第41話 豊かな朝食
いつもの日課を終えると朝食だ。
「今日は野菜スープにサラダ、マッシュポテトに肉野菜炒めよ」
「おお!」
クレアが持ってきた作物が収穫できるようになって料理のバリエーションが圧倒的に増えたので、最近は食事がかなり豊かだ。
つい気合が入ってしまい朝から品数も多くなってしまった。
でも、仕方がない。これだけ作物が増えたのだから。
樹海にある食材や他の作物も美味しいけど、やはり似たような料理ばかりでマンネリ気味だったからな。
「クレアの持ってきてくれた作物のお陰で料理が増えたな」
「私はただ持ってきただけで、ここで育てられたのはハシラ殿のお陰です」
それでも最初に時間をかけながらも作物を持ってきてくれたクレアの活躍は大きい。
そのことにしっかり感謝しないとな。
「さあ、食べようか」
全員にしっかり料理が取り分けられ、配膳されると俺の声を合図に食事が始まる。
別に俺の合図を待たなくていいのだが、いつの間にかそんなルールができていた。
まあ、せっかく揃っているのでバラバラに食べるのも寂しいので一応容認はしている。
別に偉くもないのに、偉くなってしまったようで少しだけ恥ずかしいが。
白い湯気を出している野菜スープに口をつける。
キャベツ、ニンジン、タマネギ、ジャガイモが適度な大きさにカットされている。それらがじっくりと煮込まれてスープに旨味を出していた。
「うん、美味しい」
「スープにたくさん野菜があるっていいわね」
塩、胡椒の加減も抜群でアクセントもしっかりある。
野菜が増えて特に喜んでいるのはリーディアだな。
これもクレアのお陰だ。調味料がなければ少しだけ物足りない味になっていただろうしな。
しかし、今では塩胡椒が十分にある。それに魔王との取引きもあるので、今後も継続的に手に入れることはできるだろう。交易、万歳だ。
野菜スープを飲んだ後に、調味料で炒められた肉野菜炒めに手を伸ばす。
「うん? こっちの野菜、やたらと野菜が不揃いじゃないか?」
キャベツとかニンジンとかピーマンの大きさがバラバラだ。
キャベツとか一口じゃ食べきれない気がする。
「そ、そんなことはないだろ!? これくらい一口でいける!」
疑問の声を上げると、カーミラが必死に声を張り上げて大きなキャベツを口に入れてみせた。
この料理を作ったのが誰なのかすぐにわかった。
「ほら、大きいって言ったじゃない」
「お嬢様、次からはもう少し小さく切りましょう」
「ぐぬぬぬぬ」
どうやらリーディアとクレアに事前に窘められた上での結構だったらしい。
俺は一人でマッシュポテトを作っていたので気付かなかった。
うん、味は問題ないのだけれど、やっぱり食べづらいので、次はもう少し小さく切ってほしいな。
「俺の作ったマッシュポテトはどうだ?」
バターや牛乳がないのでいまいち物足りなさはあるが、絶妙な塩胡椒加減でいい味になったと自負している。
「ええ、美味しいわ。でも、私はもう少しゴロッとした食感が残っている方がいいかも」
「私はもう少し砕いてくれた方が好きです」
さすがにそこまでの個別での対応は無理だ。
朝食を食べ終わると、それぞれが畑仕事にとりかかる。
いつも通り俺は畑を見て回って、成長促進をかけていく。魔石肥料は様子を見ながら与えるかを判断って感じだ。
作物ごとに微妙に肥料としての効果期間が違うような気がするので、木板にそれぞれ記録をとっているところだ。
データが集まるまで何度も育てて収穫する必要があるので、結構な時間がかかる気長な作業だ。
作物の記録をとって歩いていると、インセクトキラーが飛んでいた虫を蔓で捕まえて丸呑みにした。まるでカエルやカメレオンの舌のような速さだな。
畑に寄りつく虫を食べてくれて非常に助かる。
お礼に小さな魔石をあげると、インセクトキラーは嬉しそうに食べた。
インセクトキラーに魔石を与えていると、キラープラントが蔓を伸ばしてきて肩を突いてきた。
てっきり餌のおねだりかと思いきや、樹海の方から獲物がやってきて捕まえたらしい。
キラープラントの傍には蔓で拘束されている猪がいた。
鼻息を荒くしながら声を上げているが、まったく身動きはできないようだ。
ぐるぐる巻きにした猪をキラープラントは差し出してくる。
「今は肉もたくさんあるし、キラープラントが食べても構わないぞ」
狩りに行かなければ肉が足りない時は、たまにキラープラントが捕まえた獲物の肉を貰ったりする。
だけど、今は肉がたくさんあるので貰わなくても大丈夫だ。
キラープラントには成長促進やリーディアの水などの食料を与えているが、こういう獲物も大好物みたいだしな。余裕のある時まで取り上げたくはない。
そう言うと、キラープラントは大きな口を開けて猪を丸呑みにした。
ボリボリと硬質な音が響いてくるが気にしない。
彼らは今日も畑の安全を確保してくれていた。
