第42話 テンタクルス
「結構な量のキノコが採れたわね」
俺たちの籠にはどっさりとキノコが入っていた。
前世でも見たことのあるヒラタケやタマゴタケはわかったが、それ以外は見たことのない形や色をしたファンタジーキノコばっかりだ。
リーディアが自信を持って食べられるキノコだと言っているし、レントも問題なく頷いているのでここにあるものは食べられるのだろう。
やたらと色鮮やかで毒々しいものも混ざっているので若干不安だが、そこは仲間を信じることにする。
「今日の夕食はキノコ鍋だな」
「炙って塩で食べるのもいいわね」
「それもいいなぁ」
夕食がキノコ料理なのは決定だな。
乾燥させたら長持ちするし、スープに入れても出汁が出て美味しくなる。
いいものを手に入れたものだ。もっと早くこっちの方を探索しておけばよかったと思えるくらいだ。
「……待って。何かが近づいてくる音がする」
籠を背負って次なる食材を求めて歩き出そうと、リーディアが静かにするようにジェスチャーする。
とりあえず、木陰に隠れながら様子を伺っていると、ブーンという羽音が聞こえてきた。
視線をやると、樹海の中を大きなカブトムシが飛んでいる。
アトラスオオカブトのように長い角が三本ある。体表は青緑色で光の反射でつるりと輝いているのが見えた。
「大きなカブトムシだな」
全長十メートルくらいあるだろうか。
カブトムシという概念を吹き飛ばすような大きさだ。
「テンタクルスね。パワーとタフさが尋常じゃない昆虫型の魔物よ」
「見た感じ防御力も凄そうだな」
「魔法に対する防御力がすさまじいし、矢も通じないし私との相性は最悪……」
魔法と矢を主体にして戦うリーディアからすれば、天敵にも等しい魔物らしい。
確かにあれだけ硬そうな相手だと矢も貫通しそうにないな。
無視して通り過ぎるのを待つか? でも、相手は樹海で飛んでいるので索敵範囲や行動範囲も広そうだな。
隠れて時間をかけるよりも出てしまって倒した方がいいのかもしれない。
でも、ああやって空を飛べるのは魅力的だな。
「背中に乗せてくれたりしないかな?」
あれだけ大きいと俺たちが背中に乗っても大丈夫な気がする。
「キラープラントみたいな植物型の魔物じゃないし、厳しいんじゃ――あっ」
リーディアが難色を示していると、レントが急に木陰から飛び出した。
大ジャンプしてやってきたレントを見て、テンタクルスは飛行するのをやめて地上に降りてきた。
「もしかして、これは和解できる流れ――じゃなさそうだな」
和解する空気というより、明確な敵を前にしたように空気感だった。
レントとテンタクルスは身動きすることなく睨み合っている。
「リーディアは念のために下がっていてくれ」
「ええ、巻き込まれたら私は死んじゃうもの」
清々しい返事をして俺の後ろに下がるリーディア。
戦いが起こって一番危険なのはリーディアだからな。俺の後ろにいてくれれば守ってあげることはできる。
俺も杖を構えて臨戦態勢をとっていると、不意にレントとテンタクルスの両方が動き出した。
どちらも真っすぐに走り出す。
テンタクルスが自慢の角を突き出し、レントは両腕を大きく広げて受け止めた。
ぶつかり合う力の衝撃が広がり、勢いよく枝葉を吹き飛ばす。
テンタクルスの重量とパワーにレントは少し押されたものの、両腕でがっしりと抑え込んでみせた。
激しいパワーとパワーのぶつかり合いだ。
どこか手を出してはいけない雰囲気を感じた俺は介入することなく、しばらく見守ってみる。
硬直状態に陥ったのを破ったのはレントだ。
レントは力強く足を踏ん張ると、自らの両腕を肥大化。
巨大な手となったレントはグッと力を入れると、重量級であろうテンタクルスの体を持ち上げて放り投げた。
投げ飛ばされたテンタクルスが木に当たり、ひっくり返る。
