第37話 皆で釣り
皆で釣りに行くことになった俺は、レントたちに作物の世話や水やりを任せて、湖の近くにある清流にやってきていた。
静かな樹海の中を水が流れる音だけが支配している。湖から流れている水はとても綺麗で澄んでいた。
水の中をちょろちょろと魚が泳いでいるのが見えている。
「ここにくるのはちょっと久しぶりだな。前はリーディアを釣り上げた」
「……その節は大変お世話になりました」
引き上げられた場所だと覚えていたのか、リーディアが気まずそうにしていた。
「リーディアが釣れたとはどういうことだ?」
一方、俺とリーディアの出会いを知らない、カーミラとクレアは不思議そうに小首を傾げている。
俺はリーディアと出会った時のことを二人に説明してあげると二人は笑った。
「面白そうだと樹海にやってきて魔物にボコボコにされるとはリーディアはバカだな!」
「命知らずですね」
「うるさいわね! 二人はハシラとマザープラントにボコボコにされた癖に!」
そういえば、カーミラとクレアもボコボコにされていた。
この樹海にやってくる人は、一度ボコボコにされる運命なのだろうか。
もうちょっと平和に人と遭遇したいものだ。
「さて、早速釣をしようか」
いつまでも喋っているだけなのもアレなので、俺はリーディアたちに釣竿を渡す。
釣竿は俺が木で生やしたものを成形したものだ。糸はイトツムギアリに出してもらい、針は魔物の骨を削って作った。
ここにあるものだけで意外といい釣竿ができるものである。
そして、餌にするのは道中で見つけておいた芋虫やなんかの幼虫だ。リーディアたちは虫に慣れているのか、臆することなく手で捕まえていた。
前世と違って自然環境で暮らすことが多いこの世界の人ならではの強さだろうな。
そんなわけで釣りの用意が整ったので、俺たちはバラけて移動して針を垂らす。
錘のついた針がポチャンと音を立てて沈んでいく。
事前に餌を投げて魚が食いついているのは見たので、餌が合わないということはないだろう。
リーディアは俺の対角線上に、カーミラとクレアは離れたところで針を垂らしているようだ。
リーディアとクレアは実にリラックスしている様子だが、カーミラは魚を釣り上げようと気合いこもっているように見える。
微妙に魔力まで出ている気がする。あんなに前のめりになっていては魚もビビッて逃げ出すんじゃないだろうか。
なんて心配をちょっとしながらも意識をこちらに戻す。
水の流れる音を聞きながら待ち続ける。退屈な時間のように思えるが、豊かな自然の中ではそれが存外に心地いい。
微かに魚が跳ねる音、遠くで聞こえる野鳥の鳴き声、風に揺られて聞こえる羽音やそれに乗ってくる土の匂い。ただここにいるだけで自然の息吹を感じられた。
こういうなんてことのない日常をかみしめるのがいいのだ。
「ハシラ、それ多分引いてるわよ?」
心地いい風と日差しを浴びてボーっとしていると、リーディアが声をかけてきた。
その声にふと我に返ると、釣竿がしなって手にはビクビクとした感触がきている。
これは確かに獲物がかかっている気がする。
糸をしっかりとたぐり寄せて釣竿を引っ張りあげるとイワナに似たような魚が釣り上げられた。
「おお、釣れた!」
「やるじゃない!」
のんびり針を垂らしているだけでも楽しいが、やはり釣れるとさらに嬉しいものだ。
「あっ、こっちもきた!」
木籠を作って水と獲物を入れていると、リーディアの竿もしなっていた。
そして、リーディアも見事な大きさの魚を釣り上げる。
「なにい!? ハシラだけじゃなくリーディアも釣ったのか! アタシも負けてられんぞ!」
「お嬢様、魔力が漏れていますよ。それでは魚が逃げてしまいます」
俺が釣り上げたのを見て対抗心を燃やし、それをクレアに諫められるカーミラ。
皆でくるとこういう楽しみ方もできるのでいいな。
「うう、釣れないのだ。魔法を使って捕まえてもいいか?」
「釣竿だけで釣り上げるのがルールだ」
「ぐぬぬぬ」
痺れを切らしたカーミラが大人気ないことを言ったので却下だ。
ただ単に食料として確保するならいいが、今回は休日に楽しむためのレクリエーションとしてやっているので無しだ。
あと、それをやるとどう考えても俺が勝てる未来を描けない。
だって、俺以外の三人はかなりの魔法の使い手だからな。
俺が三匹目、リーディアが四匹目を吊り上げると、太陽が中天の位置にまで昇ってきたので昼食をとることにした。
