第36話 休息しよう


「それじゃあ、少し増築するぞ」


「ええ、お願い」


 グラベリンゴを収穫した翌日。


 女性服、採寸事件のようなことが起こらないように、鍵付きの扉のついた大部屋を増やすことにした。


 囲炉裏部屋や台所の方は人の出入りが多いので、各部屋よりも奥に大部屋を作ることに。


 家の中を作り変えて、大部屋を追加するイメージで木を生やす。


 すると、壁にあった木々や屋根が解けて、新しい部屋を追加されて瞬く間に組みあがった。


 目の前には勿論木製ではあるが、立派な鍵付きの部屋が出来上がっていた。


「こんな風に一瞬でできるとは……」


「おお、なんかぐにゃぐにゃっとしてすごかったな! 中に入ってみるのだ!」


 出来上がった扉を見て、カーミラが中に入っていく。


 ちょっとした集まりや作業ができるように中は広めに作ってある。


 数十人のちょっとした集会も開けるくらいだ。


 実家にはこのような部屋はなかったが何とか強引に増築することができたみたいで安心した。


 試しに扉の鍵を触って閉じてみると、きちんとロックがかかってくれた。


 これなら女性たちが採寸をする時や着替える時も安心だろう。同じ家で暮らしているからこそ、こういう場所は大事だ。


 カーミラもクレアとリーディアにしこたま怒られたようなので、下着姿で扉を開けることもないだろう。


「これで問題なさそうだな」


「ええ、ありがとう。助かるわ」


「それで本当に個室はいらないんだな?」


「ええ、今のままでいいわ」


「むしろ、今の方が楽しいからアタシはこの方がいいのだ!」


「私もこの方がお嬢様の傍にいれますし、ハシラ殿が変なことをしないというのはわかっていますから」


「わかった」


 どうやら本当に鍵付きの個室はいらないらしいので、しっかりとした個人部屋は作らないことにする。


 ただ、追加するのは本当に簡単なので言ってくれればいつでも作ることは言っておいた。


 大部屋を追加すると、それぞれが仕事にとりかかる。


 カーミラとクレアは作物の確認と水やりだ。


 リーディアは収穫したグラベリンゴとピンクチェリーで新しいジャムを作っており、囲炉裏部屋から甘い匂いを漂わせていた。


 俺は新しい作物を確認しながら成長促進をかけ、魔石の肥料を与える。


 すると、イトツムギアリが何かを持ってきてくれた。


 彼らが運んできたそれは真っ白な布ではなく、茶色に染まった布だ。


「おお、もしかして染色ができたのか!? 見せてくれ!」


 イトツムギアリが持ってきてくれた布を広げると、少し大きめのタオルのようだった。


 それらは茶色に染まっているが、場所によって若干薄くなっていたり、濃くなっていたりとムラが目立っていた。


「すごいじゃないか、しっかりと色がついている! でも、ムラが大きいな。もう少し均一にできるように頑張ってくれるか?」


 俺がそう頼むと、イトツムギアリは脚で頭を掻いてから頷いた。


「染色することがお前たちの得意分野じゃないとわかっているが、それでも何とか頼む」


 俺たちの衣服の発展は、イトツムギアリたちにかかっているのだ。


 非常に申し訳ないが俺には染色に使える植物などの知識はあれど、染色する技術までは知らないからな。イトツムギアリたちに頼る他にない。


 真摯に頼み込むと、イトツムギアリはしっかりと頷いて巣に戻っていった。


 だが、しっかりとタオルには色がついていた。


 俺たちの衣服に色がつくのもそう遠くないだろう。


 イトツムギアリの次なる成果品に大きな期待を寄せたいところだ。




 ◆




 魔石も集まり、作物の種類も増え、衣服も手に入るようになり、現在はイトツムギアリたちが染色の技術を磨いてくれている


 食べるものも十分あって生活には困っていない。まだまだ鉄製品や単純な人手やらと足りないものは多くあると思うが、生活はかなり順調といっていいだろう。


 そんな俺たちの生活であるが、振り返ってみれば毎日働いている気がする。


 農業には基本的に休みはなく何かしらの世話をする必要があるが、今の状態はどうなのだろうか。


 皆、毎日のように畑の世話をしたり、己のやれるべき仕事を見つけてとりかかっている。


 休日などという概念はないに等しい。


 前世のブラックな会社でももうちょっと休みという概念はあったはず。


 これはちょっとマズいんじゃないだろうか?


「皆、ちょっといいか?」


「どうしたの?」


 皆が朝食を食べ終わったタイミングで声をかけると、リーディアたちが少し驚きながらこちらを向いた。


「今日は休みにしようと思う」


「休み? 畑の仕事はどうするのだ? 作物はアタシたちが世話してあげないと拗ねるぞ?」


 一番に喜ぶと思ったカーミラが、かなり冷静に意見するので驚いた。


 てっきり何も考えずに喜ぶと思ったのに意外だ。まるで農業歴の長い爺さんのような言い方をする。


「単純な作業でできる世話はレントたちに任せるさ。畑も大事だけどたまには俺たちの身体も休めないと疲れるだろ?」


「別に私は疲れていないわよ?」


「私もです。毎日働くのが当然ですから」


「……な、なんだと?」


 リーディアとクレアから当然のように出てきた言葉に思わず慄く。


 まさか休むという概念を持っていないとは驚くを通り越して恐ろしい。


 さすがに少しくらい休まないと身体を壊してしまうぞ。


「でも、毎日働いていれば疲労も蓄積する。知らないうちに心を病んでしまうかもしれない」


「まあ、それは一理あるけど……」


「だから、今日は休息日だ。急いでやるべき仕事もないし、作業はレントたちに任せて身体と心を休めよう。やりたいことをして自由に過ごすんだ」


 俺の力強い主張に三人は驚いているようであるが、別に休むこと自体は嫌ではないようだ。


「休みと言われても何をすればいいでしょう?」


「うーん、畑でも耕すか? それか魔物でも倒すか?」


「それはいつもと同じ仕事でハシラ殿の言っている休みじゃないと思います」


 休みなのにいつもと同じことをしていては意味がない。それは労働と変わりない。


「ハシラは、何をするつもりなの?」


「のんびり釣りでもしようかと思う」


 実は前からやろうと思っていたが時間を見つけるのが難しくてできていなかった。


 前に川に行った時にやろうとしたけど、リーディアが倒れていてそれどころじゃなかったし。


「それは食料調達の仕事じゃないのか?」


「これは趣味だからいいんだ。釣れても釣れなくてもいい。のんびりすることに意義がある」


 カーミラがケチをつけてくるが、これは断じて仕事ではない。


 自然豊かな場所で釣りをすることは立派な休日らしい過ごし方だ。


 余計なことに縛られず、まったりと針を垂らす。とてもいいじゃないか。


「私のやりたいことは樹海を楽しむことだし、ハシラに付いていって釣りをするわ」


「おお、二人だけズルいぞ! アタシも一緒に釣りをやってみたいのだ!」


「お嬢様のお世話が私の使命なので付いていきます」


 どうやらリーディアやカーミラ、クレアも付いてくるみたいだ。


 一人でやるつもりであったが、皆と楽しみながらやる釣りも悪くはないだろう。


「よし、それじゃあ皆で釣りをするか」


 こうして今日の休息日は、皆で釣りをすることになった。

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