第54話 相撲

 最初に迷い込んできた樹海スライムがやってきてから、ちょいちょいと他の個体もやってくるようになった。


 最初の個体はトマトの苗を取り込んでいたが、個体によって好みが違うのか山菜や薬草を吸収して体に苗を生やした。


 こちらが水を与えて成長促進を施してやると可愛がってもらえると気付いたのか、樹海スライムたちはいずれもここに定住するようになる。


 今では俺の家だけではなく、エルフのシェアハウスやセシリアの家にも住んでいたりする。


 皆、ちょっとした休憩時間に摘まんだり、可愛がったりしているようだ。


 ペットとしての効果もある上に、食料まで提供してくれる樹海スライムは実に費用効果がいいので人気が高い。


 体に生やした作物を大きく育てるにはそれなりの時間がかかるが、小さな実をつける速度は速いので手軽に摘まめるのが魅力だ。


 夜に収穫しても、翌日起きれば小さな実をつけているという脅威の成長速度。


「グラベリンゴやピンクチェリーの苗を生やしてくれる個体が現れてほしいものです」


「そうね。まだ果物を取り込んだ樹海スライムはきていないものね」


 膝の上に載せたトマトの苗木を生やしたスライムを可愛がりながら、そんなことを呟くクレアとリーディア。


 大好物の果実をいつでも摘まめるという魅力はわかるが、ちょっと二人のスライムを見る目が怖いな。


 早く二人の欲望を叶えてくれるスライムがきてくれるといいのだが。できれば、取り合いにならないように複数匹現れてくれるのが望ましい。


「ハシラ、注文品を持ってきてやったぞ!」


 囲炉裏部屋でまったりと過ごしながらそんなことを思っていると、玄関からそのような野太い声が響いた。恐らくドルバノとゾールだろう。


 急な来客に驚きつつ玄関に移動すると、予想通りドルバノとゾールが並んでおり、大きな革袋を背負っていた。


「もう完成したのか?」


「ああ、そうじゃ。さっさと確認してくれ」


 ドルバノはせっせと囲炉裏部屋に入ると、背負っていた包みを一気に広げた。


 そこにはドルバノが作ってくれたであろう食器や料理器具、生活道具、武器があり、もう片方にはゾールが作ってくれた革製品がずらりと並んでいた。


 新しい生活道具に部屋でくつろいでいたリーディア、クレア、カーミラが近寄って手に取る。


「おー、鋏があるぞ! これで作物も早く収穫できるのだ!」


「鉄のフライパンもあります。これで火の通りもよくなりますね」


「そうそう。こういうホルスターが欲しかったのよ。あっ、矢じりもちゃんとある!」


 皆、それぞれの欲しいものが手に入ってとても喜んでいる。


 これまで生活道具の類は、ほとんど俺の能力で作っていたためにこうも喜ばれると少し悲しい気持ちもある。


 でも、素人が無理矢理作った物よりもプロが作った物の方がいいのは当たり前だ。


 俺の仕事も減ることだし、ちょっと複雑だけどここは素直に喜んでおくとしよう。


 ゾールに作ってもらった靴を手に取って、足を入れてみるとピッタリだ。


 縦幅も横幅も問題なく、楽に歩くことができるな。


「靴の感触はどうじゃ?」


「いい感じだ」


「そのまま歩いて使っていれば革が馴染んでより違和感がなくなるじゃろ。だが、違和感があればすぐに教えてくれ。調整してやる」


「わかった」


 使えば使うほど自分の足に馴染むっていいよな。愛着が湧いてくる。


 他にも俺だけでなく皆が新しい靴の様子を確認したり、ホルスターの調節なんかを済ました。


 すると、ドルバノとゾールが真面目な顔つきで言ってくる。


「他の者の分の納品も時期に終わる。落ち着いたら酒造りにとりかかってもいいかの?」


「酒造りは発酵に時間もかかる。できれば早く取り掛かりたい」


 ドワーフがここにやってきて三週間程度。彼らはレン次郎たちの手を借りながらだが、恐るべきスピードで工房を作って道具を納品してくれた。


 俺との約束も守って生活道具の生産もやってくれているので、許可してもいいだろう。


 ここでは貨幣なんて流通していないので、大きな報酬を与えることもできない。やりたいことがあるのなら、それをさせることで報酬にするのが一番だろう。