◆
最近は作物を育てるのにかかりきりで、あまり樹海探索をやっていなかった。
新しい作物も大分落ち着いてきたので、久しぶりに探索をしようと思う。
作物を育てて地盤を固めるのも大事だけど、樹海にはまだまだ不思議な食材があるからな。
モチモチの実のような主食になるものがあるかもしれないし、探索しておいて損はない。
畑の外周の警備をしていたレントに声をかけると、頷いて付いてきてくれた。
あと一人くらい連れて行こうかなと思っていたら、畑作業をしているリーディアが期待すうような眼差しを向けていた。
「……リーディア、樹海探索に行こうと思うけど付いてくるか?」
「行くわ!」
声をかけてみると、リーディアは待ってましたとばかりに返事した。
そして、すぐに家に戻ると、探索装備を身に着けてやってくる。
この樹海が気になってやってきたリーディアは、こういう探索が大好きだからな。
だが、一人で探索するには実力的が足りないらしいので、こうして俺やレントが行く時は付いていきたがるのだ。
「悪いがカーミラとクレアは引き続き畑を頼めるか?」
「別にいいぞー」
こういう時、カーミラが一番に付いてきたがると思いきや、案外そうでもない。
一度畑仕事に集中してしまえば、カーミラはそれに没頭したいタイプらしい。
今は、細かいところに生えている雑草除去に没頭しているようだ。
「リーディア、気をつけてくださいね」
「ええ」
「……クレア、俺の心配は?」
探索に行くのはリーディアだけではないので、俺の心配もしてくれていいと思う。
「ハシラ殿に心配など無用だと思いますので」
「酷い」
「冗談です。ハシラ殿も気を付けてください」
傷ついたように言うと、クレアが苦笑いしながら手を振ってくれた。
どうせなら見送ってくれる方が嬉しいからな。
クレアに見送られて、俺たちは家から離れて歩いていく。
「今日はどっちに行くの?」
「家から東側に行ってみよう。まだそっち方面には一度も行ったことがなかったからな」
北、南、西には距離に違いこそあれど、探索したことはあった。
だけど、まだ東側には一度も行ったことがなかったからな。
「初めての場所ね。なんだかドキドキするわね」
「何かいい食材があるといいな」
できればモチモチの実のように畑で育てられる食材が欲しいものだ。
リーディア、レントと一緒に俺たちは東側へと進んでいく。
東側の樹海は全体的にジメジメとしており、辺りにはキノコが生えていた。
こっちの方はキノコが豊富に生えているみたいだ。
身近に生えているキノコに近づいてみると、橙色の独特な形のしたものがあった。
「……なんだこのキノコは?」
近づいてみると、カサの部分が人の顔のようでかなり醜悪だ。
こんなキノコが本当に食べられるのだろうか?
「ハシラでもキノコについてはわからないの?」
「こっちは専門外でな」
エルフィーラの加護では、残念ながらキノコについての知識は出てこない。
豊穣を司る植物神だから菌類であるキノコは範囲外なのだろうか? 動物か植物かと絞れば、もしかするとキノコは植物に入るのかもしれないが定義がわからないな。
自分で栽培してみれば、自らの育てる作物としてカウントされて何かわかる可能性もあるが、現段階ではここにあるキノコは何一つ食用かは不明だ。
「私はそれなりに見分けられるけど、ここにしか生えていないコレみたいなものはさっぱりね」
つまり、リーディアも目の前のキノコが食べられるかどうかはわからないようだ。
「試しにレントに聞いてみよう」
「そうね」
精霊の一種であるガイアノートのレントなら、キノコについての知識があるかもしれない。
軸やカサに毒があっては困るので、念のために手袋をしてつんでみる。
「レント、このキノコは食べられるのか?」
醜悪なキノコを見せると、レントはこくりと頷いた。
「ええ? このキノコって食べられるの?」
「どう見ても醜悪で毒持ってそうなんだが……」
う、うーん。レントが頷いたから間違いはないと思うが、あまり好んで食べたいとは思えないキノコだな。
「カーミラやクレアが知ってる可能性もあるし、一応少しだけ持って帰るか」
知識としての共有は必要だからな。でも、レントは喋れないためにきちんとした調理法までは教えてくれない。
二人もわからないと言ったら、今回は食べないでおこう。食用なだけで毒素を無害化するための工程があるかもしれないし。
「そうね。それ以外は無難に食べられるキノコを採りましょう」
ちゃんと食べられる食材が他にもあるので別に無理に冒険をしなくてもいいだろう。
わからないものは無暗に採らない。それがキノコを採る上での鉄則だ。
俺は歩き道すがら、リーディアが指示してくれたキノコだけを採ることにした。
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