第30話 調味料のある焼肉

 種蒔きを終えた俺たちは、家に戻って夕食を食べることにした。


「ここがハシラ殿の作った家……想像よりも遥かにしっかりとした造りですね」


「待つのだ、クレア! 家では土足禁止だぞ!」


 感嘆の声を上げながら玄関を入っていくクレアをカーミラが咎めた。


「ええ? 靴を脱ぐのですか?」


「そうしないと家が土で汚れてしまうからな!」


 驚くクレアに自信満々の様子で教えてあげるカーミラ。


 カーミラがやってきた初日に俺が同じようなことを注意したが、今では教える側だ。


 そんな微笑ましい光景が展開されながらも、俺たちは家に上がっていく。


「足がスース―して変な感じです」


「慣れれば快適だぞ?」


 靴を脱いだ状態でくつろぐのが珍しいのか、クレアはちょっと戸惑い気味だった。


 まあ、そこはカーミラの言う通り慣れだな。


 囲炉裏の火をつけてお湯を沸かし、ヨモギ茶を作ってホッと一息。


 部屋に漂う木々の香りとヨモギの柔らかい香りが気分を落ち着かせてくれる。


 休息の時間はこうやって囲炉裏部屋に集まるのが俺たちの日課だった。


「今日は何を食べる?」


 ヨモギ茶をすすってのんびりしていると、リーディアが尋ねてきた。


「それなら決めている。焼き肉だ」


「おお、肉か!」


 俺の一言に肉が大好きなカーミラが激しく反応する。


「なんといっても今日はクレアが調味料を持ってきてくれた。これを美味しく味わうには焼き肉が一番だろ!」


 ここで食べることのできる肉は絶品だ。だからこそ、何の調味料がないのは歯がゆくて仕方がなかった。


しかし、今の俺たちにはちゃんとした調味料がある。


 今こそ、きちんと味付けのなされた肉を食べる時だ。


「はいはい、わかったわ」


 俺の熱弁を聞いて苦笑いしながら頷くリーディア。


「カーミラ、クレアを畑に案内するついでに付け合わせの山菜とモチモチの実を採ってきてくれ」


「わかったのだ。行くぞ、クレア! 案内してやる!」


「お願いいたします、お嬢様」


 俺がそう頼むと、カーミラはクレアを連れて外に出ていく。


 俺は地下にある食料貯蔵庫から緑鹿、デビルファングの肉をとって台所に戻る。


 肉を食べやすい大きさに切ると、クレアの持ってきてくれた調味料の出番。


「この赤い粉は何だ?」


 塩胡椒の他に赤い粉みたいなものが瓶に入っている。


「チリの実を乾燥させて粉末状にしたものよ。ピリッとした味になって肉にもぴったりよ」


「おー、これも揉み込んでみるか」


 どうやらこれも使えるみたいなので塩胡椒と一緒に揉み込んでやる。


 肉に調味料を揉み込めるなんて夢のようだ。これで味気ない肉とはおさらば。


 肉の下処理を終えると、フライパンにオリゴオイルを垂らして焼いていく。


 石のフライパンからジュウウウと脂の弾ける音が響く。


「いい匂いね」


「まったくだな」


 調味料をもみ込んでいるお陰か、肉がいつにも増して暴力的な香りを放っていた。


 今すぐに手を伸ばして食べてしまいたいくらいだ。


「クレア! 早く戻るぞ! 肉が焼かれている!」


「ああっ! 待ってください、お嬢様!」


 外ではカーミラとクレアのそんな慌てる声と足音が聞こえてきた。


 焼ける音、もしくは匂いに気付いたのか。


 別にすぐになくなるわけでは……いや、一番に俺たちが食べてしまう可能性は否定しきれないな。それくらい目の前で焼かれている肉は美味しそうだった。


「ハシラ、畑から採ってきたぞ」


「それじゃあ、お湯を作って山菜を湯がいてくれ」


「クレア、お湯だ!」


「はい、お嬢様」


 早く肉が食べたいのかカーミラが鍋の用意をして、クレアがすぐにお湯を作り出した。


 ここにいる皆は当然のように魔法を使いこなせるんだなぁ。俺はまだまだ使いこなすことができないので羨ましい限りだ。


 そんなことを思いながらしっかりと肉を焼き上げてお皿に盛り付ける。


 魔法によって時間が短縮されたお陰か山菜もすぐに茹で上がり、盛りつけられた。


「おお、美味そうなのだ!」


「早速、食べようか」


 俺の言葉を合図に囲炉裏を囲うように座っていた皆がナイフとフォークを伸ばした。


 まずは大きな緑鹿のステーキを切り分けて、口に運ぶ。


「……美味い」


 本当に美味しいものを食べると言葉が出なくなってしまう。


 今まで味付けなしで何度とも食べていた肉であったが、きちんとした味付けがあるとこうも味が違うのか。野生の脂身と塩胡椒が絶妙なハーモニーだ。


 寝ぼけたような味にはなっておらず、味がとても引き締まっている。


 しっかりとした味付けだからか、主食のモチモチの実もよく進むな。ご飯があれば、なおのこと最高だ。無いものを望んでも仕方がないが。


「いつもの味と全然違うわね」


「これが調味料の力だな」


 調味料を手に入れて、緑鹿の本当の美味しさに気付くことができた気がする。


 緑鹿のステーキを食べると、次はデビルファングだ。


 こちらは塩胡椒だけでなくチリの実の粉末も混ぜ込んであるために赤っぽく、スパイシーだ。


 食べてみると辛味の効いた味が口の中に広がる。


 デビルファングの濃厚な脂身とチリの実の旨味がいい感じに混ざり合っている。


 味が濃いのでモチモチの実との相性も抜群だ。食欲がドンドン湧いてくるようだ。


 デビルファングの肉を食べると、付け合わせの山菜を食べ、水を飲んで口の中をリセット。


 美味しい肉のループがとにかく最高だ。


「いつもより味がガツンとしていていいな! こっちの赤いのはピリッとしていて癖になる!」


 カーミラはチリの実の混ぜ込んだものがお好みのようだ。


「お嬢様、もう少し小さく切り分けてお食べください。品がありません」


「そう硬いことを言うな。肉は大きいのを食べるのがいいのだ」


 大きなステーキをもりもりと食べるカーミラを注意するクレア。


 魔王の娘のお世話係だけあって、クレアの食べ方はとても綺麗だった。


 事実上仕事から解放されているというのに、しっかりと面倒を見るとは真面目だな。


 でも、カーミラのお世話係も大変そうだ。素直ではあるが、まだまだ子供なので道理を全て理解するのは難しいだろうし。


「まあ、今日は久しぶりの調味料を使った料理だ。大目に見てやってくれ」


「そうですね。ところで、このお肉は本当に美味しいですね。なんの肉を使っているのでしょうか?」


「緑鹿とデビルファングだ」


 表情を緩めていたクレアがそれを聞いて、表情を強張らせた。


「ま、まさか、あの超危険な魔物の肉を知らずに口にしていたとは……」


「国ではあまり食べられないのか?」


「そもそも狩れる人があまりいないので……」


 やはり樹海に生息している魔物だけあってか、かなり強い魔物らしい。


 城勤めのクレアでも食べたことがない程だったとは。


「ここでは、これらのお肉は日常的なものだから」


「それは幸せなことですが常識が狂ってしまいそうです」


 ここじゃあ、普通のウサギや鳥の方が少ないからな。必然的に食卓に並ぶのは緑鹿やデビルファングのような食べられる魔物が中心だ。


 世間では中々食べることができない肉らしいので、いつも以上に味わうことにしよう。


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