第44話 染色服の完成

 テンタクルスの巣が無事にできた三日後。


 すっかりうちに定住したテンタクルスは、頼まれた役割を果たすためにしっかりと空を飛び回っていた。


 ずっと空を飛んで見張っているわけではないが、休憩する時も高い木に止まってできるだけ周囲を見渡してくれている。


 居住範囲が広がり、外敵に狙われやすくなった身としては心強い限りだ。


 現に機能も空からやってきた鳥の魔物を追い払ってくれたことだしな。


 圧倒的な安心感がある。


「んん? 新しい服ができたのか?」


 そんな風に思いながら畑仕事をしているとイトツムギアリが新たな衣服を持ってきてくれた。


 確認してみると以前の染まりにムラがあった服とは大違いで、きっちりと綺麗な色に染まりきっていた。


 試しに水で洗ってみても、色落ちしている様子もない。


「おお! 綺麗に染まったな! これなら問題なく使えそうだ!」


「なになに? イトツムギアリの染色が上手くいったの!?」


 バサリとTシャツを広げて喜んでいると、聞きつけたリーディアもやってくる。


 そして、イトツムギアリが完璧に染色してみた衣服を見て歓喜の声を上げた。


 一番、服に対して期待していたのはリーディアだからな。やはり、女性としてずっと同じ服や白一色だけの衣服を身に纏うのは辛かったようだ。


 だけど、染色がなされた今では白一色の囚人服からは解放だ。色彩豊かな人間らしい服を身に纏うことができる。


 地味に白一色だと汚れも目立つし、色々と気遣いが多かったから俺も嬉しい。


「これでようやく色々な服が作れるようになるわね! ねえねえ、早速頼んでもいいかしら?」


 衣服を確認するとリーディアは一匹のイトツムギアリを連れて服の相談をし始めた。


 自由に色がつけられるようになったので、自分好みの染色がされた服を頼むつもりなのだろう。


 俺も色々と頼みたいが試作品が十分にあるし、今は女性陣を先に頼ませてあげよう。


 俺が今、一番にやることは目の前にいるイトツムギアリたちを労うことだ。


「作ったことのない衣服を作り、染色までしてくれてありがとう。俺たちにできることであれば、お礼をしてあげたいんだが希望はあるか?」


 そう言うと、イトツムギアリたちは顔を見合わせて何か相談し合う。


 報酬としてもらえるもので何がいいか話し合っているのだろう。


 しばらく待っていると、話が纏まったのかイトツムギアリたちがこちら見上げて顎を動かす。しかし、俺にはイトツムギアリたちが何を言っているのかさっぱりわからない。


 首を傾げていると、イトツムギアリたちは棒を持ってきて地面に絵を描き始めた。


 アリって、そんなこともできるんだな。とても器用だ。


 地面に描かれたものはモチモチの実が火で焼かれているものと魔石らしきもの。


「焼いたモチモチの実を食べたい。それと魔石が欲しい……ということで合っているか?」


 読み取った内容を告げると、イトツムギアリたちはそうだとばかりに首を縦に振った。


「わかった。それくらいならやってやろう。モチモチの実を焼いてやるから巣から出てくるといい」


 さすがにあのキャベツのような巣の中では火を扱うことは難しいだろう。イトツムギアリたちの苦労を思えば、俺たちがモチモチの実を焼くくらい大したことはない。魔石はリーディアたちと相談した後で渡すことにしよう。


