第35話 果物の収穫

「ハシラ、収穫に向かうぞ!」


 採寸が終わったらしいカーミラがやってきたことによって相談会は中断となった。


 今度は先程と違ってちゃんと服を身に纏っていたのでこちらもひと安心だ。


 個室については、女性同士が落ち着いて話し合った結果を後で聞くことにしよう。


「お待たせいたしました」


 遅れてやってきた(若干顔の赤い)クレアが合流すると収穫に向かうことにする。


 新しい作物を収穫する時はできるだけ皆で喜びを分かち合いたいからな。


「今回はカーミラのモチモチの実だけじゃなく、グラベリンゴやピンクチェリーも収穫できるぞ」


「おお、ようやくそれも食べられるんだな!」


「樹海で見かけたものをたまに食べるけど、ハシラの育てたものがどんな味になったのか楽しみね」


 俺の能力で育てたものは基本的に自生しているものよりも甘味や旨味といったものが強くなっている。


樹海で採れたもの以上に美味しいとなると、味がとても楽しみだ。


 籠を手にして、俺たちは畑に移動する。


 まずはカーミラが一から育てたモチモチの実。


 こちらは俺の能力を一切使わずに育てたものだ。


 成長促進を使っていないせいか育てるのに時間がかかったが、無事に育ってくれたようだ。


「本当に採っていいんだよな!?」


「ああ、ほとんどが収穫期だからな。というか、覚えてほしいからしっかりと大きさや張りを覚えておいてくれ」


 まだ経験が少ないので判断はしづらいところもあるだろうが、いずれは自分で見極められるようになってほしい。


 幸いにして見比べるべきものは他にもたくさんあるし、樹海の中にだって生えているからな。


「おお、わかった」


 俺が頷くとカーミラはモチモチの実を一番に収穫する。


「……むむ、やっぱりハシラの畑のものと比べると全体的な多きさと張りが劣るな」


「あっちは俺の能力で成長を促進させているからな」


 カーミラが育てたものには一切それらを使っていない。だから、実も少し小さいし、生えている枝葉も全体的に少し小さい。


「……アタシの畑もハシラの力を使ってもらうべきか?」


 俺の畑のものと見比べて、カーミラがそのように呟く。


 効率的に考えるとそうかもしれないが、ここはカーミラが楽しんで作っている畑だ。別に無理して合わせる必要はないと思う。


「今は作物も畑も増えているから食料にも余裕がある。無理に急いで作る必要はないから、カーミラの好きにしていいぞ?」


 突然、俺の加護が失われることは考えたくないが、病気や怪我とかで手を加えることができないこともあるかもしれない。


 そういう時のために能力を使わずに育てる方法も確立しておきたいと思った。


 このまま畑を広げていくと、俺が全ての面倒を見続けるのは無理もあるしな。


「そうか。なら、ここはこのままにするのだ」


 カーミラがホッとしたような笑みを浮かべて言う。


 それをクレアが微笑ましそうに眺めていた。




 モチモチの実の収穫が終わると、今度は果物畑にあるグラベリンゴとピンクチェリーだ。


 グラベリンゴはすっかりと大きな実をつけており、ピンクチェリーは鮮やかな小さな実をたくさんぶら下げていた。


 グラベリンゴをもぎ取ると、軽く袖で拭ってそのまま食べる。


 皆、そのまま籠には入れなかったらしくシャクリと気持ちのいい音が三つほど重なった。


 まずは味見。


 顔を見合わせて笑っていると、口の中にグラベリンゴの酸味と甘みが一気に広がった。


「おお、やっぱり旨味が違うな」


「樹海で採れたものよりも瑞々しいわ」


 エルフィーラの加護のお陰か、育てたグラベリンゴは野生のものよりも格段に上だった。


 旨味や酸味が増しているのは当然として、果汁が口の中で溢れるほど。


「美味いのだ!」


「こんな美味しい果物、お城でも食べたことがありません」


 カーミラは目を輝かせて食べ、クレアは感激したように食べていた。


 クレアの反応が今までで一番いい気がする。肉や野菜よりも、こういった果物の方が好きなのかもしれないな。


 普段は凛々しい表情や言動が多いので、如何にもな女の子らしい一面にちょっと驚きだ。


 グラベリンゴの芯の部分は近くにいるキラープラントやインセクトキラーにあげてしまう。


 彼らは基本的に雑食あので、こういったものでも喜んで食べてくれるのだ。


「じゃあ、次も早速味見といくか」


「ええ、そうね」


 このままグラベリンゴの収穫といきたいが、ピンクチェリーの味も気になる。


 俺の意見に誰も反対することなく収穫よりも先に味見を優先する。


 鮮やかなピンク色をした小さな実は、青々とした枝葉と対比されているようでとても綺麗だ。


 目で少し楽しんだ後に優しく指でとって、口に中に運ぶ。


 つるりとした皮の中から芳醇な香りと品のある甘味と微かな酸味。過度に甘すぎることなく、控えめ過ぎない味の主張。


