第48話 魔王の寝室
「さて、これで全員家に案内はできたな」
「いや、まだだ。我は今日、どこに泊まればいい?」
移住者の案内を終えて一息ついていると、後ろからぬっと魔王が現れた。
あっ、今日は魔王もここに泊まるっていうことをすっかり忘れていた。
「エルフの家は部屋がたくさん余ってるから、そっちに泊まるか?」
「他種族とはいえ、女性だけの家に押し込まれるのはごめんだ。それにそのようなことが妻にバレてみろ。我が殺される」
それもそうか。魔王も一応男だし、女だらけの園の放り込まれるのは辛いだろう。
あと妻帯者だし。魔王の怯えようを見ると、中々の恐妻家のようだ。
とはいっても、俺の家はもう部屋が埋まっているしな……いや、この間女性が使いやすいように作った広間があったか。
「なら、俺たちの家に泊まるか?」
「おお、ハシラの家か! いいぞ。実は前から気になっていたしな!」
俺の家でもどうやらいいらしい。
嬉しそうにする魔王を引き連れて家に案内する。
「うちは土足厳禁だから、靴はここで脱いでくれ」
「靴を脱ぐのか。中々に新鮮で悪くない」
玄関を上がってもらって寝室に案内しようとすると、魔王は勝手にうろついて小部屋に入ったりする。
「そっちはカーミラたちの寝室だ」
「ほお、こっちの扉を開けると同じような部屋になっているのか」
女性の寝室を覗くとは怖いもの知らずだな。
「年ごろの娘たちの部屋に勝手に入ると嫌われるぞ?」
「む! すまない。つい気になってしまってな」
忠告するとビクッと身体を振るわせて、慌てて扉を閉める魔王。
父親なのでまだいいが、その隣はクレアやリーディアの寝室だしな。さすがに客とはいえ、魔王に見せるのはよろしくないだろう。
寝室を後にすると魔王は囲炉裏部屋や台所をチェックする。
「ほう、見た目より大分しっかりしているのだな」
日本民家の技術を舐めないでもらいたい。素朴な見た目ではあるが、機能性はとても素晴らしいのだ。
そんな風に好きに家の中を見せつつ、最後に寝室に案内する。
「魔王の寝室はここだ」
「他の部屋よりも随分と広いな」
「最近増築した部屋だしな。普段は何でも部屋としてよく女性が使っている」
「気になったのだが、ハシラの寝室はどこなのだ?」
どうして俺の寝室なんかが気になるんだ。
「……カーミラたちの寝室の奥だ」
「なに?」
さすがに年ごろの娘の傍で男が寝ていると、親として見過ごせないか。
「それでは我だけ寂しく一人ぼっちではないか! そっちだけ楽しそうだぞ!」
違った。娘の心配とかよりも自分の寂しさに焦点がいっているようだった。
「そんなことを言っても余っている寝室はないぞ?」
「なら、我はお前の隣で寝る。見たところ部屋には十分な広さがあるしな」
そこまでしてあの寝室に憧れるのか。思わず呆れた視線を向けるも、魔王はキラキラとした瞳をしていた。
絶対にあの部屋で楽しく皆で寝るのだという決意が顔に現れている。
「待ってくれ。ちゃんと部屋をすぐ傍に増築するからそれだけはやめてくれ」
「む? まあ、繋がっているのであればそれでいい」
さすがに男二人で同じ部屋で眠る趣味はないし、落ち着かない。
そんな気分を味わうのであれば、増築してしまった方が遥かにマシだった。
寝室の方に戻ると、俺は能力を発動する。
木を生やしてもう二部屋分の敷地を増やしてみせた。一つの部屋だけ増やしても形が変になってしまうからな。
「おお、いいな! 普段の寝室とは違ってかなり新鮮だ!」
早速、俺の部屋の隣に陣取って寝転がる魔王。勿論、部屋の扉は解放されて俺の部屋と連結されていた。
まあ、同じ部屋で男二人が寝るわけでもないし、こういう合宿的な感じは嫌いではない。
◆
移住者をそれぞれの家に案内して休憩させると、歓迎の宴を開くことにした。
転移とはいえ、遠い場所からやってきてくれたのだ。歓迎してやらないとな。
