第38話 カーミラの父親

「新しい作物を収穫するか!」


 休息日を楽しんでから二週間が経過した頃合い。



 クレアが持ってきて新しく植えた作物が実ってきたので、いくつか収穫してしまうことにした。


 俺の成長促進や魔石肥料の効果もあってか見事に実っているものがある。


「おお、収穫だな! 籠を持ってくるぞ!」


「私もいきます」


 収穫と聞いて一番に喜びの声を上げたカーミラがクレアを連れて籠を取りにいく。


「やっぱり、ハシラが育てた作物はとんでもない速度で成長するわね。もう収穫できるようになるなんて」


「これで新しい食材が増えるな。料理の幅も広がる」


 樹海で採れるものにも限界があるからな。やはり、一般的に流通している作物をたくさん食べられるようになるのは単純に嬉しい。


「そうね。野菜たっぷりのトマトスープとか食べてみたいわ」


 リーディアは野菜が大好きだからな。扱える野菜が増えてとても嬉しそうだ。


 そんな風にリーディアと会話していると、不意に頭上で強大な魔力を感じた。


 見上げると、真っ赤な長髪を称えた長身の男が翼を広げて立っていた。


 その顔はとても整っているが傲慢そうだ。だけど、それが不思議と気にならないようなカリスマ性のようなものを感じる。


 仕立てのいい赤と黒のローブを羽織っており、ギラギラと輝く装飾品や指輪を身に着けている。


 どこかからやってくるでもなく、その場に突然現れた。そんな感触がしっくりくる。


 容姿だけでなく、そんな突飛な現れ方をしたので一般人でないことは明らかだ。


「フハハハハ! 我は魔国ベルギオスからやってきた――」


 赤髪の男が高笑いしながら何かを告げるもマザープラントが動き出した。


 敵対行動があるにしろないにしろ、突如敷地内に侵入してきた強大な魔力の持ち主を無力化するべきだと判断したのだろう。


 マザープラントの周囲から棘の生えた毒々しい巨大な蔓が生えて、滞空する赤髪の男にそれを射出する。


 それだけでなく周囲にいるインセクトキラーやキラープラントもそれぞれ蔓を伸ばして絡めとろうとしたり、種を吐き出して射出している。


「ちょ、ちょっと待て! 国潰しのマザープラントがいるなんて聞いてないぞ!?」


 マザープラントたちの飽和攻撃に赤髪の男は顔を青くすると、すぐに姿を消した。


 標的を捕縛しようと動いていた蔓が虚しく空を切る。


 魔力の反応を追うと、一瞬にして反対方向に移動していた。


「一瞬で場所を移動したのか?」


「転移魔法だわ……ッ!」


 驚愕しながらリーディアが叫ぶ。


 ゲームや漫画などでよく聞くものだ。距離や障害物に関係なく一瞬にして場所を移動できる魔法だ。


 リーディアの驚き具合からかなり高度な魔法であることがわかるな。大抵の魔法を使いこなせるリーディアにとっては並の魔法では驚かないから。


 しかし、マザープラントたちもすぐに蔓を動かして反応していた。


 外してしまった蔓をすぐに男の方に射出。


 その度に男は転移魔法を使って蔓の網から抜け出す。


 瞬時に転移する男をマザープラントは捕らえることができないようだ。


 あんな風に自由自在に転移するのはズルいな。


「フハハハハ! いくらマザープラントであろうとも転移している我を容易に捕まえることは―ーおわっ!?」


 蔓を躱して高笑いしていたが、後ろからこっそり接近していたレントが派手にぶん殴った。


 通常ならばそれだけで即死級の威力を誇るのだが、男は防御魔法で防いでいた。


 しかし、完全に衝撃を殺すことができなかったのか派手に吹き飛ぶ。


 そして、さらに襲い掛かるレン次郎、レン三郎、レン四郎。


 ガイアノート三体が待ち構えていたかのように拳を振り上げており、ガラスを割ったかのような破砕音を上げてこちらに飛んできた。


 転移を封じるためかいつの間にか周囲にはイトツムギアリの糸が張り巡らされており、とどめとばかりにマザープラントの蔓とレントの拳が振り上げられる。


「待て待て待て! 我は魔王だ! 娘の様子を見に来ただけで敵対する意思はない!」


