第53話 樹海スライム

 麦踏みを終えると、セシリア、ドルバノ、レン次郎が転移魔法で戻ってきた。


 レン次郎の傍には巨大な石材や赤土が置かれている。


 一度、採掘した石材や土をくり抜いて持ち帰ってきたのだろう。


 ドルバノがレン次郎に指示をして、彼らの家の傍に石材や土を置いていく。


 そんな中、セシリアはポツリと立ったまま虚空を見つめていた。


「外はどうだった?」


「あはは、死の樹海の中ではわたくしなど所詮ちっぽけな存在でしかないのですわー」


 声をかけると、セシリアは虚ろな目でそんなことを呟いていた。


 樹海に入ったばかりのクレアもこんな感じだったな。俺の声は届いていなさそうだ。


「よし、石材を置いてきた。また戻るぞ」


「……わかりましたわ」


 もはや抵抗する気力すらないのか、セシリアはドルバノに言われた通り転移魔法を発動。魔法陣をくぐってドルバノ、セシリア、レン次郎が消えていく。


 どうやら石材のある場所に戻ったようだ。今日は同じように何度も素材を運び込んでくるだろう。


 ……うん、あんまり大丈夫じゃないような気もするけど、クレアが何回か外に出れば慣れるって言っていたし、その言葉を信じることにしよう。






 二日後。セシリアの転移魔法のお陰でドルバノ、ゾールが必要とする素材は手に入ったらしくドルバノとゾールはレン次郎、レン三郎を助手に工房の建設に取り掛かっていた。


 それから二週間もしない内に、立派な炉と石造りの工房を完成させていた。


 ドルバノは身近にある石材や崖から掘り出したという鉱石類を使って、身近な調理器具や食器、武器なんかを大量生産中。


 炉の火を保つのに大量に薪が必要になるので、俺は度々薪を出してやっている。


 フラッとやってきては「薪」と言ってくるふてぶてしい姿は一番俺の能力に順応している気がする。


 薪も集めたり、作ろうと思えば時間がかかって面倒であるが、俺の能力を使えば一瞬で大量に手に入るから効率的だな。


 俺やレントが神具で削り出して作ったものには限界があるので、プロの作ってくれたものが非常に楽しみだ。


 ゾールは今まで保存していた動物や魔物の革を使用して、靴や手袋、防具、ベルトといった製品の生産にとりかかってくれている。


 この樹海にしか生息しない魔物の革などがたくさんあるのでやる気満々だ。


 ナイフを収納するホルスターやベルトが欲しかったし、今の靴も随分とすり減っていたので新しいのが楽しみだ。


 これで俺達の生活レベルが向上するに違いない。




 いつも通り畑の作物の世話をしていると、キラープラントが蔓を伸ばして突いてきた。


「うん、どうしたんだ?」


 とりあえず、仕事を中断してキラープラントのところに寄ってみると、そこには緑色で丸い粘着質の体をした生物が蔓でぐるぐる巻きにされて拘束されていた。


 この世界の魔物について疎い俺でもわかる。ゲームやアニメなんかでよく出てくるスライムだ。


 キラープラントを見ると、なんか変な魔物入ってきましたけどどうします? みたいな意図を感じる。


 今まで畑に入ってこようとする獣や魔物の類は見てきたが、このようなスライムは初めてだ。


 試しに枝を生やして、それでスライムを突いてみる。


「おお、すごくプニプニしてるな」


 まるで水饅頭を突いているような弾力だ。


 連続して突いてみるがスライムは特に襲い掛かるような素振りは見せない。


 温厚な魔物なのだろうか? 触ってみたいけど強烈な酸とか含んでいても困る。


「リーディア、スライムっぽい魔物がいるんだが見てくれるか?」


 モチモチの実を収穫していたリーディアが怪訝な顔をしながらこちらにやってくる。


「……スライムだけど普通のスライムじゃなさそうね」


「というと?」


「一般的なスライムは青っぽい色合いをしているわ。その辺にあるものを何でも取り込んで吸収する雑食な魔物よ。環境によっては稀な特性を獲得していたり、色の違う個体もいるんだけど緑色のスライムっていうのは初めて見たわね」


 緑色のスライムを見つめながら唸るリーディア。


 どうやら彼女でも知らない未知のスライムらしい。


 俺たちがスライムを見つめていると、気になったのかカーミラやクレアもやってきた。


「珍しい色をしているスライムですね」


「ファイアスライムでもアイススライムでもないな」


 しかし、彼女たちでもこのスライムがどんな種類のものかわからないようだ。


 カーミラが屈みこんでスライムをプニプニと突く。


「素手で触っても大丈夫なのか?」


「何をビビッているのだ? 低級なスライムに危険な力はないぞ」


 わははと笑いながらスライムをぽよぽよと叩くカーミラ。


 それを見て俺も手を伸ばしていると、とてもプニプニとしていて気持ちよかった。


 ずっと撫でたり突いたりしたくなる感触だ。


「とりあえず、危険はなさそうだし拘束は解いてみるか」


「まあ、スライムだしね」


 他の皆の異論もないようなのでキラープラントの拘束を解いてもらう。


 蔓がなくなると、スライムはもぞもぞと動き出した。


 そのまま見守っているとスライムは畑に入って、なんとトマトの苗を丸ごと取り込んだ。


「あー! オマエ、トマトの苗を食べおったな!?」


「ちょっと待て」


 これにはカーミラが怒って拳を振り上げるも、スライムの様子が変なので静止する。


 トマトの苗を体内に取り込んだスライムはブルブルと震え――体からトマトの苗を生やした。


「おお?」


「ええ?」


 珍妙なスライムの生態に皆の間の抜けた声が重なる。


 スライムはトマトの苗を生やすと満足したのか、特にそれ以上苗を食べようとはしない。


「……トマトの苗を取り込んだと思ったら、そのまま体からトマトの苗が生えてきたな」


「取り込んだものを体内で育てる特性でしょうか。奇妙なスライムですね」


 とりあえず、無暗に畑に害を与える魔物ではないようだ。トマトの苗が一つ減ってしまったが、代わりにこのスライムから収穫できるとしたら結果的にいいのだろうか?


「リーディア、このスライムに水をあげてみてくれ」


「え、ええ」


 リーディアが魔法で水をかけるとスライムは気持ち良さそうに浴びて喜ぶ。


 そして、俺が手を添えて成長促進を使ってみると生えていた苗が育って、小さなトマトの実をつけた。


 俺の加護はそれが食用であることを告げているので、小さなトマトを摘まんで食べてみる。


「……普通に美味いな」


 うちで獲れるトマトとなんら変わらない味をしている。十分に美味しい。


「動く植木鉢みたいに考えればいいかしら?」


「誰でも気軽に家で育てられそうでいいですね」


 これならば農業が苦手なものでも家で飼って、育てることができるしな。


 気軽な家庭菜園といったところか?


「まあ、こういう魔物がいてもいいだろう。自分の大好きな作物を家で育てて、家でつまみ食いするのもいいものだ」


 ちょっと作物が欲しい時にわざわざ外に出て収穫するのも面倒な時もあるしな。


「このスライム、なんて名前を付けるのだ?」


「シンプルに樹海スライムでどうでしょう?」


 クレアのアイディアが採用されて、樹海スライムが新しく住むことになった。


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