第33話 原始人からの解放
イトツムギアリに研究資料として衣服を取り上げられてから三日後。
イトツムギアリが俺に衣服を返しにやってきた。
「おお、これで原始人の服から解放される」
衣服を作るために研究として持っていかれることは仕方がないことだが、お陰で三日間はパンツと毛皮だけの原始人生活をするはめになった。
リーディアは露骨に目を背けるし、カーミラにはバカにされるので少し恥ずかしかった。
くそ、自分たちだって衣服を洗っている時は毛皮だけな癖に。
最近は女性陣も増えたことから衣服を洗濯している時は基本部屋にこもることが多くなった。
同じ屋根で生活しているとはいえ、やっぱりそういう姿は気になってしまうからな。
だけど、唯一の服を失ってしまった俺はずっと毛皮だ。食事も休憩時間も仕事もずっと原始人のまま。だから、衣服が戻ってきたのは本当に嬉しかった。
「おっ、ほつれていたところが綺麗になってる」
受け取った衣服を見てみると摩耗していた袖や裾のほつれなどが綺麗になっていた。
どうやら研究する傍ら、修繕も行ってくれたらしい。
「ついでに直してくれたんだな。ありがとう」
礼を言うと、イトツムギアリは照れたように脚で体を掻いた。
「それでそっちにあるのが作ってくれた衣服か?」
気になるのは俺の着ていた服とは別にある衣服らしきもの。
尋ねると、イトツムギアリがこくりと頷いて部下が真っ白な衣服を渡してくれた。
とても肌触りがいい。まるで上質なシルクでも使っているかのようにサラリとしており、触っただけで質の良さがわかった。
畳まれたそれを広げてみると、元の服をベースにした同じ長袖シャツと長ズボンだ。
衣服が戻ってきたので着慣れたものを着たいが、イトツムギアリからどことなく新しいものを着てほしいような期待の視線を感じたので新しいものを着てみる。
「うん、サイズも問題ないな」
俺の身体にピッタリのものをベースに作ってくれたものなので、再現したものもサイズ感はピッタリだった。背中か肩回りに張りがあったり、妙な空間ができていることもない。
まさにフィットしている。ズボンの方も同様だ。
俺が衣服を纏うとイトツムギアリたちがグルグルと回って観察してくる。
さらに俺の足を伝って登ってきて、脚で袖を引っ張ったり触ってみたりもする。
自分たちのイメージ通りに出来上がっているのか確かめているのだろう。
しばらくされるがままになっているとイトツムギアリたちは地面に降りてくれた。
「これなら衣服として使える。ただ、全部真っ白っていうのが問題だな」
イトツムギアリの作ってくれた衣服は完璧だ。これならば俺たちの衣服として使えることができる。
ただ、問題なのは色合いだ。
中に着ている半袖シャツや長袖シャツならば問題ないが、ジャケットや長ズボンまで全てが真っ白の服というのはダサい。
それに樹海の中でこの色合いは中々に目立ってしまう。
だが、色で染められるものの草木、花、木の実については加護のお陰で知識として脳内にあった。
「確か育てている作物や薬草、花なんかで染色に使えるものがあったな。レントに素材を持っていかせるから、次は染色を試してくれないか? 後、シャツや下着はそのまま増産を頼む」
注文を頼むと、イトツムギアリたちはこくりと頷いてくれた。
そのまま戻ってもらってもいいが、未完成とはいえ衣服を見事に作り上げてくれたイトツムギアリたちに何か報酬をあげたい。
「ここまでのものを仕上げてくれたお礼をあげたいんだが何か欲しいものはないか?」
そう聞いてみると、イトツムギアリはモチモチ畑に視線をやった。
「モチモチの実が欲しいのか?」
そう尋ねてみると、イトツムギアリはコクコクと頷いた。
「わかった。あれもレントに持っていかせよう」
すると、イトツムギアリたちは平服して自分たちの巣に戻っていった。
そして、畑の見回りをしていたレントに染色に使える素材とモチモチの実をイトツムギアリに持っていくように頼む。
俺たちの新しい服のためにイトツムギアリたちには頑張ってもらわなければ。
◆
「ハシラ、魔石をとってきてやったのだ!」
今日も魔石集めに出ていたカーミラがレン次郎と一緒に戻ってきた。
自慢げに掲げている魔石は強い輝きを放っており、中々の魔力がこもっているのが窺われた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「お疲れ、カーミラ。樹海の魔物はどうだった?」
「アタシの力にかかれば余裕だな! レン次郎もいるし!」
わははと笑いながら上機嫌に言うカーミラ。
魔王の娘だけあって、カーミラは樹海に魔物を相手取ることができるようだ。
「レン次郎もしっかりと活躍しているか?」
レントが戦う様は何度も目にしているが、新しく作り出したレン次郎たちの強さを俺はよく知らない。ガイアノートなので弱くはないが、ちゃんと戦えているだろうか?
「ああ、強いぞ。戦いにおいてクレアよりもよっぽど役に立つ!」
「……お嬢様、ガイアノートと私を比べないでください」
ハッキリと告げるカーミラの批評にクレアがさめざめと涙を流していた。
カーミラのその素直さは、よくも悪くも人を傷つけることがあった。
なにはともあれ、レン次郎たちも樹海の魔物を相手取ることができるようで安心した。
「カーミラのお陰で魔石もかなり増えてきた。そろそろ、畑の世話を手伝ってくれるか? クレアが持ってきてくれた作物の世話が忙しくなってきてな」
うちにあった魔石はマザープラントが食べてしまったのですっからかん。
だが、ここ最近はカーミラたち大量の魔石を持って帰ってくれたので以前の数を取り戻し――というか以前よりも多くなっていた。
また大量に与えるようなことをしない限り、これらの魔石は当分なくならないだろう。
つまり、急いで魔石を集める必要がなくなった。
「おお、わかったのだ!」
カーミラが嬉しそうに笑って畑の方に走っていく。
そんなカーミラを眺めてクレアが穏やかな表情をする。
「お嬢様があんなに嬉しそうに畑仕事にとりかかるなんて。以前のままであれば、絶対に魔物狩りを続けたがっていたでしょう。本当にお嬢様は変わりました。」
「そうだな」
最初に出会った頃のカーミラはとにかく退屈そうで、尖っていた。
クレアから暇を紛らわせるために各地を飛び回り、ちょっかいをかけていたとも聞いた。
そんな少女が畑の世話をすることに喜びを見出すようになったとは人とは変わるものだな。
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