第47話 移住者

 移住者のための家作りが終わると、俺は家具などの小物作りに没頭した。


 イス、テーブル、タンスをはじめとする家具や、お皿、スプーン、フォークといったあらゆる食器類を人数分揃えていく。


 ひとつひとつを作っていくのは簡単だが、十人分を用意するとなると意外と多い。


 普段何気なく生活しているが、人一人が生活するだけで結構な数の道具が必要なのだなと再認識させられた思いだ。


 そうやって、ひたすら家具や食器類になるものを能力で生成して設置を繰り返す。


 こればっかりは俺がやった方が早いので一人で黙々とやり続けた。


 その間に他の皆は移住者がくることを見越して畑の拡大、作物の世話などを頼んだ。


 そうやって準備を進めていると、あっという間に移住者がやってくる日となった。


「遂に新しい移住者がやってくるんだな。なんだかドキドキするな!」


 新しい畑を耕しながらカーミラが言ってくる。



 それは同感だ。新しい人がやってくるとのことで昨日からワクワクが止まらない。


「優しい人たちだといいな」


 一緒に農業をやったり、ご飯を食べたりする仲間なのだ。


 仲良くなれそうな人がきてくれると嬉しい。


「無礼な者がいたら樹海の中に放り込みましょう」


「それが一番効くかもしれないわね」


 クレアとリーディアが何てことのない会話のように言う。


 サラッと言う辺りがちょっと怖い。


 この二人でも樹海の中を一人でうろつくのは危ないのだ。普通の人がそれをされたら一瞬で死んでしまうかもしれないな。


「おお、父上がきたぞ!」


 なんてことを考えていると、カーミラが一早く転移の予兆を察知した。


 今日は魔王が移住者を連れてくるとマザープラントやテンタクルスには言い含めてあるので、突然知らない人たちがやってきても襲うことはない。


 畑仕事を切り上げると、平地に魔王と移住者の集団が現れた。


 前回の教訓を生かしてか、今度はきっちりと家から離れた広い場所に転移してくれている。


「よし、今日は攻撃されなかったな」


 どこかホッとしている様子の魔王。前回と前々回は間が悪いこともあり、襲撃を受けていた。さすがに移住者を守りながら攻撃を捌くのはきついだろうしな。


「ハシラ、移住者を連れてきてやったぞ!」


 魔王の後ろに並んでいる移住者を見ると、エルフが五人、ドワーフが二人と魔族が三人と予定通りのもの。エルフが全員女性というのは予想外だが、大きな問題ではないだろう。


 だが、おかしな点が少しある。


「どうしてエルフと魔族が膝をついているんだ?」


 エルフは何かを崇めるように手を合わせており、魔族は最上位の経緯を払うように膝をついている。


 一体、これはどういうことなのか。


 移住者の中で唯一棒立ちなドワーフの二人も、状況についていけないのか訳がわからないと目で語っている。


「尊きお方と精霊様がいらっしゃいますので」


 思わず尋ねると、エルフの女性がそう手を合わせたまま答えてくれる。


 ああ、エルフはハイエルフや精霊を崇めていると言っていたな。つまり、リーディアやガイアノートであるレントを見てこうなっているらしい。


「事前に言ったと思うけど、ここではそういうのはいらないから」


「ですが……」


「私がいいと言っているの」


「かしこまりました」


 引き下がるエルフであったが、リーディアがそう強く言うと納得して立ち上がった。他のエルフも追従して膝をつけるのをやめる。


「おお、リーディアが偉そうだぞ」


「こういうのは苦手なのよね」


 リーディアを見てカーミラが茶化すが、本人は居心地が悪そうだ。本当にこういう堅苦しい感じが苦手なようだ。


「それでこっちの魔族が膝をついている理由は?」


「カーミラ様の御前ですから」


「おお、そういえばカーミラは魔王の娘だったな」


「おい、ハシラ? もしかして、忘れていたのか? それは酷いぞ」


 当然のようにクレアに言われ、俺はつい素で思い出したかのように言ってしまった。


 ここ最近はすっかり農業女子にジョブチェンジをしてしまって魔王の娘らしさが薄れていた彼女だ。仕方がない部分もあると思う。


「まあいい。オマエたち、ここではそういうのは――」


「しっかりと挨拶はするべきでしょう。さあ、どうぞそのまま自己紹介をしてください」


 カーミラがそう言い切る前にクレアが言葉を割り込ませる。


「……クレア。貴方ね」


 これには魔族の女性が眉をヒクつかせながら言う。


 金色の長い髪に縦ロールを加えた、いかにも品のいいお嬢様だ。


 この人がクレアの言っていたセシリアとかいう知り合いなのかもしれない。


「なんです? ここでは私はあなたの先輩なのですが?」


「くっ、わたくしが城で転移魔法が使えないとバカにしたことを根に持っていますのね?」


「いいから早く自己紹介をしてください」


 縦ロールの言葉を切るようにクレアが強く言う。


