第31話 マザープラント
焼き肉パーティーの翌日。しっかりとした睡眠をとり、朝食を済ませた俺は仕事にとりかかることにした。
育てている畑の全てを回って成長促進をかけてやる。
とはいっても、毎日かけてやるわけではない。
それぞれの作物の成長具合を見ながら調節している。程度としては二、三日に一回程度だろうか。魔石を肥料にしていることもあってか、毎日かける必要はそれほどないのだ。
視界の端ではレントをはじめとするガイアノートたちが畑に水をやっている。
水やりは水魔法が得意なリーディアが主に担当していたが、畑が広大になってしまったので今ではレントたちが担当している。
頭に葉っぱを増やしたガイアノートが四体も動いていると仲のいい四つ子のようで微笑ましいな。
「おはよう、キラープラント」
今日もしっかりと畑を見張ってくれているキラープラントに挨拶をし、成長促進をかけてあげる。
すると、キラープラントはいつものように身体をくねらせて喜ぶ。
「お前もかなり大きくなったな。もう元の大きさよりも大きくなっているんじゃないか?」
自らの意思で種となって移植されたキラープラントであるが、もう最初に出会った時よりも大きい気がする。
それなのにまだまだ成長が止まる気配はない。一体、どれほど大きくなるんだろうな。
「そうだ。また畑を増やしたからインセクトキラーの種をくれるか? あと、できればお前の子分みたいなのもいたら助かるんだけど」
畑が増えたことによって守るべき範囲も増えた。キラープラントも俺と同じように蔓を生やせるので広範囲をカバーできるが、近づいてきた魔物への対処は遅れるだろうし、牽制することはできない。
できることならキラープラントを増やして、全域の防御力を上げたい。
そう願うとキラープラントは蔓を生やして、俺のポーチを叩いてきた。
そこにはキラープラントやインセクトキラーのおやつとして小さな魔石が入っている。
「んん? 魔石が必要なのか?」
尋ねてみるとキラープラントはこくりと頷いた。
「これくらいの魔石でいいのか?」
そう尋ねると、キラープラントは首を横に振って、蔓で大きく、たくさんと言うようなジェスチャーをしてみせた。
どうやらおやつ用の魔石では、キラープラントの子分を作れはしないようだ。
「わかった。大きい魔石を取ってくる」
なんの消費もなしに作れなんて都合が良すぎだしな。畑の肥料や緊急時の換金物として魔石を貯蔵していたが、畑の防衛力を高めるために使ってしまおう。
別に魔石でなくても素材だけで換金するには十分だ。
そう決めて家の貯蓄部屋にある大きな魔石を取ってくる。
アーマードベアー、緑鹿、デビルファングをはじめとした魔石の他に、レントがどこかしらで倒して、手に入れてきた大きな魔石。それを全部引っ張り出して、キラープラントの前に持ってくる。
すると、キラープラントは蔓でそれらを持ち上げて、ガツガツと食べ始めた。
これだけあれば十分だろうと思えたが、キラープラントの食事は止まらず全部食べられてしまった。
まさか全部食べてしまうとは思っていなくて驚いていると、キラープラントの体が震え出した。
キラープラントの体がグングンと大きくなっていく。成長促進を急激にかけたかのような成長スピードだ。体全体が大きくなるにつれて、枝葉が伸びて、花も大きなものへと変わる。蔓についている棘もより大きく、禍々しくなっていく。
そして、気が付くとキラープラントは俺たちの住んでいる家の二倍以上の大きさになった。
体から伸びている枝葉の先には美しい大輪の花が咲いている。
「……お前、また大きくなったな」
すっかり立派に育ってしまったキラープラントを見上げて呆然と呟く。
なんというか、もう全体に見た目が変わっているのでキラープラントとは違う気がする。
樹海の魔物の魔石を体内に取り込むことによって、魔力量もかなり増えているな。
明らかにラスボスとか裏エリアのボスのような佇まいだ。その辺にいたら絶対にダメなやつ。
この世界の魔物についての知識がない俺でも、それくらいわかってしまうほどの威圧感だった。
【マザープラント】
数千年に一度、生まれる伝説級の魔物。
あらゆる動植物から栄養を吸収し、成長し、凶悪な能力を持つ植物型の魔物を増やして勢力を拡大していく。過去にはいくつもの国を滅ぼしたこともあり、国潰しの魔物の一体でもある。