 絶対絶命のピンチに男は余裕をなくして必死に叫んだ。


「攻撃を止めてくれ」


 聞き捨てならない言葉が聞こえたので、俺は魔物たちに攻撃をやめるように命令する。


 すると、迫っていた蔓と振り降ろされた拳が男の目の前でピタリと止まった。


「おおー、やっぱり父上の魔力だったのか! 久しぶりだな!」


「魔王様、お久しぶりでございます」


 緊迫した空気の中、収穫用の籠を取ってきたカーミラとクレアの呑気な声が響いた。


「魔力からそうかもしれないと思っていたけど、本当に魔王なのね」


「そうみたいだな」


 カーミラとクレアの言葉からして、あの赤髪の男が魔王で間違いないらしい。


 なんか偉そうにしていた割に、すぐに命乞いをしていたから魔王っぽい威厳が霧散しちゃったな。


 でも、髪の色とかどこか偉ぶったところはカーミラとよく似ているな。


「クレア! こんなヤバい魔物がいるとは聞いていないぞ!? ガイアノートが四体もいたし、国潰しの魔物がいるではないか!?」


「報告をした後に増えたのです。具体的にはハシラ殿の手によって……」


 クレアが気まずそうにこちらに視線をやると、魔王があんぐりとしていた。


「父上はマザープラントとレントたちに襲われたんだな! よく死ななかったな!」


「キラープラントにさえ勝てなかった私からすれば、レント殿たちに襲われるだけでゾッとします」


 カーミラとクレアは既に痛い目に遭っているので、冷静にそう感想を漏らしていた。


「……魔王すらあっさり倒しちゃうってレントたちヤバくないか?」


「今までその自覚がなかったの!?」


 衝撃の事実に気付いて呟くと、隣にいたリーディアが信じられないとばかりに目を剥いていた。


 いや、だって俺は異世界人だし、この樹海から出たことがないから一般的な人や魔物の力量がわからないんだ。



 でも、そんな俺でも魔王と呼ばれる男を倒す光景を見てしまうと、過剰戦力なのではないかという実感が出てきた。とはいっても、この樹海で生き残るにはそれくらいの力は必要だしな。あまり気にしなくていいか。


「えっと、改めてお名前を伺ってもいいですか?」


「よかろう! 我の名はゼブラル=レイシス=レッドクルーズ。魔国ベルギオス治める魔王であり、カーミラの父親だ!」


 ガバッとマントを広げながら自己紹介をしてくれる魔王。


 そんな大仰な仕草も王の貫禄があると様になるものだ。こういうものも練習していたんだとすれば微笑ましい。


「念のためだけどカーミラのお父さんであってるよな?」


「うむ、父上だ」


 先程の会話でわかってはいるものの、やっぱりきちんと確認はとりたくなる。


「私はこの場所で暮らしている代表者のハシラといいます」


「うむ、クレアから報告は聞いている。この樹海を開拓している変わった人間だとな。ああ、それと言葉遣いは普段のままでいい。プライベートまでそういう対応をされると堅苦しくなる」


「では、いつも通りにさせてもらおう。今日は娘であるカーミラの様子を見に来たのか?」


「そうだ。それとお前のことが気になってな。まさか人間に娘を倒せるような強者がいるとはな」


 その目はどこか好奇心に満ちていて、おもしろいものを見つけた時のカーミラの瞳と重なって見えた。蛇に睨まれたような気分だ。


 居心地が悪いがジッとしていると、魔王の好奇な視線がツイっと移る。


「それに死の樹海が本当に開拓されているとはな。この目で見て本当に驚いたぞ」


 周囲に広がっている畑を眺める魔王。どうやら本当に驚いているようで感心したような瞳だ。


「よかったら一緒に収穫をしないか? いくつか収穫できる作物があるんだ」


「おお、面白そうだ。我にもやらせろ」


 魔王を収穫作業に誘うなんてどうかと思ったが、意外と食いついてくれた。


 やっぱり、カーミラと同じで好奇心旺盛な性格をしているらしい。


 魔王だなんだとすごい肩書きがあるが、そこさえわかっていれば接しやすいものだ。大きなカーミラが増えたと思えばいい。








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