第55話 積み木
外ではザーザーと雨が降り注ぎ、雨戸を叩いている。
季節が夏になったからか、最近はこうやって雨が降り続ける日が増えてきた。
当然、これだけ雨が降っていると農業はお休みだ。
一部の弱い作物が雨風で倒れないように布を被せたり、能力で覆ってあげたりしてあるので安心。
前世でも真夏にはこうやって局地的な大雨が降ることがったな。さんさんと太陽が輝いていたのに急に土砂降りになって傘を買う羽目になったり予定が中止になったりしたっけ。
外に出ることができなくなるので嫌われがちな雨であるが、雨がなければ植物が育たなかったり、水不足に陥ったりすることもある。生物が循環する上で必要な要素ではあるんだよな。
「雨は嫌いなのだ」
しかし、そんな雨を受け入れられないでいる少女が傍にいた。
囲炉裏部屋でだらりと寝転がるカーミラだ。見るからに不機嫌そうだ。
「外に出られないから退屈だ」
「まあ、そうかもしれないけど、雨音に耳を澄ませるも楽しいぞ?」
忙しさに追われていた前世では俺もカーミラと同意見だったが、今ではそうは思わない。
「雨音? そんなものを聞いて楽しいのか?」
「ほら、雨でも降り注ぐ場所によって音が変わるだろ? 地面から跳ねる音、草木に当たる音、水たまりで跳ねる音、金属質なものに当たる音。そのどれもが違う音色で演奏会のようじゃないか」
「うーん、アタシには良さがわからん!」
しばらく耳を澄ましていたカーミラであるが、すぐに放棄してしまった。
どうやら彼女にはまだこの良さがわかる境地に至っていないようだ。
「ハシラはたまに年老いたエルフみたいなことを言うわよね」
「他の殿方と比べると若干枯れています」
樹海スライムを膝に抱えて愛でているリーディアとクレアがそんなことを言う。
「……別に楽しみ方が渋くてもいいじゃないか」
既に人生を終えて、二回目をやっているのだ。
他の男性と比べて悟りの境地に入っている部分はあるので否定はできないな。
一度、死んでしまって過去を見つめ直したからこそ変わる部分もあるのだ。
「なあ、ハシラ。相撲でもしないか?」
「さすがに家の中じゃ危ないだろ」
家の中で相撲をするのはおかしいと思う。子供が相手ならいいけどカーミラはただの子供じゃなく魔王の娘だ。じゃれ合うような微笑ましいものには絶対にならない。
「じゃあ、なにか面白い遊びを考えるのだ」
俺が相撲を考えたからだろうか。カーミラはまた何か新しい遊びを作り出せると期待しているようだ。
「そうだな。何か家でできる遊びを作った方がいいかもしれないな」
職人がやってきて、農作業の人手も増えて、俺たちの生活レベルはさらに向上を果たしている。
前回、テンタクルスたちが楽しめるようなステージを作ったのと同様に俺たち自身が楽しめるものも作っていきたい。
家でできる遊びか。費用と時間がかからずに作れるのはやはり俺の能力を使用したものか。
木製品でできる遊び道具か……。
俺はふと頭の中に浮かび上がったものを木で作ってみる。
「おい、ハシラ。ふざけているのか? 積み木などを作ってからにアタシは幼子ではないのだぞ?」
「そうだが意外と積み木で遊ぶのも面白いぞ?」
完全に子供扱いされていると感じたのかカーミラが積み木を見て拗ねる。
俺はその間に作り出した積み木を黙々と積み上げていく。
長方形、正方形、三角形、円柱といった様々な形のものがあるので自由度は高い。
しっかりとした土台を組んでやって、その上に積み上げていくと城っぽいものができた。
「できた。城だ」
「中々の出来栄えね」
それほど大きなものではないが、外観はかなりしっかりしているので城だとすぐにわかる。
うむ、我ながら見事な出来栄えなのではないだろうか。
「積み木といえば、幼い頃に触ったキリですね。こうやって久しぶりに触ってみると懐かしいです」
「せっかくだから私たちも何か作ってみる?」
「いいですね。ハシラ殿の城を見ていると創作欲のようなものが湧いてきました」
「故郷にある建物なんかを再現してみるのもいいかもな」
リーディアとクレアも乗り気なので、俺たちは三人で積み木遊びをすることにした。
「…………」
盛り上がる俺たちを見て、カーミラがどこか羨ましそうな視線を向けてくる。
積み木が幼子の遊びと揶揄してしまったために、今さら自分も加わりたいとは言いづらいのだろう。
「ほら、カーミラもやらないか? 魔王城とか見たことないから作ってみせてくれよ」
