第49話 歓迎の宴

「移住者の皆を俺たちは歓迎する。今日はとにかくいっぱい食べて、交流を深めてくれ!」


 代表者として一言を任されたので、それらしい一言を告げて杯を掲げた。


 すると、それを合図にして座っている皆が掲げている杯を近くにいる者とぶつけ合って、食事に手をつける。


「うむ、乾杯だ!」


「乾杯」


 俺も近くにいる魔王に杯をぶつけて、飲んだ。


 とはいっても、ここでは酒は無いので全部果物ジュースだ。


 クレアが混ぜて作ってくれたグラベリンゴとピンクチェリーを混ぜ合わせたフルーツジュース。酸味と甘みがちょうどいい塩梅でとても美味しい。


「……なんですのこのジュース。とても美味しいですわ」


 セシリアをはじめとする、エルフの何人かも目を見開いて驚いているようだ。


 これには作ったクレアも嬉しそうにしている。


 ジュースを軽く飲むと、次は料理だ。


 テーブルの上にはリーディアとエルフたちが連携して作った料理がたくさん並んでいる。


 緑鹿のトマト煮込み、マッシュポテトとサラダ、アーマードベアーのステーキ、キラーホークに丸焼き、山菜とキノコのお鍋、焼いたモチモチの実……などなど。とにかく畑でとれた作物や、樹海の魔物の肉を使った料理がいっぱいだ。


