第39話 魔王と取引き
突如やってきた魔王と収穫作業をやることになり、俺たちは収穫できる畑に集まっていた。
「父上、畑作業は甘くないぞ?」
「おー、カーミラの癖に言うではないか」
「魔王様、本当に収穫作業をなされるのですか?」
「当然だ。こんな面白そうな機会を逃してたまるか」
「部下の皆さんが知ったらどう思うか……」
「あいつらがいないからこそ自由にやれるんだろうが」
中でもカーミラ、魔王、クレアをはじめとする魔王一派はとても賑やかだ。
魔王はカーミラを割と自由にさせているみたいだが、親子仲は悪くないようだ。
むしろ、とても仲がよさそう。
それに対してリーディアはやってきた魔王にビビッている様子。
こんな気安い奴でも魔王という存在なので畏怖しているようだ。
俺は魔王の恐ろしさとか世間一般でのイメージがわからないから恐れようがない。
ただ強いことと偉いことくらいしかわからない。そのどちらも俺にはピンとこないが。
「じゃあ、まずはここにあるトマトを収穫するか。リーディアがトマトスープを食べたいみたいだからな」
俺たちが最初にやってきたのはトマト畑。
畝には支柱が立てられており、そこに葉っぱが生い茂ってところどころ赤い実がなっていた。全てが赤くなっているわけではないが、大分赤くなっているものが目立つようになってきている。
「しっかり赤くなっているものから優先して採ってくれよ。ヘタが反り返っていないものは完熟していない証だ。それとトマトは傷つきやすいから手で実を支えながらナイフで軸を切るように」
「「わかったのだ!」」
しっかりと注意事項を告げると、親子が元気に散らばっていった。
クレアがカーミラの後を付いていったので、俺は一番心配な魔王に付いていく。
すると、魔王は生い茂っている葉を退けながら、トマトの実を探っていた。
「お、これは赤いな?」
「いや、その実はまだ裏側が青いと思うぞ」
「む? 本当だな。その位置からよくわかったな?」
「毎日のように世話をしているからな」
さすがに毎日見ていれば、どの辺りになっている実が赤く染まってきていたかは覚えるものだ。
「それはカーミラも同じようにな」
視線の先ではカーミラとクレアがスムーズに完熟したトマトを見つけて収穫している。
トマトを収穫するのは初めてであるが、カーミラもクレアも俺のアドバイスを守って、手際よくトマトを収穫していた。
「……随分手慣れた手つきだな。カーミラが畑の世話をしているというのは本当だったのだな」
そんな光景を見て、魔王は心底感心したように呟いた。
その表情は驚きや娘の成長を知った嬉しさなどが複雑に混ざっている親の顔だった。
「最初は作物を育てることをバカにしていたが、今では人一倍熱い思いを抱いて向き合っているな」
「ふむ、ハシラの指導の賜物というやつか?」
「カーミラの純粋さがあってこそだ」
カーミラが自分で感じて選んだ道だ。俺たちはそのサポートをしたに過ぎない。
むしろ、ここまで熱中するとは思わなかった程だ。元々、農業をやる適性があったのだろう。
「それでもお前と接して変わったのは事実だ。城にいる者がこの光景を見たら驚くぞ」
トマトを収穫するカーミラを見て面白そうに笑う魔王。
以前は暇つぶしに他国にちょっかいをかける程の暴れっぷりだ。その時のカーミラしか知らない人からすれば、今の光景はそれほど衝撃的らしい。
「父上、収穫したトマトは食べてみたか? ハシラの育てたものはめちゃくちゃ美味いんだぞ?」
「おお、本当か? じゃあ、いただこう」
カーミラにお勧めされて、魔王がトマトを口にする。
すると、魔王はわなわなと肩を震わせた。
もしかして、口に味が合わなかったとか?
