第46話 準備

 モチモチの実を堪能して他愛のない会話を交わすと、魔王は転移で帰っていった。


 移住者のことを纏めたりと仕事が残っているので、五日後にやってきた時に改めてゆっくり過ごすつもりのようだ。


 仕事が残っているとどうも寛ぎにくいようで魔王は意外と真面目だった。


 イトツムギアリたちもすっかりとお腹が膨れたらしく、いつもよりも腹部を二倍くらいに膨らませてまったりしていた。


「モチモチの実は十分食べられたか?」


 声をかけてみるとイトツムギアリたちはこくこくと頷いた。


 皆、十分な量を食べられたみたいでよかった。


 後は欲しがっていた魔石についてだな。


「リーディア、イトツムギアリたちに魔石をいくつかあげようと思うけどいいかい?」


「そうね。今は貯蓄もたくさんあるしいいと思うわ。ただ、全員にあげるとなると困るけど」


「その辺りは程々にするよ」


 モチモチの実をたくさん食べたせてあげたし、魔石まで全員に上げていたらこちらが干上がってしまう。


 質のいいものをいくつか渡せばいいだろう。前のように何も考えずに全ての魔石を渡したりはしない。


 そんな感じの報告をクレアとカーミラにもしておいて、俺は家に戻って保管庫から質のいい魔石を五つほど取り出した。


 魔石を渡すとイトツムギアリたちはぺこりと頭を下げて巣に持ち帰った。


 それに続いてまったりとしていた残りのイトツムギアリたちも巣に戻っていく。


 巣の中でゆっくり魔石を食べるのだろうか。なんだかデザートみたいでちょっといいなと思った。


 この調子でイトツムギアリたちには頑張ってもらいたいな。






 イトツムギアリたちへの労いが終わると、俺たちは移住者のための住処を用意することにした。


 俺たちの家の裏がスペースとしては空いているが、家が近すぎると気を遣うことや、マザープラントがいるので少し離れた場所に建てることに決めた。


 移住者の内訳はエルフが五人、ドワーフが二人、魔族が三人だったな。


 魔王によると身長が極端に大きいものなんかはいないとのことなので、俺たちが想像する標準的な家でも大丈夫だろう。


「まずはエルフのための家を造ろうと思うが、エルフが好む内装はあるのか?」


 エルフの事をよく知っているであろうリーディアに尋ねてみる。


「エルフたちは集団行動をする傾向があるから、そこまで内装は気にしなくてもいいかしら? 大きな条件は自然豊かな場所であることだけど、それは問題ないし」


 なるほど、それなら大して気を遣う必要性はないか。


 集団行動が根付いているようなので、他の者とコミュニケーションがしやすいように二階建てのシェアハウスのようなイメージで家を造ろう。


 俺は脳裏にイメージを描きながら能力を行使する。


 地面から生えてきた木は複雑に絡み合い、木製の二階建て住居が出来上がった。


「こんなものか」


「二階建ての家も造れるのね」


 その気になれば三階建てだろうと四階建てだろうと造れる。今はそこまで大きいものを作る必要がないので作っていないだけだ。


 とりあえず、完成した家の扉を開けて中に入ってみる。


 出来上がったばかりなので人の匂いが染みついておらず、室内は木の香りが漂っていた。


 リーディアがスーッと息を吸って、ホッとするように息を吐いた。


「はー……この柔らかい木の香り。エルフたちも喜ぶと思うわ」


「そうか? なら、よかった」


 玄関を上がると、一階には大きなリビングと台所が併設されており、それ以外はトイレや広めに作ったお風呂などがある。


「集団生活をするとのことなのでリビングでは全員が集まって談笑したり、食事ができるように広めに寛げるようにした。天井は高く開放的で、二階に上がればそれぞれの生活する個室がある感じだ」


