第32話 イトツムギアリ

 カーミラがレン次郎を連れて樹海に行くのを見送った俺は、マザープラントから貰った種を拡張した畑の周りに植えることにした。


 適当な場所を見つけて、そこに種をまいて水をやり、成長促進をかけてやる。


 すると、インセクトキラーだけでなく、キラープラントも生えてきた。


 マザープラントはどうやらキラープラントを増やせるようになったようだ。以前のキラープラントだけでも過剰戦力気味だったのに、それが無限に増えていくのか。


 国潰しなどという物騒な魔物にカテゴライズされてしまうわけだ。


 だけど、ここにいる奴等はそんな酷いことをする魔物ではない。畑を守ってくれる良き隣人であり、家族だ。邪見にするはずもない。


 拡張した畑の周りにインセクトキラーとキラープラントを植え終わると、イトツムギアリの様子を見に行くことにした。


「レント、付いてきてくれ」


 レントに声をかけると、素直に俺の後ろを付いてくる。


 イトツムギアリはクレアを迎えに行く際に、レントが拾ってきた魔物だからな。


 どういう状況でそのなるに至ったのかは知らないが、レントが一緒にいてくれた方がいいだろう。


 イトツムギアリが巣にしているだろう木に近寄ってみると、大きなキャベツのようなものが出来上がっていた。


「……なんだこれ。あいつらの巣なのか?」


 何千枚もの葉っぱをつなぎ合わせて構成しているのだろう。何十にも巻かれている巣は、まるでシェルターのように堅牢そうだ。


 俺たちの傍にいる魔物たちの発展が目覚ましい。


 思わず走ってヘルホーネットの巣を見に行ってみたが、こちらは花畑から蜜を調達しているだけの平和な光景が見られた。


「どうかされましたか?」


 ヘルホーネットたちを観察していると、心配になったのか巣箱から女王が出てくる。


「いや、ちょっと様子を見にきただけだよ。今のところ不便はないか?」


「お気遣いありがとうございます。今のところ何の不便もございません」


「そうか。ならよかったよ」


 巣が何倍にも大きくなっているだとか、女王が妙な進化をしているとかはなかった。


 うん、普通に活動をしているようだ。


 ヘルホーネットに変わりがないことに一安心して、イトツムギアリの巣に戻ってくる。


 木の上では依然としてキャベツのような層になっている巣が存在している。中はどうなっているのかはまったくわからない。


「おーい、イトツムギアリに代表者はいるか?」


 とりあえず、声をかけてみると葉っぱの隙間から大きなイトツムギアリが出てきた。


 多分、レントが最初に連れてきた個体だと思う。


 イトツムギアリは即座に木から降りると、すごい勢いでこちらに寄ってくる。


 そして、ぺこぺこと頭を何度も下げる。


 遅れてしまって大変申し訳ございません、そんな言葉が聞こえてきそうなぐらいイトツムギアリの姿勢は低くて従順だった。


「なんかやたらと腰が低いけどレントは何をしたんだ?」


「…………」


 気になって尋ねてみるも、話すことのできないレントが何かを語ることはない。


 これは改めてクレアに聞いてみる必要があるな。クレアなら従順にするまでの経緯を見ているかもしれないし。


 にしても、ヘルホーネットの女王は話すことができるのに、イトツムギアリの代表は話すことができないのが謎だった。あいつらとどのような差があるのか。


 まあ、喋れなくてもこちらの意思をくみ取り、言葉を理解できるほどの知能があるから問題はないか。


「改めて名乗るけど俺はハシラ。レントの主人でここで生活している人間の代表者みたいなものだ」


 俺がそう言うと、イトツムギアリはぺこぺこと頭を下げながら頷く。


 どうやらそういう情報の共有はなされているのか、現状について理解しているようだ。


「俺たちは可能な限り、君たちが欲しいものを与える。その代わり、君たちが作り出せる糸を分けてくれないか? そして、可能なら糸を紡いで布製品を作ってほしい。こういう形をしたタオルとか」


 本当は衣服が欲しいが、すぐにできるかはわからないので今は気軽に使えるタオルや布巾といったものが欲しかった。


 地面にタオルがどのような形をしたものかと見せると、イトツムギアリは部下を呼んで尻尾から糸を出させ、目にも止まらない動きでそれを編んでみせた。


 恭しく渡されたものを受け取ってみると、とても肌触りのいいタオルだった。


「おお、いいタオルじゃないか!」


 フカフカで吸収性も良さそうだ。これならすぐにでも使うことができる。


 これからは水気をパッパと飛ばしたり、服で拭うようなことをしなくていいんだな。


「想像以上の出来だ。これと同じサイズとさらに大きいものを二十枚ずつ作ってほしい」


 そう頼むと、イトツムギアリは素直に頷いてくれた。


 よかった、請け負ってくれて。それくらいあれば日常生活で不便することはないだろう。


「あと、俺が身に纏っている衣服を作ることはできるか?」


 タオルが簡単にできるようなら衣服も頼んでみたい。


 頼んでみると、イトツムギアリは俺の周りをくるくると回って観察してくる。


 どうやら衣服の構造の理解しようとしてくれているらしい。


「もっと近くで見て触ってもいいぞ」


 イトツムギアリからすれば未知のものだ。タオルのような簡単な形はしていないので、どのようになっているか理解する必要があるだろう。


 レントが気を利かせてイトツムギアリ持ち上げて近付ける。


 イトツムギアリは職種や足を動かして、服を触ったり、引っ張ったりしている。


 ちょっとくすぐったいが、服を作るためなので我慢だ。


 しばらく衣服を好きに触らせていると、レントがイトツムギアリを下ろして何か話し始めた。


 そこでの会話は一応成立するらしい。魔物と精霊の仕組みがまったく理解できない。


「難しそうか?」


 二体の会話が落ち着いたところで尋ねると、レントが急に両手を上げて万歳をし出した。


 思わず真似をして万歳をすると、レントが俺の服を容赦なく脱がしにかかる。


「わかった! 服の構造を知るために脱げってことだな? 自分で脱ぐから!」


 精霊に無理矢理服を脱がされるような特殊な趣味はないので、自分の手で衣服を脱いでいく。


 最後にはパンツまで脱がそうとしてきたがそこは死守した。


 イトツムギアリは物腰こそ低いが、衣服に対する執着は強いのか結構強気だった。


 パンツも作ってもらおうと思っているが、さすがに今は外だ。時と場所を考えてほしい。


 パンツ一丁でもギリギリだというのに。


 俺が脱いだ衣服をイトツムギアリは興味深そうに調べる。


 そして、しばらくすると部下を呼んで衣服を持ち上げて巣に運んでいく。


「おい、ちょっと待て! 俺の一張羅だぞ!?」


 慌てて静止の声を上げると、イトツムギアリは振り返ってぺこり。


 だけど、衣服を返すこともなく巣の中に入って行ってしまった。


 多分、衣服をゆっくりと皆で研究して再現にとりかかるのだろう。


 その心意気はわかるが、いきなり衣服を持っていかれるとちょっと困る。


「……ハシラ。なんて格好してるのよ」


「いや、これは違うんだ」


 呆然としていると畑仕事をしていたリーディアに白い視線を向けられてしまった。


 ちゃんと事情を説明したらわかってくれたものの、リーディアの変態を見るような視線にはちょっと傷ついた。


 そして、レン次郎と共に戻ってきたカーミラには笑われた。



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