「これ? 本当にニンジンなの?」


「野菜がとっても甘くて美味しい!」


「私たちの知ってる野菜じゃないみたい」


 特に反応がいいのがエルフたちだ。


 リーディアと同じく野菜類が好きらしく、うちで獲れた野菜を食べて驚いているよう。


 俺の能力で育てられた作物は、流通している普通の作物よりも遥かに味がいいらしいからな。


 能力のお陰とはいえ、自分が育てた作物を喜んで食べてくれるのをこの上ない喜びだ。


「ハシラが育てた作物はとても美味しくなるのよ」


「そうなんですか!」


 リーディアがアルテに教えると、エルフたちから尊敬のこもった眼差しを向けられる。


 キラキラした女性たちの目がとても眩しい。


「私たちもこの美味しい野菜作りに携わることができるのですか?」


「ああ、畑の世話をするには人手が少し足りないから手伝ってもらえればと思っている」


「こんな美味しい野菜が食べられるなら気合いも入るわね!」


「明日から頑張りましょう!」


 大好きな美味しい野菜のためとわかってか、エルフたちが仲良く頷き合っている。


 仕事に対するモチベーションが高いようで嬉しい。農業とは作物と向き合う仕事だからな。


 作物に対する熱い愛があるのはいいことだ。自慢の作物を食べさせる作戦は成功だな。


「そういえば、アルテたちはどうしてここに移住しようと思ったんだ」


 ずっと気になっていた。ここは他の場所に比べると遥かに危険らしいし、元の故郷を捨ててまでどうして移住しようと思ったのか。


 特にエルフは一部の変わった者以外はそうそう外に出ることはないと聞いた。


「自然豊かな地にハイエルフ様と精霊様が暮らしていると聞いて、傍で暮らしたいと思ったんです」


「お二方の傍にいられ、仕えることができるのはエルフの喜びでもあるのです」


「本当は他の里の者たちもたくさん来たがっていたんです。今回は五名だけだったので」


 ふむ、俺にはよくわからない理由であるが、リーディアやレントの傍で暮らせるのはエルフにとって名誉のあることらしい。 


「そうだったのか。何はともあれ前向きな理由で嬉しい。これからもよろしく頼む」


「はい!」


 彼女たちにとってここで暮らすことが幸せなのだったらそれでいい。


「ねえ、クレア。このとても柔らかいお肉は一体なんのお肉なのかしら?」


 自前で持ってきたのだろうか、セシリアが綺麗な銀色のナイフを使ってステーキを口に運んでいる。さすがはお嬢様だけあって食べ方もとても綺麗だ。


「アーマードベアーのステーキです」


「あ、アーマードベアー!?」


「そちらにあるのがキラーホーク。あちらがデビルファングの肉ですね」


「…………」


 クレアの説明を聞いて、呆然としているセシリア。


「外の魔物に興味があるのか? セシリアは転移魔法が使えるし、食料調達係とかがいいか?」


 転移魔法が使えるなら樹海での移動も楽々だし、大きな獲物を狩ってもすぐに持ち帰ることができそうで便利だ。


 そんな軽い気持ちで提案したのだが、セシリアは顔を青くしてガクガクと震え出した。


 そして、涙目になって懇願してくる。


「それだけは勘弁してくださいまし!」


「え、ええ?」


「ハシラ殿、私と同程度の実力しかないセシリアでは外の調達は不可能です」


「そうなのか?」


 今挙がった名前の魔物は、クレアぐらいの実力だと一匹相手にするだけで命がけらしい。


 複数匹に囲まれた時点でアウトだそうだ。


 魔物を相手にすることを考えずに飛んで移動するだけでも、きついそうだ。


「でも、セシリアの転移魔法は魅力的だ」


「外に出る時はレン次郎殿とレン三郎殿をお連れすれば問題ないかと」


「そうだな」


 ガイアノートを最低二体連れていけば問題ないだろう。痛いは迎撃、一体はセシリアの護衛だ。


「クレア!?」


「大丈夫です。あのお二方は樹海の魔物よりも遥かに強いですから」


 涙目で縋るセシリアとどこか達観した表情で諭すクレア。


 大丈夫だ。ガイアノートが二体もいれば安全だ。回数をこなせばセシリアもクレアやリーディアのように慣れてくれるはずだ。


「なあ、大事な話があるんだがちょっといいかの?」


「わかった」


 セシリアの心のケアをクレアに任せていると、ドルバノとゾールがやってきた。


 その真剣な表情を見るに、かなり込み入った話に違いない。


 もしかして、何か大きな不満点があったのかもしれない。


 代表者として相談に乗るべく、俺はドルバノとゾールについていく。


 少し離れた場所で立ち止まると、ドルバノとゾールは振り返った。


「なあ、ここには酒はないんじゃよな?」


 やけに真剣な顔で尋ねてくるのでどんな問題かと思ったら酒の有無か? まあ、宴として出すのに果物ジュースには不服だったのかもしれない。


「ないな」


「「それはドワーフに死ねと言っているようなものじゃ!」」


 きっぱりと告げると、ドルバノとゾールが怒りを露わにして叫んだ。


「いや、さすがに死にはしないだろう」


「ドワーフにとって酒は水なんじゃ! 空気なんじゃ! 定期的に摂取しないと死ぬ!」


 じゃあ、今はどうして生きているのか。水も飲んでいないし、呼吸すらままならないはずだろう。


「飲めねば動悸が激しくなるし、手足が震えて幻覚を……」


「それが本当なら摂取するべきじゃないと思う」


 明らかにアルコール中毒の症状じゃないか。


「とにかく! ワシらには酒が必要なんじゃ!」


「ここには美味いブドウと蜂蜜があると聞いた。それならワインと蜂蜜酒が作れる! ワシらに作らせてくれ!」


 ドワーフは酒好きな種族と聞いてはいたが、ここまでとは思わなかった。


 俺は前世が貧乏だったこともあって、お酒はほとんど飲まなかったので良さがわからない。


 だけど、同僚には本当に好きな者もいて、毎日の生き甲斐だと語るものまでいた。


 嗜好品も生きる上では大きな活力になる。加工品ができるのはいいことだし、美味しい酒ができれば特産品として売ることも可能だ。別に悪いことではないな。


「わかった。許可しよう」


「「おお!」」


「ただし、優先するべき仕事をこなしてからだ。工房を作って加工品を作って皆にいきわたらせる。それができてから酒造りだ」


「「無理じゃ! その間に酒がないと死ぬ!」」


「それまでの酒はセシリアからちゃんと貰ってくる。だから、ひとまず優先すべき仕事をこなしてくれ」


 ドワーフたちの気持ちもわかるが、身近な道具が本当に足りないのだ。


 工房を木製品以外の家を、調理器具を武器や防具を作ることを優先してもらいたい。


「むう、それならいいじゃろう」


「早く酒が作れるように気合いを入れて作業を進めるまでじゃ」


「ああ、期待している」


 俺の提案した妥協点に満足したのか、ドルバノとゾールはそう言って宴に戻っていく。


 ドワーフの酒への執着を甘く見ていたな。まさかここまでだったとは。


「何やら真剣に話しているようだったが?」


 宴の席に戻ると、アーマードベアーのステーキをもりもりと食べている魔王が声をかけてきた。


「ドワーフたちが酒を造りたいと言っていてな。その前にやってもらうべき仕事があるから優先してもらった。それまでの繋ぎとして酒をいくつか交換してくれないか?」


「ああ、そこは我がきちんと話してフォローしておくべきだたな。すまぬ。改めて我が無料で持ってくるとしよう」


「それは助かるが、セシリアがいるんだから任せれば……」


「頼むから我が避難するための隙間も空けておいてくれ」


「……わかった」


 そう小声で言う魔王の言葉は酷く切実そうであった。


 魔王という職業も中々に大変なんだな。


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