「……とても上品な味だわ」


「ああ、派手な旨味はないがこれがいい」


「食後に食べたくなる味だな」


 確かにわかる。食事の後にこれを食べるのが一番気持ちいいかもしれない。


 口の中が上品な甘味でリフレッシュされるようだ。


「私、ピンクチェリーが一番気に入りました」


 そして、特に強い反応を示したのが果物好きな気配を漂わせていたクレアだ。


 普段の凛とした表情は完全に崩れ、恍惚とした表情を浮かべている上に堂々の好き宣言。


 どうやら本当にピンクチェリーが気に入ったらしい。


 そのまま二個目、三個目と口に含んで味わうようにして食べている。


「クレアがあんなに表情を崩すなんてね」


「ああ、貴重なものが見られたな」


 クレアの崩れた表情を見てリーディアと俺はクスリと笑った。


「お嬢様、お待ちください。種が邪魔なのはわかりますが、せめてハンカチの中に出すようにお願いします。イトツムギアリのお陰で布は確保できるのですから」


「えー? 面倒だなー」


 種を自分の手の平に出そうとしていたカーミラを、クレアがハンカチを渡すことで阻止する。


 まあ、女性としてはその方がいいだろうし、今となってはハンカチくらいイトツムギアリがすぐに作ってくれるからな。クレアの言う通りだ。


 ピンクチェリーを食べて顔は緩んでも、お世話係としての使命に抜かりはないようだ。


 味見も終わったところで、俺たちはグラベリンゴとピンクチェリーの本格的な収穫に移る。


 実や茎を傷つけないように丁寧に収穫していく。


 その途中でちょっとグラベリンゴやピンクチェリーをかじったりするのはご愛敬だ。


 それを含んでの収穫の楽しみといったところだ。


 黙々とやっていてもつまらないので、こういう時はとりとめもない会話をしていることが多い。


 会話の中心は主に女性陣で俺はたまに振られて答えたり、聞いたりしていることが多いが、今回はピンクチェリーということもあってかふと気になった。


「そういえば、皆の故郷ではピンクチェリーの茎を口の中で結べたらキスが上手いとか言われたりするのか?」


「茎を口の中だけで結ぶ? そんな話は聞いたことがないわね」


「私もです」


「アタシも知らないぞ」


「そうか。俺の故郷だけだったのかもな」


 特に科学的な根拠があると聞いたものでもないし、この世界にもある話ではないようだ。


「でも、ちょっと興味があるからやってみるわ」


「おお、誰が早くできるか競争だな! できない奴はキス下手なのだ!」


「いいでしょう。受けて立ちます」


 誰も知らないということでこの話題はこれで終わりかと思ったが、意外と女性陣が食いついた。それぞれがピンクチェリーの茎ごと口の中に放り込む。


 実を食べて種を出すと、それぞれがもごもごと口の中を動かしだした。


「「「…………」」」


 誰もが真剣になって口の中で茎を結ぼうとしている。


 賑やかだった収穫が一気に静かになってしまって、ちょっと気まずいな。


「できたのだ!」


 そんな空気を振り払ったのは最初に完成させたカーミラだった。


 自慢げに舌を出して、結んだ茎を見せつける。


「ええっ、嘘!? 結べてる!?」


「お嬢様にそのようなご経験があるはずがありません……っ!」


 先に結び終わったカーミラを見て戦慄するリーディアとクレア。


「フフン、経験はなくともアタシはキスが上手いらしいぞ?」


「くっ、カーミラにそう言われると腹立たしいわ!」


 この中で一番子供なカーミラに言われてしまうと確かにムカつくな。


「なんだ? リーディアは長く生きている癖にキスもロクにしたことがないのか?」


「うるさいわね! 年月は関係ないでしょ!」


 ムキになってリーディアが叫ぶ。


 意外だ。これだけ綺麗で長い時間を生きているというのにキスの一つをしたこともないとは。


 でも、なんだろう。女子の聞いてはいけない会話を聞いてしまったような気分だ。


「ハシラはどうなのだ?」


「うん? 俺はとっくに結べてるぞ」


 そう言って俺は口の中で結んだ茎を三つほど見せてやる。


 俺の地元ではこういう遊びが流行り、当時子供だった俺はキスが下手だと思われたくなかったので必死に練習したものだ。


 今となっては口の中で三つ同時に結ぶくらいは余裕だ。


「……お、おお、ハシラは経験豊富なんだな」


「「…………」」


 すると、カーミラ、リーディア、クレアが信じられないものを見るような目をした。


 マザープラントを目にした時よりもすごいかもしれない。


 そんなに俺ができるのがおかしいか。


「いや、別にこういう遊びがあったからできるわけで経験豊富なわけじゃないからな?」


 妙な誤解をしそうになっている三人に俺は必死で説明するのであった。

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