第43話 巣作り
全員と力比べをするとテンタクルスはすっかり満足したのか、非常に落ち着いた様子だ。
今ではレントと軽く肩を叩き合って朗らかにしている。
健闘をたたえ合っていたりするのだろうか。
「テンタクルス、俺たちを背中に乗せてくれないか?」
そのように頼み込むと、テンタクルスはこくりと頷いて体を低くしてくれた。
「うおっ、つるりとしていて上りにくいな」
テンタクルスの体表はとてもツルツルとしている上に、足掛かりになる部分もなかったのでそのまま上ることは難しい。
「ちょっと失礼」
仕方なく蔓を生やして角に引っ掛けて、それを頼りに上ることにした。
背中の部分は羽を出すときに広げるだろうから、陣取る場所は頭部の辺りにした。
こちらも落ちるのが怖いので蔓を角に引っ掛けて、体に固定することにする。
こうすれば落ちる心配もないだろう。
リーディア、レントも上ってきて同じように蔓で固定してあげる。
「飛んでくれて大丈夫だ」
そう声をかけると背中の羽が開き、その下から薄い羽が出てきた。
それが高速で動かされるとブーンと空気が振動し、後ろから風圧がくる。
実際に傍で聞いてみるとすごい音だ。大きなプロペラを回した時のよう。
やがてテンタクルスの体がふわりと持ち上がる。
浮遊感に驚いているとあっという間に上昇速度が上がり空に舞い上がった。
「すごい! 空を飛んでいるわ!」
「ああ、いい景色だ」
視界に広がる絶景にリーディアと俺は興奮の声を上げた。
どこまでも広がる樹海が見えている。
「本当にこの樹海は広いんだな」
四方を眺めてみるも木々が途切れる様子はなく、延々と続いていた。
いつも見上げている木々を見下ろすのは不思議な気分だ。
手に持っている蔓を家のある方向に引っ張ると、テンタクルスが意図を察してくれたのかそちらに進んでくれる。
いつも木々に囲まれた生活をしているので、空がこんなにも近く感じられるのが新鮮だな。
テンタクルスに乗ってしばらく進んでいると、木々がぽっかりと空いて家や畑がずらりと並んでいる場所が見えた。
やはり地上を歩くのと障害物のない空を進むのとでは進むスピードが大違いだな。
「私たちの住んでいる場所って、空から見るとこんな風に見えるのね」
「こうやって見下ろしてみると広くなったと感じるな」
鬱蒼とした木々が並んでいる中、俺たちの住んでいる場所だけすっぽりと平地になっているので上から見ると丸わかりだ。
そういう防衛的な意味でもテンタクルスのような空を飛べるものがしっかりと見張ってくれていると安心できるな。
急に近づいてはカーミラたちを驚かせてしまうので、上空で旋回してもらう。
すると、地上では畑仕事をしているカーミラやクレア、見張りのレン次郎、レン三郎が何事かとこちらを見上げていた。
顔を出して手を振ると、安心したようにこちらに手を振ってくれる。
「あそこの広い場所に降りてくれ」
そう声をかけると、テンタクルスはゆっくりと畑のない平地に降りてくれた。
俺がいるとわかっているのかマザープラントやキラープラントたちもこちらに攻撃を仕掛けてこない。魔王のようにメタメタに攻撃をされたくないのでよかった。
テンタクルスの背中は結構高いので、レントの脇に抱えてもらって地面に降りた。
なんだか米俵にでもなったような気分。
「おお! 立派なテンタクルスじゃないか!」
「力比べをして勝ったんですね。さすがです」
どうやらカーミラやクレアもこの魔物のことを知っていたらしく、連れてこられた理由も当ててみせた。
「レントやハシラはともかく、私までやらされたわ」
「それは何というか災難でしたね」
呻くように言うリーディアをクレアが慰める。
やっぱり、こいつは相手を見つけると力比べをしたがるような習性があるらしい。
新しく目にしたカーミラやクレアにも力比べを挑むつもりなのだろうか。
そんな心配をしたがテンタクルスが動くことはなかった。
それよりも気になることがあるのかジーッと彼方を見つめている。
視線を辿ると、テンタクルスはヘルホーネットの方を見ているようだ。離れていても香りを感じられるのだろう。