昼食はモチモチの実を焼いたものに、味付けした肉と葉野菜を挟み込んだサンドイッチもどき。モチモチの実の味は米粉パンのようなものなので、このような食べ方をしても美味しい。
リーディアは野菜多めで、カーミラは肉が多めとそれぞれの好みがよく出ている。
ちなみにクレアの持ってきたサンドは、グラベリンゴやピンクチェリーのジャムが挟まった甘いジャムサンドだ。
どうやらかなり果物が気に入っているみたいで、ジャムを塗って食べるのがブームみたいだ。
和やかに昼食を食べると釣りを再開となる。
「……ちょっと暑いな」
春から夏に移り変わるような季節になっており、最近は午後になると日差しがキツめだ。
イトツムギアリに帽子でも作ってもらえばよかったな。
周囲を見渡してみると日陰になりそうなポイントが少ない。
「ないなら木を生やして影を作るか」
俺は能力を使って地面から木を生やした。背はそれほど高くせず、枝葉を広く伸ばしてやるとちょうどいい感じに影ができた。
直射日光が遮られるだけで随分と涼しく感じられるものだな。
涼しさを堪能していると、対面にいるリーディアからジトッとした視線が突き刺さる。
遠くにいるカーミラやクレアからもだ。
「皆の分も生やすよ」
「ありがとう」
意をくみ取って言い出すと、リーディアが笑顔で礼を言って、カーミラとクレアもにっこりと笑った。
三人分の木を生やして影を作ってやると、俺の釣り竿に再び反応がきた。
「おお! 午後一番目の当たりだ!」
ビクビクッと反応がきたので引き上げると、先ほどと同じように魚が釣り上がる。
しかし、針のかかりが甘かったので宙で外れ、川の中にボチャリと落ちてしまった。
釣れたと思ったのに目の前で逃げられてしまい、あんぐりとしてしまう。
「あははは、釣りあるあるね!」
そんな俺の反応を見て、対面のリーディアが笑っていた。
次は引き寄せて木製の網でしっかりゲットしてやろうかな。
などと思っていると、今度はリーディアの方に引きがきた。
「ああっ!?」
しかし、リーディアの方もかかりが甘かったらしく、俺と同じように目の前で逃げられていた。
「ははは、残念だったな」
積極的に他人の不幸を笑う趣味はないが、先ほど目の前で笑われたので意趣返しだ。
呆然としているリーディアの顔が面白い。
「……むむむ、これハシラの作った針が甘いんじゃないの?」
「文句を言うなら自分で作ってくれて結構だよ」
釣れなかったのを俺のせいにされても困る。釣り上げるタイミングが早かったか、甘かっただけなのだろう。
「うぐぐ、ハシラとリーディアだけ魚がかかってズルいぞ!」
連続でヒットする俺たちが羨ましいのだろう、カーミラがこちらにやってきて悔しそうにする。
午前中から俺とリーディアとクレアは釣れているが、カーミラだけは一匹も釣れていなかった。
その原因はわかっている。
「カーミラはクレアの言う通りもっと肩の力を抜いて、魔力を漏らさないようにしないと。魚が怯えて逃げているぞ。ほら、こっちでぼんやりするんだ」
「ぼんやり?」
「耳を澄ませて川の音とか野鳥の声を聞いたり、深呼吸して土や葉の香りを堪能するんだ」
「おー……」
カーミラの場合見えている魚に意識をやるがあまり逃げられているからな。
逆に意識することなく獲物を待っていればいい。
しばらく二人並んでボーっとしていると、カーミラの竿に反応がきた。
しかし、カーミラはボーっとすることに没頭してか、それに気付いていない。
「カーミラ、魚が食いついてるぞ」
「お、おお!?」
目を覚ませるために頬を突いてやると、カーミラが我に返って釣竿を力強く握りなおした。
そして、魚の抵抗を感じさせないほど圧倒的な力で釣り上げる。
「おお、釣れた! 今日、初めて釣れたのだ!」
「おめでとう、カーミラ!」
「自分で釣り上げるのは楽しいものだな! よし、もっと釣ってやるぞ!」
「また張り切って魔力が漏れてるぞ」
「うう、またか?」
「そうだ。また俺が魔力を吸ってやろうか?」
魔力が漏れてしまうのならば、魔力を減らして漏れないようにしてやればいい。
「そ、それは勘弁してほしいのだ!」
後退るカーミラを見て、俺たちは笑った。
その後もドンドンと魚は釣れて、夕食は魚の塩焼きを堪能することができた。
休息日を設けてみたが皆の反応も悪くなく、また定期的にとろうということになった。
やっぱり、休息は大事だからな。また皆で釣りに行きたいものだ。
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