リーディアやカーミラ、クレアに声をかけて、俺たちは夕食の用意をする。
全員を家に収容することはできないので、イトツムギアリたちに振舞った時と同じく外で食べる形式だ。
「ほお、夕食の準備か。いい匂いだな」
夕食の匂いに釣られたのか家でゴロゴロしていた魔王が出てくる。
すると、カーミラを見て驚愕の表情を浮かべた。
「ば、バカな! カーミラが料理をしているだと!?」
魔王の視線の先ではカーミラが包丁で野菜を切っていた。
「ふふん、アタシだって料理ができるのだ! どうだ! 偉いだろう?」
褒められて自慢げにしているがカーミラにできるのは簡単な食材のカットだけだ。
具体的にどのような材料でどうすれば料理ができるかなんてほとんど知らないしできない。
何もできなかった頃からすれば、すごい進化ではあるが程度が低い。
「偉いな。我は料理なんてしたこともないしできないぞ」
「どうしてもというなら父上に料理を教えてやるぞ?」
「おお、カーミラ。教えてくれ!」
素直に娘に食材の切り方を乞う魔王。
魔王としてどうなのだろうと思うが、親子しての仲はいいな。
「あの、私たちにもお手伝いさせてください」
俺たちの騒ぎを聞いたのか、アルテが他のエルフを連れてぞろぞろとやってくる。
移住者を歓迎する宴なので手伝わせるのも悪いが、緊張気味のアルテたちの様子を見ると何か仕事をやってもらった方がいいかもしれないな。
「わかった。リーディアに指示をもらってくれ」
「はい!」
そのように言うと、エルフたちがどこか安心したようにリーディアのところに向かう。
リーディアから指示を受けて、エルフたちが野菜の下処理をしたり、モチモチの実を焼いていく。
その動きはとても手慣れたもので全員の技量の高さが伺えた。
「アルテたちは料理が得意なんだね」
「自然の中で生きていくには大抵のことがこなせませんと生きていけませんから」
なるほど。山や森といった自然で生活するエルフだからこそ、当然のように身に着けているのか。思えば、リーディアも身の回りのことは大抵できるしな。
「しかし、死の樹海に本当に人が住める場所があったとはの」
「うむ、しっかりとした家もあり畑もズラリとある。そこら辺の村よりもよっぽどいいわい」
料理をしていると、いつの間にやってきたドワーフたちが切り株に腰をかけて話している。
彼らはあまり料理が得意ではないらしく、簡単な皿運び程度しかやらない。
どっしりと座っていると亭主関白のようであるが、単にできないことは手を出さない主義のようだ。それはそれで助かる。
逆に困るのができないのにやろうとしている魔族のお嬢様だ。
「やめてください、セシリア。あなたに料理の腕など期待していませんから」
「今いいところなので話かけないでくれます? もう少しでニンジンが切れるんですの」
あちらではセシリアが実に危ない手つきでニンジンを切ろうとしている。
これにはクレアと従者も心配そうにしているため作業効率が大幅にダウンだ。
でも、料理という共通の作業を通じて、それぞれが自然に交流できている。
この状況を見ると移住者に料理を手伝ってもらったのは悪くない判断だったのかもしれないな。
食事の用意が出来上がると、早速宴だ。
全ての料理を並べられるように木を生やして大きな長テーブルを作り出す。そして、傍にはそれぞれが腰かけることができるように簡易的な切り株椅子だ。
「ハシラの能力が便利だな。いつでもどこでも便利な物が作り出せる」
「木製品限定だけどな」
魔王は既に見慣れているので驚かないが、初めて見る移住者組は呆然としているようだった。
この世界において木を生やすことができる能力というのは珍しいのだろうか。外をあまり知らないので俺にはさっぱりわからなかった。
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