし、初めてだったから衝撃はあの時の方が大きかったな。


「……ハシラの作る薬はよく効くとは思っていたが、これ程とはな」


「まるでおとぎ話で聞く、エリクサーのようですね。効き目の速さや効果といい常識外れです」


 普段、ちょっとした擦り傷や切り傷で使っていたカーミラとクレアは、薬の効果を目にして驚いているようだ。


 過信は禁物であるが、この薬がある限り大概の怪我はすぐに治ると思う。


「この薬を是非娘にも……!」


「最初からそのつもりだ」


 どうやらこの男と少女は親子関係だったらしい。


 男と一緒に少女の元へ近づく。同じように薬を乗せた匙を近付けると、少女も目を覚ました。


「なんか苦そうな匂い……」


 鋭敏な嗅覚のお陰でおぼろげながらも意識を取り戻すことができたようだ。


「リファナ、これは身体の傷を治す薬だ。呑んでくれ」


「……うん」


 父親から言われたこともあり、リファナと呼ばれた少女は素直に匙を口に含む。


 すると、同じようにリファナの身体の傷も綺麗に治ってしまった。


「身体の痛みがなくなった! でも、身体に力が入んないし猛烈にお腹が空いた!」


 意識を覚醒させて立ち上がったが、すぐに倒れて気怠そうに言うリファナ。


 お腹からギュルルルルルと低い唸り声が響いている。


 眠っていた時は儚い少女のような見た目だったが、中々に賑やかそうな子だ。


「傷は治っても吸い取ったエネルギーまでは回復しないからな。すぐに食べ物を作ってあげよう」


「お肉がいい!」


「空腹時にそんな重いものを食べて大丈夫か?」


 そういう時は軽いものから食べて、胃袋を慣らしていくのがいいはずだ。


「大丈夫! わたしたちの身体は頑丈だから! というか、肉を食べないと力が出ない!」


「できれば、肉で頼みたい」


 リファナだけでなく、父親もそう言っているので肉料理を出すことにする。


 日常動作はできるみたいなので囲炉裏部屋に移ってもらって、俺たちは料理の準備だ。


 とはいっても、二人が肉を所望しているので簡単な肉料理だ。


 素早くできるステーキがいいだろう。


 リーディアの魔法で火を起こして、フライパンの上でデビルファングの肉を焼く。


 ただそれだけだ。ほどよく火が通ったら軽く塩、胡椒を振ってステーキの完成だ。


「ほら、デビルファングのステーキだ」


 ステーキを差し出すと、二人は手早くナイフでカットして次々と口に入れていく。


「なにこれ美味しい!」


「香辛料の味がする!」


 よっぽどお腹が空いていたのだろう。


 二人は肉を口の中に放り込むような勢いで食べていく。


 その表情と食べる速度が美味しさを雄弁に語っているようだった。


「美味しそうに食べるわね」


「食べる姿を見ていると、こっちもお腹が空いてきたのだ」


 あれだけの勢いで食べられると、こちらも食欲が湧いてくる。


 思えば、昼食をまだ食べていなかったな。


「よし、俺たちの昼食分も作るか」


「もっと食べたい!」


「お代わりを頼む!」


 そう決めたところで、リファナと父親の力強いお代わりの声が響いた。


 これは急いで焼いていかないと自分の昼食が遅くなってしまいそうだ。




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