第45話 魔王の報告

「ふー、これだけ焼けばひとまず大丈夫ね」


 息を吐くリーディアの前には焼きあがったモチモチの実がたくさん積まれていた。


 イトツムギアリたちはそれをガツガツと食べているが、十分な数があるのですぐになくなるようなことはなさそうだ。


「小腹も空いたし俺たちも少し食べようか」


「賛成なのだ!」


 ずっといい香りに包まれていたのと、イトツムギアリたちが美味しそうに食べるので、こちらまでお腹が空いてしまった。


 俺たちはフライパンに残っているモチモチの実を食べることにする。


 火が通ったばかりで熱々のもの手の平で転がし、息を吹きかけながら一口食べる。


 外の焦げ目がパリッとしており、中はモチッとしている。熱を通すことによって食感が際立っているし、旨味も増していて美味いな。


 寒くなったらこのように出来立てのものを食べると、また美味しくなりそうだな。


「フハハハハ! 邪魔をするぞ! おお、なんだなんだ? 今日は祭りか何かなのか――どわああああああああっ!」


 モチモチの実を食べていると上空で声がしたと思ったら、テンタクルスが突進して何かを突き飛ばした。


「うん? 今なんか声がしたか?」


「テンタクルスが突進していったわよね?」


 魔力的な反応があったような気がするが一瞬だったし、何が起こったかよくわからない。


「多分、転移してきた父上がテンタクルスに弾き飛ばされたのだ」


「私もそうだと思います」


 ええ? もしかして今の魔王だったのか?