やはり、カブトムシと同じで樹液といった甘いものを好むのだろうか。
家に戻って蜂蜜の入っている壺を持ってきてみる。
すると、テンタクルスがそれを食べたそうにソワソワとし出した。
「うちで採れたヘルホーネットの蜜だ。食べてみるか?」
最後の言葉を言い終わらないうちに、テンタクルスは壺に顔を突っ込んで蜂蜜を舐めだした。
「「あああああああああああっ!」」
「まあまあ、まだ蜂蜜は残っているし、もうすぐまた採れるようになるからいいじゃないか」
壺一つ舐めだすテンタクルスを見て悲鳴を上げるカーミラとリーディアを何とか宥める。
テンタクルスと俺たちじゃそもそも体の大きさが違うしな。それに蜂蜜を食べさせるのは仲間になってもらうための交渉の一つなので許してほしい。
しばらくして壺に顔を突っ込んでいたテンタクルスが顔を上げた。
壺の中身はすっかりと空になっており、顔を突っ込んでいたテンタクルスには蜂蜜が付着していた。
表情はよくわからないが、ヘルホーネットの蜜が気に入ったのだけはよくわかった。
「テンタクルス、よかったらここに住まないか? 空を警戒したり、背中に乗せてくれるとありがたい。ヘルホーネットの蜂蜜には限りがあるが、定期的に食べさせてあげることができるぞ?」
俺の言葉にテンタクルスはこくりと頷いた。
これで空の防衛戦力が増えたし、背中に乗せてもらって移動することもできるようになるな。
◆
テンタクルスが仲間になって最初にすることは巣作りだ。
レントたちと違ってずっと外にいても平気で活動的ではない彼らには、落ち着ける場所が必要だ。
しかし、テンタクルスの巣とはどんなものなのだろうか。カブトムシのように黒土やおが屑を敷いてやって、樹皮や木片のある場所がいいのだろうか。
大変失礼かもしれないが、小学校の頃に飼育ケースで飼っていた時のようなイメージしかできない。
どんな巣を作りたいのかイメージを理解するために、住んでいた巣にレントと共に案内してもらうと大きな木が横倒しになっており、その中をくり抜いて、湿ったおが屑や土なんかが敷かれてあった。
うん、飼育ケースの規模をそのまま大きくしたような感じだった。
巨木を探すのは中々に骨が折れるが、木であればいくらでも俺の能力で生やしてあげることができる。
イメージを掴んだので再び居住地に戻ろうとすると、レントが土を抱えていた。
「土を持って行きたいのか?」
尋ねてみるとテンタクルスがこくりと頷く。
どうやら慣れ親しんだものがいいらしい。人の家の布団や枕よりも、自分の家の布団や枕の方が眠れるようなものか。
テンタクルスの言いたいことが理解できたので、俺は能力を使って大きな木箱を生成する。
すると、レントが大きな腕を使ってかき集めて木箱に土を入れていく。
それを繰り返してパンパンになると蓋をして蔓でしっかりと閉じる。
それをテンタクルスが運べるように蔓で体に括り付けてあげる。
「かなり重そうだけど持ち帰れるか?」
そのように心配してみるも、テンタクルスは軽々と飛び上がってみせた。
この量の土が入ったものを軽々と持てるのであれば、空を飛んで輸送なんかもできそうだな。
居住地に戻ると、俺は広い場所に巨木を生やした。
「こんな大きさでどうだ?」
どうせなら広々と過ごせるように以前の巣よりも倍近い太さにしてみたが、テンタクルスは喜びを表すように体を震わせていた。
以前の巣が若干狭いように感じていたので、大きなものにしてみたがそれでよかったらしい。
巨木を横倒しにしてやると、テンタクルスが突進を繰り返して木を削っていく。
バキバキと木が破砕される音が響き、木片やおが屑が周りに飛び散る。
どうやらここから中身をくり抜いて、自分好みの巣にしていくようだ。
俺やレントが手伝うことも可能だが、テンタクルスが住むことになる巣だ。俺たちが変に手伝うよりも自分の住みやすいように作らせるのがいいだろう。
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