第34話 密かな採寸

「おお、グラベリンゴやピンクチェリーがもうすぐ収穫できそうだな」


 通常であれば何十年と時間をかけて育てるものが、いつの間にか収穫間近になっていることに気付いた。


 成長促進と魔石肥料のお陰でかかるべき時間が大幅に短縮され、今では大きな実がしっかりとついている。


「思えば、こいつらが異世界にきて最初に植えたものなんだよなぁ」


 そう思うと何とも感慨深く、時間の流れを感じさせる。


 やはり、最初に植えたものは他のものよりも印象に残るものだ。


 他にも作物を確認していると、クレアが持ってきてくれた作物が順調に育っている。


 トマトは既に小さな実をつけ始めているし、ジャガイモは葉を大きく茂らせている、タマネギだって根がこんもりと膨らんできて土を盛り上げてきている。


 これらも少しずつではあるが収穫に近づいてきているようだ。


 そして、カーミラが植えたモチモチの実も遂に収穫時期に突入していた。


 俺の能力を一切使用せずに育てあげたものは立派に実りをつけている。


 ここ最近は頻繁に顔を出して収穫がまだかまだかとせっついてきていたので彼女も喜ぶだろう。


「おーい、カーミラ!」


「…………」


 収穫できることを教えてあげようと声を張り上げるが反応はない。


 というか、周囲を見渡してみるとカーミラだけでなく、クレアもリーディアもいない。


「んん? ついさっきまで畑にいたはずだよな?」


 三人ともいつものように作物の健康状態を確かめたり、水をあげたりしていたはずであるが忽然と姿を消していた。


 周囲には見回りをするレントやレン次郎、山菜畑の手入れをするレン三郎、燻製小屋を見守っているレン四郎がいるのみ。


「どこに行ったんだ?」


 クレアとリーディアはまだしも、あれだけ収穫を待ち望んでいたカーミラに一刻も早く収穫できることを伝えたい気分だった。


 畑を歩いていないことを確認すると、家に戻ってみる。


「おー! くすぐったいのだ!」


 すると、玄関から左側にある個部屋からカーミラの声がした。


「おーい、カーミラ。お前が育てていたモチモチの実が収穫できるようになったぞ」


「おお!」


「あっ、お嬢様! お待ちください!」


「今は扉を開けないでちょうだ――」


 カーミラがドタドタと近づいてくる音とリーディアの悲鳴のような声。


 それを訝しんでいると扉がバンと開かれた。


 目の前には下着だけの姿にも関わらず、純真な瞳でこちらを見上げているカーミラ。肩には何故かイトツムギアリが乗っている。


 そして、奥には下着姿のリーディアとクレアが羞恥で顔を赤く染めながら立っていた。


 普段ならここの部屋はスライド式の扉で区切られているが、どういう用事かは知らないがそれが解放されて大広間になっていた。


 そのせいでどういう訳かリーディアやクレアの下着姿までも目撃してしまったみたいだ。


「ハシラ! 本当に収穫ができるのか!?」


 こんな状態にもかかわらず、カーミラは作物のことが気になって仕方がない様子。


 その喜ぶ顔と反応が見たかったが、今は勘弁してもらいたい。


「とりあえず、用事を済ませたからな」


 そう言って、いつまでも扉を閉めてくれないカーミラの代わりに俺が閉めてあげた。


「お、お嬢様! なんという格好で殿方の前に出ているのですか!?」


「お陰で私たちの下着まで見られちゃたじゃない!?」


「なんだ? ダメだったのか?」


「ダメに決まってるでしょ!」


 途端に騒がしくなる室内。カーミラを叱咤するクレアとリーディアの声が聞こえる。


 それを聞くのも何だかいけない気がしたので、俺は個人部屋から離れて囲炉裏部屋に避難することにした。


 ヨモギ茶を飲んで心を落ち着かせているとリーディアがやってきた。


 できればもう少し心を落ち着けてから来てほしかったが、来てしまったからには仕方がない。


「……さっきはすまなかった」


「別にハシラがノックせずに入ったわけでもないし、カーミラがやらかしたことだから怒るつもりはないわ。私たちが何も告げずに部屋にいたのも原因でもあるわけだし」


 リーディアは特に怒っている様子もなく、まるでいつもと変わらぬ態度を装っていた。


 装ってはいたが恥ずかしかったのか顔だけでなく耳まで赤くなっている。


 彼女の気遣いを無碍にするほど馬鹿ではないので、冷やかしたりはしない。


「そう言ってくれると助かる。それよりも三人で何をしていたんだ?」


「イトツムギアリに頼んで採寸してもらっていたのよ。私たちの衣服に関してはハシラにやってもらうわけにはいかないから」


 なるほど、だからカーミラの肩にイトツムギアリが乗っていたんだな。


 確かに女性の衣服のことは俺にはわからないし、細かく聞くようなセクハラ紛いのこともできない。


 俺がいるところで頼むのもしづらいだろうし、彼女たちがこっそりと作業を進行させるのも納得のことであった。


「なんというか気が利かなくてすまない」


「謝らなくてもいいわ。そういうのを気付かせないように進めるべきだったのよ」


「とはいえ、このままにしておくとまた同じような事件が起きそうだから対策をしておこう」


 リーディアの優しさに甘えそうになるが、それではまた同じことの繰り返しになる。


「対策ってどうするの?」


「具体的には鍵のついた広めの部屋を用意しようと思う」


 この家は前世にあった田舎の実家をイメージして作っている。典型的な日本家屋。


 涼しくて風通しはいいが隣の部屋同士の距離が近く、プライバシー性は甘いと言わざるを得ない。それにここでは俺一人で住むことを考えていたしな。


 扱いの難しい女子高生みたいな子がいれば、プライバシーがなさ過ぎてありえないと叫ぶほどだろう。


「さすがに私たちのためだけにそこまでしてもらうのは……」


「普通ならある程度苦労するだろうが、俺には簡単に作れるだけの能力があるから問題ない。それに一緒に住んでいる家族のためなんだから面倒に思ったりもしない」


「……それじゃあ、お言葉に甘えていいかしら? そういう部屋があると色々と助かるから」


「ああ、任せろ。どうせならそれぞれ鍵付きの部屋を用意するか? 今の部屋は割と隣同士も近いだろ?」


「一応、カーミラやクレアにも聞いてみるけど、そこまではしなくていいと思うわ。確かに距離は近いけど、それも賑やかで悪くないと思っているから。勿論、ハシラも男だからって気を遣って無理に離れなくていいわ」


「わかった。二人にも聞いたらまた教えてくれ」


 確かにプライバシー性は薄いが扉を開けてすぐに話すことができるし、不意に聞こえてくる声にほっこりすることもある。


 なんというか家族のような感じがして、非常に居心地がいいのだ。まるで、前世の子供の頃を思い出すようで。


 だから、リーディアにそう言ってもらえたことはすごく嬉しかった。



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