第56話 蒸籠


「ところでハシラが設置したこの丸い奴はなんなの?」


「俺の故郷にある蒸籠っていう料理道具だ。蒸気で食材に火を通している」


「蒸気とはなんだ?」


 蒸気という概念をよく知らないのかカーミラが首を傾げる。


「お湯を沸かした時に出る湯気だよ。それを利用しているんだ」


「ほう、そんなもので熱が通るのか」


「どんな風に出来上がるかわからないけど楽しみね」


 蒸しあがるのを待つために四人で座ろうとする。


 でも、それぞれが作り上げた作品がちょっと邪魔だ。座れないことはないが、ち

ょっと移動するのに気を遣う。


「そろそろ積み木を崩すか?」


「ハシラ、なんてことを言うのよ! せっかく作り上げた大作なのに!」


「そうだぞ! すぐに崩せとは酷いのだ!」


 おずおずと提案してみると、猛反発を食らってしまった。


 大分時間をかけて作っていた作品だからそうだよな。彼女たちが満足いくまでは

崩さずに置いておくとしよう。


 いい具合に時間が経ったところで蒸籠の蓋を取って中身を確認。ぼわっと湯気が

舞い上がる。


「熱いのだ!」


 中の具材が気になって覗き込んだカーミラが湯気に直撃してのけ反っていた。


「そりゃ、湯気だからな。気を付けてくれよ」


「へー、これでしっかり熱が通るものなのね」


「湯気が上に昇っていく性質を利用して箱を重ねているのですね。変わった調理法

ですが興味深いです」


「肉もちゃんとあるぞ!」


 蒸された食材を見て感心の声を上げる三人。


 そして、食べるとなるとそれぞれが動き出して食器類を用意する。


 作品に集中していた時とは大違いで助かる。


 俺のオリゴオイルと塩を調味料として用意する。


 胡麻ドレッシングとか味噌とかマヨネーズとか、もっと合う調味料が作れればい

いのだがないので仕方がない。


 せめて、マヨネーズは作れるようにしたいな。


 魔王に頼んで鶏とか連れてきてもらって育ててみようかな。後、醤油とか味噌が

この世界にないのかも聞いておこう。


 食材自体は増えてきたが、豊かな食生活を目指すにはまだまだ足りないものが多

いな。


「それじゃあ、早速食べるとするか」


 食べる準備が整ったところで蒸し料理に手を出す。


 まずはニンジン。しっかりと火が通っているからかとても鮮やかな色合いをしてい

る。


 そのまま食べてみると柔らかく、ニンジンの甘味が強く感じられた。


 他にもカブ、ブロッコリー、タマネギを食べてみるも美味しい。


 エルフィーラの加護で引き上げられた野菜の味を強く感じることができる。


 味が物足りないと感じたら、


 オリゴオイルや塩やを軽くつけて食べるといい。アクセントが出て満足感も得ら

れる。


 肉巻きも野菜との相性がばっちりだ。美味しい上にヘルシーとは最高だ。


「うん、美味いな」



「これはすごいですね。いつもより野菜の甘みがしっかりと感じられます」


「肉巻きもうまうまだ!」


「蒸すことによって野菜の旨味が引き上げられるからな。野菜との相性はピッタリ

だ」


 クレアとカーミラも気に入ってくれたらしくパクパクと野菜を食べている。


 野菜が大好きなリーディアはどうだろうと思って視線を向けると、彼女はわなわ

なと震えていた。


「……ハシラ、これすごいわ。ただでさえ、ここの野菜は美味しいのにこんな風にさ

らに味が引き上げられたらエルフにはたまらない……っ!」


 どうやら野菜好きな彼女だけでなく、エルフという種族にとってたまらない料理

らしい。


 リーディアがかつてない程に興奮している。


 そして、蒸されたカボチャを食べて恍惚の表情を浮かべた。


「ハシラの育てた野菜と蒸し料理の組み合わせで大抵のエルフは墜ちると思うわ」


「そ、そうか」


 エルフに対して強いセールスポイントができたようで何よりだ。


 初めての蒸し料理だったが好評をもらえてよかった。




 ◆






 積み木で遊んだ翌日。今日も外は雨でザーザーと雨が降り注いでいる。


 今日も家でこもるしかないのであるが、蒸籠を手にしたリーディアのテンション

は高かった。


「蒸し料理を広めにアルテたちの家に行ってくるわ! 今日は蒸し野菜パーティー

をするの!」


 俺の作った特注蒸籠を抱えて叫ぶリーディア。


 昨日の夕食後に作らされたもので大人数で使用できる蒸籠だ。


 四人以上で、それも野菜大好きなエルフが食べるには通常サイズでは作るのに時

間がかかるからな。大きめのものを作ってあげた。


 リーディアは蒸籠とたくさんの野菜を革袋に入れると、靴を履いて外に出ようと

する。


「待った。これを雨避け代わりに使ってくれ」