「しょ、しょうがないな。ハシラがそこまで言うのであればやってあげるのだ」
こちらから誘うと、カーミラはどことなく嬉しそうな表情で積み木遊びに参戦。
わかりやすい態度のカーミラを見て、クレア、リーディアはクスリと笑った。
◆
積み木で遊んでいると、いつの間にか夕方になった。
「そろそろいい時間だし夕食でも作るか」
「「「…………」」」
暗にそろそろ切り上げて夕食を作ろうぜって意味で声をかけたのだが、誰も返事をしてくれなかった。
皆が真剣な顔をして積み木をしている。
カーミラとクレアは魔王城らしきものの再現に必死になり、リーディアはどこかの国を旅した時に見たらしい大きな橋を再現しようとしていた。
囲炉裏部屋にいつになく真剣な空気が漂う。
「リーディア、そろそろ夕食を作らないか?」
「ごめん、後でいい? もうちょっとで完成しそうなの」
「……そうか」
リーディアに声をかけてみるも、きっぱりと断られてしまった。
カーミラとクレアも二人して魔王城にある塔を積み上げている。
こちらもとてもじゃないが夕食を一緒に作ってくれる雰囲気じゃないな。
どうやら積み木は暇を持て余した三人の心に強い火を灯してしまったようだ。
まあ、複数人で作らないとできないわけじゃないし、今日は俺が夕食を一人で担当することにするか。
「何を作るとしようか……」
食材保管庫を見てみると、肉や野菜といった一通りの食材はきちんと置かれてあった。
この雨の中、畑を動き回って収穫などはしたくなかったので保管されていて助かる。
肉はステーキにしてしまうとして野菜はどうしようか。リーディアのようにスープにして煮込むか、サラダとして生で食べるか……。
「いや、蒸すか」
積み木と同様に俺の能力を使えば蒸籠だって作れるはずだ。
定番の楕円形の蒸籠をイメージしてみると、あっさりと蒸籠が作れてしまった。
「どうせなら野菜だけじゃなく肉も蒸してしまうか」
蒸籠を使えば肉だって簡単に調理できる。
そう決めた俺は鍋に水を入れて火にかける。
その間に蒸籠に布を敷いて、そこにカットしたニンジン、カボチャ、カブ、ブロッコリー、タマネギなどを投入。
デビルファングの肉を切ると、レタス、ニンジン、水菜を巻いていく。
それらのセットが終わる頃には火にかけていたフライパンからぐつぐつと沸騰する音がしていた。
ドルバノが作ってくれた鉄のフライパンは石と違って熱の伝導もいいので沸騰が早い。
穴の空いた鉄蓋を乗せて、その上に具材を敷き詰めた蒸籠を二段乗せる。
きちんと蒸気が上がってきているのを軽く確認してからしっかりと蓋を閉める。
後はしっかりと蒸しあがるまで待つだけだ。
食材をカットして巻いて入れるだけ。蒸し料理のなんてお手軽なことか。
「できたわ!」
蒸籠をセットしてボーっとしていると、リーディアが叫んだ。
視線をやってみると、そこには積み木の見事な橋ができていた。
「おおー、見事なものだな。元々はレンガで造られていた橋なのか?」
わざと細かい木を積み上げていることから、橋の外観素材はレンガなのではないかと思う。
「そうよ。ヘルブラムっていう街にある橋でとにかく建物の造形が美しかったのよねぇ。周囲にもっと自然があれば、私も住んでみたいと思ったほどだわ」
どこかうっとりしたように語るリーディア。
俺の脳裏で西洋の街並みが想像される。
ああいう街ってお洒落でいいよな。建物全てがアートチックで一つの大きな作品のようだ。
生憎とここは樹海なのでそのような街にはできないが、お洒落にできるところはしてみたいものだ。
「ハシラ! こっちもできたぞ!」
リーディアの作った橋を眺めていると、今度はカーミラたちの作品が出来上がったようだ。
「縮小版、魔王城です」
積み木でできた大きな城と周りに点在する長い塔。積み木であるにも関わらず、魔王城の異様な雰囲気が伝わるようであった。
「これはすごいな」
「ちなみに城と後ろにある山は地下で繋がっていてな。ここから入ることもできるのだぞ!」
「……お嬢様、それは緊急時に避難するための秘密情報です」
ギミックを説明するような無邪気さで、魔王一家の秘密情報を漏らしてしまうカーミラ。
魔王城についての説明を聞きたくもあるけど、これ以上聞いたら色々な情報がポロリと出てきそうで怖いから聞かないようにしよう。
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