ジッと眺めていると、脳でそのような知識が流れてくる。
本当にそこら辺にいたらダメな魔物だった。
「ちょっとハシラ! すごい魔力の気配がしたんだけど!?」
「敵か!? 敵がやってきたのか!?」
「お嬢様、不用意に飛び出しては危険です!」
これにはそれぞれの仕事にとりかかっていたリーディア、カーミラ、クレアも驚いて出てきたようだ。
そして、俺の前にいるキラープラントだったものを見上げて、ポカンとした表情になる。
「キラープラント……なのよね?」
「だが、この強さは明らかにそれじゃないぞ?」
「どうやらマザープラントいう魔物になったらしい」
首を傾げるリーディアやカーミラに告げるが、あまりピンときていないようだった。
そこら辺に現れる魔物じゃないだけに二人の知識にもない魔物のようだ。
「お、おかしいですね。それは古文書に記されていた国潰しの魔物だったような……存在が確認されれば、国同士が一致団結して倒すような存在……」
しかし、クレアは知っていたようでこれ以上ないほどに顔を青くしていた。
どうやらマザープラントについての記述を目にしたことがあったようだ。
「大丈夫だ。あいつはそんなことをする奴じゃないし、もしもの時は俺が止められるから」
どんなに凶悪な魔物であろうとも、植物である以上は俺に逆らうことはできないのだ。
「つまり、ハシラ殿は国潰しの魔物を従えているということになりますよね?」
「……あれ? そういう事になっちゃうのか?」
「そういうことになります」
「まあ、あれだ。俺たちは仲間なわけだし関係ないな」
「そ、そうですね。本当に仲間になれたことが幸運でした。そして、この姿になる前に出会っていたことも」
多分、マザープラントの状態で敵対していたら、とんでもないことになっていただろうな。
それがわかっているからだろうか、クレアが心から幸運をかみしめているようだった。
「それにしてもどうしてキラープラントがこうなったの?」
不思議がるリーディアに俺はこうなった経緯を説明する。
すると、キラープラントがこうなってしまったのもリーディアは納得したようだ。
「あそこにあった魔石全部あげちゃったのね。まあ、あそこにある魔石はハシラとレントが採ってきたものだから文句はないけど、こういうことをする際は声をかけてちょうだいね。ビックリして心臓に悪いから」
「ああ、わかった。驚かせてすまない」
あれだけの量の魔石を食べられるとは思ってなかったし、こんな風に変わるとは思っていなかった。精々、たくさんの子分を生み出すのに必要だと思っていたんだがな。
だけど、あれだけの魔石を持ち出していたのだ。事前にリーディアたちにも相談するべきだっただろう。
俺やレントは採ってきたものとはいえ、共有財産みたいなものだと俺は考えている。今後は気を付けないといけないな。
「魔石が無くなったということは補充する必要があるよな?」
「ああ、そうだな」
「それじゃあ、アタシは久しぶりに魔物退治に行っていいか?」
農業が大好きになったカーミラであるが、基本的にはお転婆で暴れん坊だ。
たまには派手に動きたくなることもあるだろう。魔石がすっかりなくなってしまって困ってしまった現状では、カーミラの提案はありがたいものだった。却下する理由はない。
「そうしてくれると助かる」
「クレアかリーディアも付いてくるか?」
「勘弁してください、お嬢様。私では逆に狩られてしまいます」
「私もカーミラには付いていける気がしないから」
カーミラに視線を向けられて、ソッと視線を逸らしながら言う二人。
「つまらんなぁ。じゃあ、ハシラがくるか?」
「いや、俺はここでやることがあるから。代わりにレン次郎を連れて行ってくれない? どれだけ戦えるか確認して欲しいんだ」
レントと同じように生み出したが、戦力にどの程度の差があるのか気になる。
「わかった。あの葉っぱが二枚生えてるやつだな! それじゃあ、連れて行ってくる!」
カーミラはレン次郎に声をかけると、背中から羽を生やして飛んでいき、レン次郎も猛スピードで追いかけていった。
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