「わかった。他の者の分も作り終わったら好きにとりかかってくれ」


「おお、言ったな!? そうと決まれば、他の者の分も作り上げるぞ!」


「ああ、ワシらの理想の酒を作り上げるためじゃ!」


 許可すると、ドルバノとゾールは興奮した様子で家を出ていった。


「……すごい酒への執念だな」


「ドワーフは皆そんなものだぞ」


「ここにあるブドウを使えば、相当なワインができるでしょうし彼らの気持ちもわからなくはありませんね」


 クレアがそんな風に言うとは、ワインが好きなのだろう。


 ほとんどお酒は飲んだことがないのでわからないが、彼女がそんな予想をするワインがどんなものか少しだけ楽しみだ。






 ◆






 リーディアやエルフたちと朝の稽古をしていると、遠くでズシイインと地響きのようなものが聞こえた。


 木々に止まっていた野鳥が驚いて飛び立ち、俺の飛ばした矢があられもない方向に飛んでいく。


 うん、これは謎の地響きのせいだ。俺の弓の技術が悪いわけではない。これは仕方がないのだ。


「……今の音は何かしら?」


「ちょっと見に行ってみるか」


 これだけの地響きが聴こえたとあっては無視することはできない。


 俺とリーディアだけでなく、他のエルフたちも射撃をやめて騒音のする方向に足を向ける。


 すると、平地でレントとテンタクルスが力比べをしていた。


 最初に出会った時のようにテンタクルスが突撃をしてレントがそれを受け止めている。


 角を掴んでいるレントがそのままパワーでねじ伏せて、テンタクルスを横に倒した。


 その衝撃で地響きがなり、土煙が舞い上がる。


 かなりの衝撃だったと思うが、テンタクルスは自力で起き上がってケロリとしていた。


 そして、両者は再び距離をとるともう一度ぶつかり合う。


「……どうやらレントとテンタクルスが力比べをしていたようだな」


「そ、そう。巻き込まれないように退散しましょう。またあの時のように力比べの相手をさせられるのはごめんだわ」


 リーディアは怯えたように言うと、エルフたちを連れてそそくさと演習場に戻った。


 どうやらあの時の力比べがかなり怖かったようだ。


 ふむ、力比べか。


 純粋な力勝負もいいが、それだけだと見ている方も少し物足りない。


 フィールドを作って相撲のように技のやり取りなんかも見てみたいな。


 俺は能力を使って、円形の大きなステージを生やした。最後に踏ん張れるように俵のような出っ張りも作ってみる。


 レントとテンタクルスは興味を示したのか、取っ組み合いをやめてこちらにやってくる。


「このステージの上から落ちた方が負けだ。力で押すもよし、受け流して投げるもよしだ。殴ったり、急所を狙うような技はなし」


 ルールを説明した瞬間、テンタクルスとレントの目がギラッと光ったような気がした。


 制約のある戦いでも十分に燃えるタイプらしい。


 テンタクルスとレントがぶつかり合う。しかし、今回はステージの広さに限界があるので、互いをかなり警戒しているようだ。


 ごり押しでいくのもありだが、一歩間違えればいなされてステージの外に出されてしまう。


 限られたステージという制約が二体に大きな駆け引きを与えていた。


 先に動いたのはレント。先程と同じようにテンタクルスの自慢の角を掴んで転ばせようとしている。


 しかし、テンタクルスはそれを読んでいたのか、頭を振って避けるとそのまま角をレントの股下にくぐらせる。


 そして、てこの原理のように角を一気に振り上げてレントを投げ飛ばした。


 この勢いにはレントも抵抗できず、あっさりと場外にある木に飛ばされて着地した。


「レント、場外負け。テンタクルスの勝ち」


 俺がそう告げると、テンタクルスが勝利を誇るように体を逸らして自慢の角を見せつける。


 そんな光景を外野で見ていたレン次郎、レン三郎、レン四郎たちが次は俺だとばかりにフィールドに上がってくる。レントもリベンジとばかりにフィールドに戻ってくる。






 この日からテンタクルスとレントたちの間で相撲が流行った。


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