 イトツムギアリたちは仲間を呼びに戻ると、巣から大量の仲間が降りてくる。


 多分、百匹以上はいる気がする。あの巣にそんな数のイトツムギアリたちがいたというのか。思っているよりもずっと多かった。増えたのだろうか。


 俺は急いでモチモチ畑に向かって作物の確認。


 十分に実っている作物が大量にあるな。百人分くらいなら何とかなる気がする。


 第二陣、第三陣と植えていたものも実りつつあるし、仮に全て使い切っても問題ないだろう。


「カーミラ、クレア、レントたち。モチモチの実の収穫を手伝ってくれるか?」


 さすがに一人で準備するには手が足りないために、素直に助けを求める。


「構わんが、そんなにたくさんの数をとってどうする気なのだ?」


「染色した服を完成させたイトツムギアリたちを労ってやりたくてな」


「おお、なるほど! 功績を出したやつを労うのは主として当然の役目だしな!」


「それで巣からたくさん出てきていらっしたのですね。わかりました。お手伝いいたしましょう」


 説明すると、カーミラとクレアも納得したのか早速作業にとりかかってくれた。


 レントとレン次郎も同じく収穫に加わり、レン三郎とレン四郎には薪拾いを頼んだ。


 さすがに家の中で調理していては、あの数のイトツムギアリたちをさばくことはできないからな。火を通すだけなので外で一気に焼いてしまった方がいい。


「私が薪に火をつけるわね」


 服の注文が終わったのか、リーディアがレン三郎たちの集めた薪に魔法で火をつけていく。


 レン四郎が家から大きなフライパンを持ち出して、火にかけていく。


 後は俺たちが収穫したモチモチの実を焼いていくだけだ。


 複数フライパンを設置しているが、炊き出し用の巨大なものではないのでフルで稼働させても精々十個同時に焼けるくらいだろう。


 イトツムギアリや今後増えるかもしれない魔物のことを考えたら、もっと大きい炊き出し王のフライパンや鍋を作っておいた方がいいかもしれないな。


 なんてことを考えながらフライパンにモチモチの実を投入。


 モチモチの実が焼けることによって、香ばしい香りが漂い始める。


 イトツムギアリたちはその匂いを嗅いでか、全員が前のめり気味になっていた。大好物の食材の焼ける匂いがたまらないのだろう。


 だけど、それ以上近づくと火傷するし、リーディアが居心地悪そうにしているので下がろうな。


 イトツムギアリたちを下がらせつつ、俺は食べやすいように木製の大きな平皿を作ってああげる。さすがに地べた食べるよりはいいだろうしな。


「焼けたものから皿に置いていくからドンドンと食べてね」


 火が通って少し焦げ目がついて膨らんだモチモチの実を平皿の上にリーディアが乗せる。


 すると、そこにイトツムギアリたちが我先にと群がった。


 普段は穏やかで腰が低いために、ガツガツと突っ込んでいくのが意外だった。


 野生ではこれぐらいガツガツしていたのだろうか。


 俺とリーディアはイトツムギアリにぶつからないように移動しては皿の上に焼けたものを置いていく。


 小さな体をしているがとても食欲が旺盛で、乗せられたモチモチの実があっという間に小さくなる。


「すまん、もう少しで焼けるから待ってくれ」


 急いで次のものを焼いていくが同時に焼けるのは十個程度だ。


 百匹を越えるイトツムギアリの分を一斉に出すことはできない。


 まだありつけていない個体が切なそうに鳴いている。


「ふむ、要は一気に火を通せればいいのだろう? クレア!」


「はっ!」


 俺とリーディアの状況を見かねたのか、カーミラがモチモチの実を魔法で浮かし、クレアが火魔法を出して焼き始めた。


 宙に浮いている約三十個のモチモチの実が一気に焼けていく。


「おお、そんな手があったか!」


 さすがは魔法、とても便利だ。


「リーディアはやらないのか?」


「私はどちらかというと火魔法が苦手だから。簡単な火を出すことはできるけど、クレアみたいに調節しながら焼くのは厳しいかも」


 どうやら使わなかったのではなく、使えないからやっていないらしい。


 いつも簡単に種火を出してくれるので当然のごとく火魔法も使えるものかと思っていたが、俺のように火属性とはあまり相性がよくないようだ。


「火魔法の得意なカーミラがやらないのは?」


「ああいった細かい調整は苦手だからな! アタシがやると黒焦げになる!」


 モチモチの実は中火程度の炎でじっくり火を通す方が美味しくなるからな。


 細かい調整が苦手なのでクレアに任せているようだ。うむ、正しい役割分断だな。


「お嬢様、火が通りました」


「うむ! それオマエたち存分に食べるがいい!」


 焼けたものを魔法で一気に動かして皿に盛り付けていくカーミラ。


 大量に出てきた焼いたモチモチの実にイトツムギアリたちは大喜びだ。


 これだけ出てくると、食べられなくてあぶれている個体もいないようだ。


 そのことに安心して俺はモチモチの実を焼き続けた。


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