 険悪な雰囲気の理由は意外としょうもなかった。


 これには傍で心配していた俺や魔王やリーディアも呆れる他ない。


「魔国ベルギウスからやって参りました、セシリア=フォルダインと申します。よろしくお願いいたしますわ」


 膝をつかせた状態で名乗らせるとクレアはどこか鬱憤が晴れたような表情をした。


 一方のセシリアは綺麗な笑顔を浮かべながらも目が笑わないという器用な芸当を見せている。


 セシリアの自己紹介のせいか、他の皆も流れで自己紹介をすることになった。


 しかし、人数が人数なので一気に全員は覚えられない。


 リーディアと受け答えしていたエルフがアルテ。ドワーフがドルバノ、ゾーム、そして魔族の縦ロールがセシリア。


 他の人の名前まではハッキリと覚えてはいない。


 しかし、これから時間はたくさんあるのでゆっくりと覚えていこうと思う。








 ◆






 クレアとセシリアのひと悶着がありつつも、自己紹介が終わるとそれぞれの家に案内する。


 ここの説明をしようにも荷物を持っていたままでは辛いだろうしな。


「ここがアルテたちの住む家だ」


 そう言って中に案内すると、エルフたちが興味津々に動き回る。


「ああ、すごく落ち着く香りがします」


「嗅いだことのない匂いです。一体なんの木でしょうか?」


「リビングと台所がとっても広いわ!」


「二階にはそれぞれの個室もあるわよ!」


 二階からエルフが個室があると叫ぶと、リビングにいた三人のエルフが一斉に移動する。


「申し訳ありません、騒がしくて……」


 人一倍責任感が強くて真面目なのか、アルテが恥ずかしそうに言う。


「別に気にしないさ。それだけ気に入ってくれたってことだろ?」


「それは勿論。ですが、こんな立派な家を我々だけで使用してよいでしょうか?」


「こんなところに住んでくれるんだ。これくらいはしないとな。それにこのくらいの家なら俺の能力でいくらでも作れる」


 試しに庭先に木を生やしてみせると、アルテが目を大きく見開いた。


「……ハシラ様は、樹海の化身。いえ、樹海の賢者様だったのですね」


 樹海の賢者ってなんだ。俺はそんなご立派な人じゃないぞ。


 エルフたちを家に案内すると、次はセシリアたち魔族の家だ。


「セシリアにはこの家に住んでもらいたい。他の二人は従者と部下だから同じ家でも問題はないよな?」


「ええ、問題ありませんわ。お心遣いに感謝いたします」


 家に案内するとセシリアは見事な笑顔でそう答える。


 お嬢様らしいのでこんな家で満足してくれるか少し心配だったが、特に文句を言うこともなく粛々と荷物を従者に運び込ませていた。


 自らが転移魔法を使えるからか、荷物の量が半端ないな。


「クレア、カーミラ。ちょっと手伝ってやってくれ」


 さすがにこれだけの量があると運び込みだけで日が暮れてしまうかもしれない。それはちょっと困る。


「……仕方がありませんね」


「アタシが手伝ってやろう!」


「か、カーミラ様のお手を煩わせるわけにはいきませんわ!」


「言ったであろう? ここではそういうのは無しだと。だから、気にするな」


 慌てて駆け寄るセシリアにそう言って、家具を魔法で運んでいくカーミラ。


「私に対しては申し訳ないと思わないのですか?」


「貴方はいいのよ」


 交流を深めて少しでもここでの生活の空気を感じ取ってほしいな。


 魔族の案内を終えると、次はドワーフたちだ。


「ふむ、これがワシらの家か」


「完全に木製じゃな。造りはいいが、ちと頼りないのお」


 案内する前にドルバノとゾールは誰かから聞いたのか、自分たちの家を既にチェックをしていた。


 アマチュアの作品を添削されているようで少し恥ずかしい。


「ここにも石材はいくつかあるが、それで家を造る技術がなくてな。気に食わなかったら好きに自分の家を建ててくれて構わないぞ」


「いや、せっかくお主がワシらのために造ってくれたんじゃ。使えるまでは使わせてもらおう」


「そうか」


 そのように正面から言われると、ちょっと照れ臭いな。


「じゃが、この先を考えると全部木製でいくわけにはいかんなあ」


「それを何とかしてやるのがワシらの役目じゃ」


 ガハハと陽気な笑い声を上げるドルバノとゾール。


「鍛冶師のドルバノはともかく革職人のゾールも家を造れるのか?」


「バカにするでない。たとえ、専門分野じゃなくてもドワーフなら家くらいは建てれるわい」


「おうよ。ガキでも造れるわい」


「なるほど」


 どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。その口ぶりだとドワーフなら誰でも家を建てられる技術を持っているのか。すごいな。


 さすがは物作りのプロフェッショナルと言われるドワーフだな。心強い。


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