 慌てて視線をやってみると、魔王がテンタクルスに魔法を撃ちこんでいるところだった。


 紫色の砲弾のようなものを射出するが、それは突進するテンタクルスの速度を僅かに鈍らせる程度。


「コイツよく見るとテンタクルスではないか! 魔法タイプの我とは相性が最悪だぞ!? おい、ハシラ! こいつもお前の仲間だろう!? 早く止めぬか!」


 どうやら魔王もリーディアと同じで魔法を主体にして戦うタイプらしい。そのせいかかなり焦っている様子。


「テンタクルス! その人は知り合いだから攻撃しなくてもいい!」


 俺が叫ぶと、自慢の三本角で突進しようとしていたテンタクルスはピタリと動きを止めた。


 そして、振り返るとこちらと魔王を交互に眺めて、空へと舞い戻っていった。


「すまん。テンタクルスはつい最近仲間になったばかりでな……」


 魔王が転移でやってくることをきちんとテンタクルスに伝えておくべきだった。


 彼は自らの役目を忠実にこなしてくれたので落ち度はない。悪いのは俺だ。


「いや、いきなり家の傍に転移してきた我も悪かった。今後はもう少し離れた場所かハシラの傍に転移しようと思う」


「ああ、そうしてくれるとこちらも助かる」


 転移は便利だけど、やはりいきなり入ってこられると驚いてしまう。


 今回のように急に魔物の仲間が増えることもあるし。


「あはははは! テンタクルスにドーンと父上が飛ばされて面白かったのだ!」


「カーミラよ、父親が災難に遭ったというのに笑うことはないだろう。お前だって急に突進されれば焦るであろう?」


「アタシは父上と違って物理攻撃も得意だからな! 接近されたら殴りつけるのだ!」


「……そういうところは本当にエルミラ譲りだな」


 魔王も強襲されることが多いが、襲われてもケロッとしている辺りはさすがというべきだな。


「エルミラという人は?」


「魔王様の奥様であり、カーミラ様のお母様になります」


 聞きなれない名前が出てきたのでクレアに尋ねてみると答えてくれた。


 会話を聞いているとカーミラ以上にパワフルな人のようだな。


 会ってみたいような、会うのが少し怖いような。


「ところで、魔王。今日は何の用でやってきたんだ?」


「以前、言っていた移住者の件だ。我が声をかけてみたところ十人ほど集まった」


「意外に早かったな。奴隷とか無理矢理了承させたとかではないよな?」


 この世界に奴隷制度があるのは魔王から聞いている。


 権力者である魔王なら、そういう者を集めるのはかなり容易く、都合がいいだろうが、俺たちとしてはそのように強制された者を連れてこられても困る。


 ちゃんと説明して、自分の意思で来たいと思った人と生活をしていきたい。


「ああ、ハシラの要望通りきちんと納得した上でのものだ」


 なるほど、それならば問題はない。魔王を信じることにする。


「移住者の種族を聞いてもいいか?」


 この世界には獣人やエルフ、ドワーフといった様々な種族がいる。


 中には巨人族のように身体が大きな者までいるらしいので、移住者の環境を整えるにもそれに合わせる必要がある。


「エルフが五名、ドワーフ二名、我の部下を含む魔族が三名だ」


「その種族を選んだ理由を聞いてもいいか?」


「エルフを選んだのはハイエルフのリーディアや精霊であるガイアノートがいるので扱いやすいと思ってな。ドワーフについてはハシラが要望していた通りの職人を募った結果だ。部下の魔族については今後も移住者を送る上で様子を知りたかったからになる」


「なるほど……」


 魔王が選んだ理由にはとても納得ができた。


 どうやらハイエルフというのはエルフに敬われているらしいしな。無秩序に集めて束ねるよりも最初から従順な方が俺たちの生活の負担も減ってスムーズだろう。


 ドワーフについても納得だし、魔王の国なので魔族を送ってくるのも納得だ。


 まあ、実際にはいろいろとここの事を報告する意図がありそうだが、魔国とはこれからも仲良くしたいし、秘密にするようなことも大してないしな。


「そういうことだが、リーディアは問題ないか?」


 この中で一番生活に影響が出そうなリーディアの意見を伺っておく。


 エルフと折り合いが悪いとか、何かしらの事情があるのなら魔王には悪いが人選を変えてもらおうと思う。


「問題ないわ。ただ、私に接する時はあまりかしこまり過ぎないでほしいってくらい」


「わかった。カーミラとクレアも問題はないか?」


「うむ、アタシは問題ないぞ。生意気な奴がきたらガツンとしてやるのだ」


「私も特に問題はございません」


 どうやら二人とも問題はないようだ。


「こちらとしては転移ですぐにでも送ることができるが、いつがいいのだ?」


「じゃあ、五日後に頼む」


「そんなに早くていいのか? 見たところ家もないようだが……」


「ああ、俺の能力ですぐに作れるからな」


 わかりやすく伝えるために目の前に木を生やして小さな家を作ってみせる。そして、すぐに崩した。


 準備の一番の問題は移住者が住むための家づくりであるが、それは俺の能力ですぐに作ることができる。


 むしろ、家具や食器を作ってあげることの方が時間がかかりそうだな。


「相変わらずデタラメだな。わかった。では、五日後に転移で移住者を連れてくる。わかっているとは思うが、警備の魔物にも伝えておくんだぞ? テンタクルスの突進とかマザープラントの攻撃とか移住者がされたら死んでしまうからな?」


 今までよりもかなり強い口調で念を押してくる魔王。


 確かに一番の懸念点はそこだ。魔王だからこそ無事でいられるが、普通の人が襲われたらひとたまりもないだろうしな。


 クレアが無様に袋叩きになって泣いていた姿は記憶に新しい。


「わかった。きちんと言い聞かせておく」


「うむ。では……」


 さらばと言いながら転移の魔法陣を展開させた魔王であるが、モチモチの実を見て止まった。


「これを食べたら帰るとしよう」


 と、焼いたモチモチの実を手に取って座り込んだ。


「そうか。好きに食べていってくれ」


「うむ! 五日後こそ泊まりにくるから我の寝る場所も用意しておくのだぞ?」


「わかったわかった」


 念を押す魔王の言葉に頷きつつ、俺もモチモチの実を食べるのであった。








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