第40話 その弓は違う

 取り引き内容を詰めると、魔王は転移で国に戻っていった。


 本人は一泊くらいしたかったそうだが、一泊できるほど暇ではないようで名残惜しそうにしていた。


 やはり大きな国を束ねていると大変なんだろうな。


 尊大な口調をしている変わった人物であったが、魔王という割に気さくだし、なにより同性だ。


 今度来てくれた時には是非ともゆっくり泊まっていってほしいものだな。





 魔王が去ってから数日後。


 俺たちはいつも通りの日常に戻っていた。


 早朝に目覚めた俺は、朝の運動と眠気覚ましを兼ねて矢を射ることにした。


 顔を洗い、準備して外に出ると、気持ちのいい風が肌を撫でた。


 季節はドンドンと暑くなってきているが、樹海の早朝は気温が低めだ。暑くなってきている時期でも朝はまだ涼しいので心地がいい。


 畑を通り過ぎて歩くとマザープラントがむくりと顔を向けてくる。


「おはよう」


 マザープラントに声をかけて軽くなでてやると、嬉しそうに体を揺らす。


 すごい魔物に進化して体が大きくなっても根っこの部分は変わらないな。


 そのまま射撃場に向かって歩いていくと、スコーン、スコーンと軽快な音が断続的に響いてくる。


 射撃場に先客がいるのはいつものこと。


 近寄っていくと凛々しい顔つきで矢を番えるリーディアがいた。


 声をかけずに見守っていると、リーディアはフッと息を吐いて矢を飛ばした。


 射出された矢は安定した軌道で真っすぐに飛び、的の中央に突き刺さった。


「お見事」


「これくらいは当然ね」


 などと言っているが口角がきっちりと上がっており、まんざらでもなさそうだ。


 リーディアに弓矢を作ってから彼女は、毎朝の日課として矢を射っている。


 俺が起きても大概先にリーディアがいるものだ。


 リーディアから少し離れた位置に陣取る。


「ねえ、ハシラ。少しバラけたところに的を作ってくれない?」


「わかった」


 リーディアに頼まれて、俺は能力を使って木を生やしてランダムに的を設置する。


「二十個設置したぞ」


「ありがと!」


 的は遠い場所だったり、半分が木に隠れていたり、枝の上だったり。距離もバラバラで俺では絶対に射貫けない意地悪な配置にした。


 これは俺が意地悪をしているわけではない。リーディアに頼まれてのことだ。


 ただ遠い場所にある的を射貫くのはリーディアにとって簡単過ぎるらしい。


 隠れた場所にある的を探すことも含めて、リーディアは楽しんでいるようだった。


 まあ、俺は二十メートル前方にある的に当てることがやっとなんだけどな。


 弓を構えて、矢筒から矢を抜いて構える。


 しっかりと狙いを定めて矢を放つ。


 射出された矢は的の中心部分に当たることはないが、何とか円の内部に当てることができていた。


 一番目からしっかり当たるとは今日は調子がいい。やはり、的に当たるとしっかりと感触がした気持ちがいいな。


 そのまま同じリズムで矢を放っていくと、十本中の三本を円内に収めることができた。


「よし、今日は調子がいいぞ」


 最近はリーディアの指導もあってか、かなり矢が安定してきた。


 前は十本放って一本でも運よく的に刺さればいい方だった。それが三本も的に当たっているのだ。これは紛れもなく成長しているだろう。


「ねえ、ハシラ。的が十五個しかないんだけど?」


 目に見えて成長した結果に満足感を抱いていると、リーディアが尋ねてくる。


 俺が十本真っすぐ撃つだけの間に、リーディアは十五個の的を見つけ出して射貫いてしまったようだ。


 ただ普通に撃つだけじゃなく、隠された的を探し出す作業もあるはずなのに信じられない。


「残りの五個は生き物の形に変えてある。リーディアが動かなくても見える範囲だ」


「じゃあ、あの木彫りの鳥も的なのね!」


 自分の隠した的に自信にあった俺だが、あっさりとリーディアに撃ち抜かれてしまった。


 枝葉の裏に隠れていた小鳥の形をした的が射貫かれて、地面に落ちてしまう。


 リーディアは続けて視線を巡らせて矢を番えると、ピュンピュンと残りの的も射貫いていった。


「そんなバカな……」


「もう少し隠す場所を工夫するべきね。体の半分を隠したくらいじゃ隠れた内には入らないわよ」


 どうやら配置する場所が甘かったらしい。あまり体を隠しすぎてもダメかと思ったが、それではリーディアにとっては物足りなかったようだ。


 今度は窪みのところに置いて頭だけ出すようにしたり、イトツムギアリが使っている染料で枝葉と同化するように塗装してやろう。


 そうすれば、もっと見つけにくくなるはずだ。


「おー、もうやってるな!」


「おはようございます」


 密かな対抗心を燃やしているとカーミラとクレア、そしてレントたちもやってきた。


 カーミラやクレアは毎日やるわけではなく、気が向いたら参加という程度だ。


 今日は二人とも目覚めがよく身体を動かしたい気分になったのだろう。


 一気に人が賑やかになりつつも、カーミラとクレアも矢を番える。


 クレアは魔王城に仕えており、戦闘訓練も受けていたようなので普通に上手い。


 十本中、七本を中心に近い位置に収めていた。


「さすが訓練を受けていただけはあるなぁ」


「いえ、私なんてリーディアと比べると、お見せするのも恥ずかしいレベルです」


 エルフ族は弓の名手と言われているし、あれはなんというか別格じゃん?


 俺からすれば十分にクレアもすごい。


 そして、視界の端ではレントだけじゃなく、レン次郎、レン三郎、レン四郎も弓を構えている。


 強靭な肉体と強い膂力を誇るガイアノートに弓など必要ないが、彼らは彼らで矢を飛ばすことを楽しんでいるようだった。


 ちょっとおかしいのがレントだけじゃなく、レン次郎たちも俺よりも上手いことだ。特にレントは訓練を受けたクレアに近い的中率を誇っている。


 レン次郎たちはまだ慣れていないが、レントに構え方を教えてもらって日に日に上達していた。


 俺もレントに頼み込んで教えてもらおうかな。


 でも、あいつにそれを頼むのは主として癪なのでやめておこう。


「あはは、当たらんな!」


 カーミラはあまり弓矢を使い慣れていないらしく、腕前は俺とそこまで変わらない。


 クレアのように弓の訓練を受けていないのだろう。


 十本ほど撃っていたが的の端に一本しか当たっていなかった。


 情けないとは思うが、自分と同じレベルの者がいると安心する。


 カーミラは弓矢を置くと、急に魔力を練り込み始めて黒い弓を生成。魔力を収束させて黒い矢を生み出し、それを解き放った。


 膨大な魔力が織り込まれた矢は、漆黒の光を纏いそのまま的を貫いて爆発した。


 俺の設置した的が木っ端微塵になり、煙は晴れた場所には深いクレーターができていた。


 それを見て、カーミラは満足そうに頷く。


「うむ、やっぱりワタシはこっちの方が性に合ってるのだ」


 そうかもしれないけど、それはなんか違う。


「カーミラ、急に魔法を使わないでよ。びっくりするでしょ」


「お嬢様、抉った地面はきちんと魔法で埋めてくださいね」


 リーディアとクレアも突っ込むところが微妙に違うと思った。


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