第51話 マンドレイクの畑

 魔王が転移で国に戻ると、畑ではリーディア、クレア、カーミラたちが移住者に畑を見せているようだ。


 ここでどのような作物が育てられるか、どのようにして育てているか説明してくれているらしい。


 農作業をするだけでなく、ここで暮らしていく上ではどのような作物が育てられているのか知っていて損はないだろう。


「昨日も食べましたけど、このモチモチの実というのは不思議ですわ」


「こうやって持ち上げてみると、意外とずっしりしてますね」


 中でも魔国からやってきたセシリアと従者はこの樹海でしか獲れない作物に興味を抱いており、しっかりとメモをしているようだ。


 後に品目を魔王に報告したり、どれくらいの量が育てられているか報告するのだろう。


 俺たちはそこまで厳密に管理をして育てていないので、そうやって資料化してくれるのは助かる。記録が取れたら後で俺も見せてもらおう。


 モチモチの実や野菜畑の紹介が終わると、皆が果物畑に流れていく。


「ここのグラベリンゴは育ててから三か月のものよ」


「はい? 三年や三十年の言い間違いではありませんこと?」


「いえ、三か月よ」


「嘘おっしゃい。果物の木をここまで育てるには通常何年もの時間がかかるはずですわ」


 うん、まあセシリアのその反応と知識が普通のものだと思う。


「その普通を壊していくのがハシラ殿なのです」


「うむ、ハシラが手を当てるとニョキニョキって成長するのだ」


「……あり得ないですわ」


 なにせ豊穣を司る植物神エルフィーラの加護を貰っているからな。そういうことができる奴とでも思ってくれ。


「あ、あのリーディア様。昨日から気になっているのですが、あそこに生えているのはキラープラントの上位種ですよね?」


「ええ、そうよ。私たちの家や畑を守ってくれているの。小さなインセクトキラーは畑に寄りつく虫を食べてくれて、キラープラントは獣や魔物を倒してくれるわ」


「凶暴な魔物だと聞いていますけど、私たちは攻撃されないのですか?」


「ええ、その心配はまったくないわ」


 リーディアがそう言いながらマザープラントを撫でるのを見て、アルテや他のエルフたちもおそるおそる手を伸ばしている。


「本当ですね。襲ってきません」


「不思議な触り心地。なんだかちょっと可愛いかも」


 遠慮なく撫でることができて、アルテやエルフたちの緊張感が柔らかくなっていた。


 俺はこの世界にやってきて間もないし、魔物による被害や恐ろしさを痛感したことはないが、長く暮らしていた彼女たちは違う。


 ここで暮らしてくれている魔物たちは、皆いい奴なのでゆっくりと緊張を解いてくれればと思う。


「……ね、ねえ、クレア。あのエルフたちが撫でているのって国潰しの――」


「それ以上は言わないであげましょう。彼女たちのためにも」


「え、ええ。それもそうね」


 セシリアはマザープラントが国潰しと言われる魔物だと知っているのか、とても青い顔をしていた。


 うん、せっかく仲良くなれそうなんだ。国潰しだのなんだのと言って驚かせたら可哀想だからな。


「しかも、空にはテンタクルスまでいますわ」


 遠い目をしたセシリアの視線の先には、空を悠々と飛んでいるテンタクルスの姿が見えている。


「うむ、空から敵がやってこないか見張っていてくれているのだ」


「国潰しの魔物にテンタクルス、複数のガイアノート……明らかに戦力が過剰ですわね」


「アタシとハシラもいるし、その気になれば国を亡ぼせるな! ワハハ!」


 愉快そうに笑うカーミラと生気の抜けた笑みを浮かべるセシリア。


 国にちょっかいを出して遊んでいたカーミラは言うと、シャレにならないからやめておこうな。


 ひとまず、俺がいなくても移住者の案内がちゃんとできているみたいなので、そちらは任せて俺は魔王から頼まれた件にとりかかろうと思う。


 マンドレイク。迂闊に抜けばマンドレイクの悲鳴で気絶、あるいはショック死する可能性もあるという。


 そんな危険な植物を適当な場所に植えるわけにはいかない。間違って人が入って引っこ抜いてしまったら大惨事だ。


 間違って立ち入ってしまうという事故を避けるため家や畑の傍で育てるのは無しだな。


 もし、誰かが引っこ抜いても悲鳴が届かないくらいの場所が望ましい。


「レント、付いてきてくれ」


 周辺を警備していたレントを捕まえて、一緒に畑から離れた場所まで移動する。


 この辺りはまだまだ開拓をしておらず、たくさんの木々が生えている。


 ここまでくれば間違えて入ってしまうこともないな。


「ここで育てることにしよう」


 今のところこっち方面に畑を広げる予定もないしな。


 マンドレイクを育てられる畑の大きさを設定し、そこに生えている邪魔な木を能力で引っこ抜く。


 その木を鍬へと変化させ、レントに渡して畑を耕してもらう。


 そこにある材料を使った方がいいしな。木一本を丸々圧縮して変形させると、鍬の密度がかなり増した。こういう使い方をしても強度が上がるようだ。


 俺も神具を鍬へと変え、レントと一緒に耕す。


 畝の範囲を広くしていないので無尽蔵な体力を誇るレントと一緒にやると、すぐに終わらせることができた。


 そこに魔王から貰ったマンドレイクの種を植えていく。


 レントが取ってきてくれた水をかけていく。


 俺がちゃんと水魔法を使うことができれば、レントに家に戻ってもらう面倒はかけずに済んだが、まだできていないからな。


 早く水くらいは出せるようになりたいものだ。


 そんなことを思いつつも、マンドレイクの畑に魔石を撒いていく。


 すると、ズブリと魔石が土に沈んでいく。いつ見てもこの光景は不思議だ。


 魔石を撒き終わると、土に手を当てて能力である成長促進をかける。


 土が翡翠色に輝くと、種を植えたところから小さな葉が出てくる。ニンジンみたいな形をした葉っぱだ。


 これがドンドン長くなって、地中で人間の身体のような珍妙な形をした根ができるわけだ。


 この成長具合から育てるのに時間がかるというわけではなさそうだな。果物のような成長に時間がかかるものは、成長具合が小さいので大まかにそんなことがわかる。


 後は皆に周知しておけば十分だが、間違いというのは起こり得るし、それが起きないように十分に対策はするべきだ。


 木を生やして看板を作り、ナイフで削って『マンドレイク栽培中。立ち入り禁止』といった注意を促す文字を記して複数設置しておく。


 さらに畑の周りを囲うように木を生やして柵を設置する。扉部分には鍵をかけられるようにカンヌキも作っておく。


「これで注意が必要な畑だと一発でわかるな」


 本当は前世であったビニールハウスのようにするのがいいかもしれないが、それだと日光が当たらなくて十分に育たない気がするし、これでいいだろう。

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