「レントの勝ちだな!」
「さすがはガイアノート。テンタクルスにパワー勝ちしちゃうんだ……」
怪獣映画のようなパワーバトルに俺は興奮し、リーディアは遠い目をしていた。
力比べに勝ったレントは両腕を上げて勝利のポーズをとると、ひっくり返っているテンタクルスのところに行って起こしてあげた。
起き上がったテンタクルスは暴れることなく、レントに礼を言うようにペコリと頭を下げる。
すぐに暴れるような気性の荒い奴ではないようだ。
ホッとしているとレントが戻ってきて、トンと俺に前に出るように促す。
主人として挨拶をしろということだな。
そう思って前に出ると、テンタクルスがやる気満々に体を動かしていた。
まるでさっきレントと力比べをする時のようなピリピリした雰囲気。
カブトムシって小さいと可愛いんだけど、自分よりも遥かに大きいと圧迫感がある。
「……おい、ちょっと待て。話がついたんじゃないのか?」
思わず振り返ると、レントは親指をグッと立てる。
どういう交渉で俺とテンタクルスが力勝負をすることになったのか全くわからない。
俺が焦っている間にテンタクルスはこちらに向かって突進を開始した。
今からでは逃げることもできない。だからといって、この巨大な質量の魔物を相手にレントのように生身で受け止めるのは自殺行為。
トップスピードの大型トラックを生身で受け止めようとするようなものだ。
純粋な力比べとは違うかもしれないが命を守るために、俺は能力を使用。
目の前に怒涛の勢いで木を生やしてテンタクルスの突進を防御。
とんでもない音と破砕音が聞こえたが、何十にも生やした硬度な木は壊されていなかった。
角が木に刺さって抜けなくなってしまっているテンタクルスの足元に、勢いよく木を生やしてそのまま遠くに飛ばしてやった。
そして、またもやひっくり返っているテンタクルスを蔓で持ち上げて元に戻す。
「純粋な力勝負じゃないが、これで勘弁してくれ」
生身でやるのはさすがに無理であるが、能力を使って真正面で戦ったつもりだ。
その心意気は伝わったのかテンタクルスはどこか満足したように頭を下げた。
そして、テンタクルスの視線が次の挑戦者へと向かう。
思わず視線を向けると、そこにはビクッと身体を振るわせて後退るリーディアがいた。
「嘘でしょ? 私は後衛タイプのハイエルフなのよ? レントやハシラみたいな力比べができるわけないじゃない!?」
リーディアが悲鳴のような声を上げるが、テンタクルスは知ったことがないとばかりにやる気満々だ。次こそは勝ってみせるとばかりに息巻いている。
「ハシラ、助けて!」
「悪いけどあいつはやる気満々みたいだ。怪我をしないように防御魔法を張って頑張ってみてくれ」
「そ、そんなっ!?」
俺がきっぱりと諦めるように言うと、リーディアの顔が青くなる。
これもテンタクルスと仲良くなるための儀礼だと思ってくれ。
「ほら、急いで障壁を張らないと怪我するぞ」
「ひいっ!」
テンタクルスが突撃を開始すると、リーディアが一瞬にして何重もの障壁が展開された。
ひとつひとつが相当な魔力が込められた防御魔法。
「無理無理無理無理ィィィッ!?」
しかし、それらはテンタクルスの突進によって紙のようにパリパリと割られ――リーディアは優しく小突かれて転がされた。
うん、やっぱり手加減するだけの優しさもあるみたいだ。いざとなったら守るつもりでいたけど大丈夫だったな。
「リーディアだけ負けたな」
「……ハシラ、恨むわよ」
寝転がされたリーディアに手を伸ばすと、恨み言を言われてしまった。
夕食のキノコ料理を食べるのが少し怖い。
「テンタクルスと仲良くなるためだから仕方がないじゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます