第50話 その弓も違う

 移住者を歓迎する宴が終わって翌朝。


 朝の日課である弓をリーディアとやっていると、音を聞きつけたのかアルテをはじめとするエルフたちがやってきた。


 どこかうずうずした様子の彼女らの瞳を見ると、やってみたいのだろうというのは一目瞭然だった。


「アルテたちもやるか?」


「いいんですか!? では、自分たちの弓をとってきます!」


 誘ってみると、アルテたちは目を輝かせて家に走っていった。


 そして、各々の弓と矢筒を携えて戻ってくると、それぞれが適当な位置について矢を番えはじめた。


「エルフは弓を射るのが好きなのか?」


「はい、大抵の者が趣味として嗜みます。他にも楽器などを少々」


 やはり種族としての共通した趣味のようだ。リーディアだけが好きというわけではないんだな。


 会話を終えると、アルテが弓に矢を番えた。


 その表情は可愛らしいものから凛々しいものに変わる。


 どこか柔らかい雰囲気を纏っていた他のエルフもどこか空気を変えている。今だけは女性エルフではなく狩猟人の顔つきだ。


 アルテが綺麗なフォームで矢を放つと、的の中央にほど近いところに刺さった。


 他のエルフも見事に的を貫いている。


「あー、最近は撃てていなかったので少し鈍ってますね」


 かなり中央に近い位置だというのに、アルテや他のエルフは不服そうだ。


「十分、的の真ん中に近くないか?」


「この程度の距離で止まりながら撃っているのに真ん中を射貫けないなんてダメダメですよ」


 試しにそう言ってみると、アルテの口からきっぱりとした評価が漏れた。


 いつになく自然な口調だったので、アルテたちからすればそれが当たり前なのだろう。


「……そ、そうか」


 この距離で止まりながら撃ってまともに中央に寄せられない俺はなんなんだろうな。


 いや、別に俺は最近始めたばかりだし、アルテたちとは年期も違う。どちらかというとレクリエーション感覚だからいいんだけどな。


 どこか遠い目をしていると、リーディアがアルテに近づいて囁く。


 すると、アルテが「ええっ!?」と何かに気付いたような短い悲鳴を上げた。


「あっ、あの、あくまで弓を使い慣れたエルフとしての評価なので……」


「そこまで気を遣わなくても大丈夫だ」


 ここの住人の中で俺の弓の実力は断トツに下手だからな。


 レン次郎たちにもあっさりと追い抜かされるし、負けるのには慣れている。


 俺は俺らしく楽しんでやればいい。


「なんだなんだ? 朝の修練か? 我も混ぜろ」


 そう心の中で結論づけていると、魔王が朝からご機嫌そうにやってくる。


 その顔色や機嫌具合といい、眠れなかったということはなさそうだ。


「ああ、朝の運動だ」


「弓矢か。こういったもので遊ぶのも一興だな」


 魔王はそう呟くと、急に魔力を練り込み始めて黒い弓を作り出す。


 なんかこの展開どこかで見たことがあるぞ。具体的にカーミラだ。


 魔王は魔力を収束させると黒い矢を生成し、それを射出する。


 カーミラの時のように的を貫いて爆発するのかと思いきや、一本の矢が瞬く間に分裂して十を超える数になり、設置されている的をそれぞれが貫いた。


 これにはリーディアや他のエルフも呆気にとられる。


 しかし、当の本人は満足げな表情だ。


「うむ、全て命中だな」


「……娘とやることが一緒だな」


「なぬ? カーミラも矢の分裂ができるのか!?」


 気にするところはそこなのか。


「いや、カーミラは一直線に貫いて爆発させていた」


「なんだいつも通りではないか。カーミラらしい荒っぽい魔法の使い方だ」


「んん? アタシがなんだ?」


 魔王がつまらなさそうに鼻を鳴らすと、カーミラがクレアを引き連れてやってくる。


「カーミラ、聞いたぞ。まだ魔力分裂ができぬのか? せっかくだ。父である我が稽古をつけてやろう!」


「えー、父上の魔力稽古は細かくて苦手なのだ」


 朝から親子の仲がいいのはよろしいが、君たちが稽古をすると演習場がめちゃくちゃになるのでもっと広いところでやってくれ。






 ◆






 移住者であるエルフも加わって賑やかになった朝の稽古が終わると、それぞれの家で朝食を食べて仕事にとりかかる。


 が、魔王はそろそろ国に戻らなくてはならないらしく俺は見送りだ。


「じゃあ、次はドワーフの酒を持ってきてくれ」


「よかろう。仕事を抜け出したく――仕事が空いた時にやってくる」


「別に俺しかいないし取り繕う必要もないだろう」


 昨日の宴に時だって逃避できる場所が欲しいと言っていたじゃないか。


「ハシラ……お前はいい奴だな」


 俺の言葉にジーンときている魔王。同性だし、魔王とは長い付き合いになりそうだから、これからも気兼ねなく遊びにきてほしいものだ。


「ああ、忘れるところであった。ハシラ、頼みたいのだがこの植物を育ててくれぬか?」


 魔王がそう言って巾着袋を差し出してくる。袋を開けてみると、中には赤い小粒の種が入っていた。


「これは何の植物だ?」


「マンドレイクだ」


 魔王から聞いた名称が脳に入ると、エルフィーラから授かった加護が適切な情報を教えてくれる。


「それって、引き抜くと大きな悲鳴を上げるアレで間違いないよな?」


「うむ、下手をすると鼓膜が破れ、ショック死を引き起こす大変危険な植物なのだが、ハシラなら安定して栽培することができるのではないかと思ってな」


 普通の人であれば、確かに危険なものだ。引き抜いた時の悲鳴で死に至る可能性がある植物なのだから。


 麻酔効果を持ち、鎮痛剤や鎮静剤の材料に使われる。そして、一部では精力剤や媚薬といった効果も。医療だけでなく幅広い効果もある。


 魔王が品質のいいマンドレイクを手に入れたいと思うのは当然か。


「そうだな。俺なら引き抜いた瞬間に能力で黙らせることができる」


 俺の加護の力を使えば、マンドレイクの悲鳴を黙らせることも可能だ。それにガイアノートであるレントたちは精霊なので、どれだけ泣き叫ぼうが堪えることはない。


「おお、そうであったか! なら、頼めるか?」


「厳重に管理しないといけないのが少し面倒だがいいだろう。その代わり、こちらが欲しがるものをできるだけ融通してくれよ」


「任せるがいい。それくらいならば我にかかれば造作もないことよ。では、我は国に戻ることにする。さらばだ!」


 魔王はそう言ってマントをはためかせると転移魔法を使って国に帰っていった。


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