「なにこれ楽しそう。私もここに住んでみたいくらい」


 リビングを案内しながら紹介すると、リーディアがとてもキラキラとした瞳をしていた。


 エルフ的な感性か、リーディアの個人的な感性かは知らないが、妙に気に入ってしまったらしい。


 シェアハウスに憧れる気持ちがないと言われれば嘘だが、実家を気に入っている俺からすればちょっとショックだ。


「そんなに真に受けないでよ。それくらいエルフにとってこの家が素敵だってことだから」


 そんなに露骨に落ち込んでいただろうか。リーディアが苦笑いして慰めてくれる。


 そうだよな。昔ながら日本家屋もいいよな。あの素朴な感じがすごく落ち着くし。


 一階の案内が終わると、階段を上って二階だ。


 とはいっても、先ほど言ったように廊下があり、それぞれの個室があるだけだ。


 広さや間取りもほとんど変わらない。


 やってくるのは五人と聞いているが、保管したい荷物なんかもあるだろうし十部屋用意してある。客を招くもよし、荷物部屋にするもよしと自由だ。


 ひとしきり内部を確認すると、リーディアは大きく頷いた。


「うんうん、これなら問題ないわね! というか、こんないい家を無料でもらえるのに文句を言ったら私がお仕置きしてあげるわよ!」


 彼女の言葉には一理あるが、向こうは大変な土地だとわかってきているので、せめて歓迎の気持ちとしていい家を提供したかったからな。


 でも、ハイエルフであるリーディアがここまで推してくれるのであれば、大丈夫そうだな。


 俺も自信が持てた。


 リーディアに監督してもらってエルフたちの家が完成すると、次はドワーフたちの家だ。


 具体的な職業は鍛冶師と革職人だと聞いている。ただの家ではなく工房が必要だろう。


「少なくても炉を使う鍛冶師の工房は木製の家じゃダメだろうな」


 高熱を使う環境だ。木製の家じゃ間違いなく燃えるし、すぐに傷んでしまうだろう。とはいっても、それ以外の家を作るノウハウは俺たちにない。


「うーん、枝葉を利用した家造りならできるんだけどね」


「残念ながら私も建築の知識はあまり……」


 リーディアやクレアに相談しても、さすがに本職ではないために詳しくはないようだ。


 どうするべきだろうか? 石材を加工して石造りの家を建ててしまうか?


「工房を作るのは、やってきたドワーフ自身に任せて、私たちは住処だけを造れば十分ではないでしょうか? 彼らが作りたい時に手を差し伸べれば十分かと思います」


「確かに素人が作るには無理があるしな」


 クレアのアドバイスに従ってドワーフたちの工房は作らずに、暮らすための家だけを用意することにした。


 素人が無理に手を出して作ってもロクなことにならないしな。


 ドワーフはそれぞれが一人で住める家を作ってあげた。ただ、工房を構えることを念頭に置いているので、俺たちの家とは少し離れている。


 鍛冶をやるとなるとそれなりの騒音が出るからな。その分、たくさんの仕事道具を保管できるように大きな倉庫も建ててある。


 俺の能力で作ったものなのですぐに崩せるし、気に入らなかったら自分で作りなおすだろう。


 ドワーフの家と倉庫を作り終えると、最後に魔族たちの家だ。


 人数は三人だが、何でも魔王直属の部下で転移魔法の使える女性が一人やってくるらしい。


「魔王の部下で転移魔法が使える人材ってなると、それなりの身分だよな?」


 魔国との縁を深めるため、交易をするために大事な人材だ。一応、それなりに気は遣っておいた方がいい気がする。


「間違いなく貴族かと。具体的にはセシリアという魔族がやってきそうな気がしますので、それなりに過ごしやすい家を用意してくださるとうるさく吠えないと思います。残りの二人も従者か関係者でしょう」


 吠えないって……もしかして、その人とは仲が悪いのだろうか? ちょっと気になるが、女性の交友関係を尋ねるとロクなことにならないので聞かないでおこう。


「別に仲が悪いとかではないのでご安心を」


「そ、そうでしたか」


 どうやら俺の懸念などお見通しだったようだ。女性ってこういう勘の良さがあるから怖い。


「しかし、貴族の住む家か……どうするべきか」


「ここでのリーダーはハシラ殿なので、あまり立派になり過ぎないように注意して頂ければと」


「あー、やっぱりやり過ぎるとダメか」


 大きな屋敷でも作ってやろうかと思ったが、確かにそんなものを用意すると代表者がそこに住んでいるのかと思ってしまう。


「もしかして今の俺たちの家って小さすぎるのか?」


「生活的には問題ありませんが、いずれ移住者が増えることを考えると改築して大きくするか、別の大きな屋敷を建てた方がよいかと」


 リーダーが慎ましい家に住んでいると、他の人も大きな家を建てづらいよな。


 今まであまりこういった立場になることがなかったが、なってみると考えることが多くて大変だな。


 いずれは改築するか、あそこを別荘にするかだな。


「それにしてもどうするべきか」


「エルフたちの家と同じ大きさで内装を変える程度で十分かと」


 なんだかそれとなく知人の家について適当な感じがするが、クレアがそう言うならそんな感じでいいか。気に入らなければ、その場で建て直せばいいことだし。


 迷いをきっぱりと捨てた俺は、エルフたちの家と同じ大きさの家を建てる。


 ただし、手抜きだと思われないように若干外観は変化をつけておいた。


 内装はちょっと広めの一軒家という感じだ。貴族の人がゆったりと寛げるようにリビングは広めで、台所は分離してある。


「ああ、それとセシリアの部屋はもう少し狭くていいと思います」


 貴族の人の部屋を見て、クレアがそう言ってくる。


「うん? 従者たちの部屋とは差別化を図った方がいいんんじゃ……」


「大丈夫です。彼女が従者の部屋に訪れることはありませんよ。それにここでは爵位などそれほど重要ではありませんしね。文句を言ってきたらカーミラ様を引き合いに出せば大丈夫です」


「お、おお、わかった」


 クレアの得体の知れない迫力に俺は思わず頷いた。


 やっぱり、クレアさん。そのセシリアって人と過去になにかあったよな?


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