「……なんだこれは? 我が知っているトマトとまったく違うではないか! 酸味や旨味、香りのレベルが違う!」
どうやらあまりの美味しさに感激していたようだ。よかった、新しい作物はまだ味見をしていなかったから不安だったんだ。
試しに俺も収穫したものを食べてみると、濃厚なトマトの旨味が口の中で弾けた。
俺の知っているトマトと比べても味のレベルが違う。
「うん、トマトも美味しく育っているな」
これなら余分な味付けをしなくてもトマトスープとして美味しく頂けそうだ。
魔王はトマトに夢中で口を赤く染めながらガツガツと食べていた。
高級そうなローブが汚れているけどいいのか……。
「どうだ! 美味いだろう! ハシラの育てた野菜はアタシでも食べられるんだぞ!」
「確かにこれなら野菜嫌いのカーミラが食べられるのも納得だな」
カーミラが胸を張って自慢し、魔王が納得したように頷く。
野菜嫌いの子でも食べられる美味しいものを育てたと思うと、こちらとしても鼻が高いな。というか、単純に嬉しい。
これだけ新鮮だと塩をかけたらもっと美味しくなりそうだ。
ポーチに忍ばせておいた塩をこっそりかけて食べると、これまた塩がいいアクセントになっていて美味しい。トマトの果汁と塩味が見事に調和している。
外にいて少し汗を流してしまったので塩味が身体に染みていくようだ。
「ハシラ、私にもかけてちょうだい」
「こちらにもお願いいたします」
こっそりとやっていたつもりだがしっかりとリーディアとクレアに見られていたようだ。
仕方がなく、俺は二人のトマトにも塩を振りかけてあげた。
◆
その後は順調に育っていたキャベツ、ジャガイモ、ニンジン、タマネギなどの作物を皆で収穫し、リーディアがトマトスープを作ってくれたので食べることにした。
「うん、野菜の旨味が出ていて美味しいな」
トマトの香りがとてもしっかりとしている。
なにより野菜がゴロゴロと入っており、甘味がしっかりと出ている。
樹海で採れる食材はどちらかというと山菜的なものが多かったので、こういう一般的な野菜が食べられるとすごく落ち着くものだ。
「食材がいいからすごく美味しいわ」
「ハシラ殿の食材だからこそ出せる味ですね」
リーディアとクレアは上品に匙を口に運んでいる。
特にリーディアの匙の進みがいつもより格別に早かった。
「モチモチの実を浸しても美味いのだ!」
カーミラはモチモチの実を千切って、スープに浸して食べていた。
トマトスープの旨味はモチモチの実にとても合うだろうな。
一方で魔王は一口食べてから、ずっと固まっていた。
「どうかしたのか魔王?」
「……いや、城で出されるスープより美味いと思ってな」
なるほど、衝撃を受けて固まっていたのか。口に合わないとか言われなくてホッとした。
「わかってると思うけど、別に私はプロの料理人なんかじゃないからね?」
「ああ。やはり、ハシラが育てる作物がすごいのだな」
謙遜するリーディアの言葉を聞いて、魔王が空を仰いだ。
そして、魔王は改めてこちらに視線をやってくる。
「ハシラ、ここで育てている作物を我が国に卸してくれないか?」
「こちらとしても足りないものもあるから応じたいところだが問題がある。純粋に距離が遠くて運べないことと人手が足りなくてこれ以上の量産はできないことだ」
俺たちの住んでいる死の樹海と魔王の治める魔国ベルギオスとは大きな距離がある。
それが具体的にどれほど遠いかはわからないが、クレアの翼で片道一週間。カーミラの翼で二日程度はかかる。
「カーミラに運んでもらえば、ある程度日持ちする作物を輸送できるが……」
「えー? わざわざ運びに戻るなんて嫌だぞ?」
当の本人はここで作物の面倒を見るのがいいそうで、あまり乗り気ではないようだ。
「輸送に関しては問題ない。城には我をはじめとする部下が転移魔法を使うことができる。重量のあるものでも魔法を使えば、一気に輸送することが可能だ」
「さすがは大国だな」
「まあ、転移魔法を使えるものは部下でもかなり限られるがな」
それでもあんなすごい魔法を使えるものが何人もいるのはすごいことだ。前世のように移動手段が発達していないこの世界では、転移を使える者は無類の強さを誇るだろう。
魔国ベルギオスの豊富な人材を感じさせる。
「後は人材だな。樹海でも暮らそうと思える度胸と農作業ができる奴がほしい。後は鍛冶や建築が得意な者だ」
これは以前から皆と話し合って決めていたことだ。
農業をこなしてくれる人手と、物作りが得意なものが欲しいと思っていた。
鍛冶師、建築士、医者、靴職人、研究者、魔法使い、冒険者……などなど、何かしらの特技や専門知識や技術があるものがほしい。
俺、リーディア、カーミラ、クレアだけではできるものに限界というものがある。
だから、それを補ってくれる者たちがほしかった。
「ふむ、普通なら死の樹海という時点で絶対にこなさそうであるが、ここは安全みたいだしな」
「マザープラントにガイアノートが常に見張ってくれているしな」
「あと、樹海の魔物はハシラを怯えて大概近寄ってこないわ」
付け加えるようにリーディアが言った。
他の人と比べて、あんまり魔物と遭遇しないなと思っていたが俺は避けられていたというのか? まあ、その方が安全だし、無駄な殺傷をしなくていいから助かるけど知らなかったな。
「そのことは十分に説明することにしよう。他にこの場所の強みはないか? アピールすべき点があれば人を呼び込みやすい」
ただ危険な樹海で農業をしましょうと言っても、普通の人はやってこない。
その危険に見合うだけでの価値がないと誰もやってこないだろう。
「俺の力で作物がすぐに育って収穫できる。どんな作物でも季節に関係なく育てて食べることができる」
「それにご飯が美味いぞ!」
「山菜や薬草も豊富だわ」
「あと、イトツムギアリの糸で縫われた衣服が支給されますね」
「うーん、我がここに住みたくなってきたぞ」
俺たちの売り文句を聞いて、魔王が冗談なのかわからない不穏な言葉を漏らす。
そうしてしまうと国とか部下の人たちとかとにかく大変なことになりそうなので遠慮してほしい。
「とにかく、わかった。これなら恐らく人もやってくるだろう。その辺りは我に任せておけ」
「ああ、頼む」
これで人手も増えて、国との大きな交易もできるというわけだ。
懸念されていたいくつかの事項が解消されそうで、これからの暮らしが増々豊かになっていきそうだ。
これからもゆるりとした農家生活をおくっていこう。
第一章おわり
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読者皆さま
第一章はこれにて終了です。大きな戦いもドラマもないゆるりとした作品ですが、ここまでお付き合いしてくださってありがとうございます。
二章もすぐに更新していこうと思います。
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