 俺は能力を使って木を生やし、大きな葉っぱをリーディアに渡した。


 雨で身体を濡らして風邪でも引いたら困るからな。


「ありがとう。行ってくるわね」


 笑顔を浮かべて礼を言うと、リーディアは葉っぱを傘のようにしてアルテたちの

住むシェアハウスに向かった。


 雨が降っているにも関わらず走っていくとは……それだけ早く蒸し料理を食べさ

せてあげたいんだな。


「では、私もセシリアに蒸し料理を教えてこようと思います」


「おお、アタシも暇だし行くぞ」


 外出するリーディアに釣られたのか、クレアとカーミラも外に出るらしい。


 連日家にいるのも疲れてしまうからな。誰かの家に遊びに行って気分をリフレッ

シュさせるのも大事だろう。


「ハシラ殿はどうされますか?」


「うーん、俺は一人でゆっくり過ごすよ」


 クレアとカーミラに付いていってセシリアの家に遊びにいくのも悪くはないが、

あまりそういう気分ではない。


 たまには気ままにゆっくり過ごすのも悪くないだろう。


「わかりました。それでは蒸籠をお借りしますね」


「ハシラも暇になったらきてもいいからな!」


「ありがとう。行ってらっしゃい」


 クレアとカーミラにも同じように葉っぱを渡して見送る。


 家の中にはただ一人。降り注ぐ雨の音がより大きく聞こえるような気がした。


 仕事をしていないのに家に一人というのは珍しい体験だな。


 最初はそれが普通だったのに随分と変わったものだ。


 とりあえず、一人になった俺は今後のことを考えて蒸籠を増産しておく。クレアは

渡すといってなかったが、セシリアが欲しがって渡してしまう可能性もあるしな。


 ドルバノやゾールに渡す分も考えて多めに量産しておこう。


 黙々と能力で作っていると、お裾分け分と予備の蒸籠まであっという間にできて

しまった。


 それらを台所の収納棚に入れてしまう。


 やるべきことが途端になくなってしまった。ドルバノたちがくるまでは、こうい

う時は能力で食器などを増産していたが今はその必要はないしな。


「一人というのは結構気楽だけど暇だな」


 リーディア、カーミラ、クレアのいる生活に慣れてしまっていたらしい。


 一人で家にいるのが思いのほか退屈に感じてしまっている自分がいた。


「やっぱりセシリアの家に行ってみようかな」


 そう思って葉っぱを手にして外を歩くと、木の下で雨宿りをしているレントが見

えた。


「お前も暇そうだな」


 なんて声をかけながら雨のかからないレントの隣に避難。



 レントはこちらに顔を向けると、またすぐに空を見上げた。


 レントたちは雨が降ろうと構うことなく出歩いて警備をしたり、畑の確認をして

くれている。とはいっても、雨になると獣や魔物の動きも鈍くなるので若干退屈そ

うだ。


 現にレントは空を見上げてボーっとしているような気がする。


 雨が平気とはいえ、雨宿りできる場所が木の下くらいというのは可哀想だな。雨

宿りできる場所くらい作ってやるべきだろう。


 俺は傍にある木を操作して、くり抜いてやる。


 すると、カマクラのようなものが出来上がった。


「ここでゆっくりするか」


 中に入って座ると、空を見上げていたレントも入ってきて座った。


 レントが座っても広々としている。多分、レン次郎、レン三郎、レン四郎が入っ

ても大丈夫だろう。


「俺の家では積み木が流行ってるんだが、レントもやってみるか?」


 能力を使って積み木を出してみると、レントは手に取って眺め出した。


「これらを積み重ねて遊ぶんだ」


 適当に積み重ねて見本を見せると、レントも積み始めた。


 精霊であるレントは一体何を作るのだろうか。そんなちょっとした興味があっ

た。


 レントが積み木を完成させる間、俺は長方形の積み木を量産してドミノ倒しを作

る。


 慎重に積み木を並べ続けていると、不意にドミノが倒れてコンコンコンココココ

ッと綺麗に積み木が倒れた。


「なっ」


 自分の身体が積み木に当たってしまったのか振り返ると、そこには積み木を人差

し指で押したレントがいた。


「……おい、こら。人がせっかく長い列を作ろうとしているのに途中で崩すな」


 ぷりぷりとしながら積み木を立て直していく。


 すると、俺のやろうとしていることを理解したのかレントも列の先に積み木を置

きだした。


 どうやら積み木をすることより、俺のドミノ倒しに興味を持ったらしい。


「なら、一緒にドミノ倒しを作るか」


 レントが付き合ってくれるのであれば、より長いドミノ倒しができそうだ。


 雨が降りしきる中、俺たちはひたすらドミノの列を作り続けた。





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