第29話 新しい作物

 カーミラが樹海イチゴを収穫して一週間後。遥か北の空で一筋の炎が立ち昇った。


 それは一回ではなく、二回、三回と断続的に空高くに立ち昇っている。


 樹海で自然に炎が巻き上がるはずがないし、魔力の残滓も感じた。


「……あれってもしかしてクレアの合図か?」


「あの魔力はクレアだな!」


 ちょうどクレアが出ていってから二週間ほどが経過しているし、カーミラもそう言っているので間違いないだろう。


「レント、火の昇った方角にクレアがいるはずだから迎えに行ってあげてくれ」


 そう頼むと、レントはこくりと頷いてから北の方角に走っていった。


 見送ってからしばらく作業をしていると、レントがクレアを引き連れて戻ってきた。


 が、その隣には緑がかった蟻もいる。大きさは二十センチくらいだろうか。


 レントは家の傍にある大きな木に連れていくと、蟻に登るようにジェスチャーした。


 蟻は戸惑いながらもこちらに軽く頭を下げてから、木に登っていった。


「クレア、よくぞ戻ってきたのだ」


「ただいま、帰還いたしましたお嬢様」


 ‥‥クレアの帰還を歓迎したいのだけど、蟻の存在が非常に気になる。


 あいつは一体なんなのか。


 レントに聞いても喋れない。ただ、コイツのことだから無意味に連れてきたのではないと思う。


「なあ、リーディア。さっきの蟻は知ってるか?」


「イトツムギアリだと思うわ」


「それはどんな奴だ?」


「樹上で生活する蟻の魔物よ。糸を吐き出し、葉っぱを紡いで巣を形成するわ」


「もしかして、糸を目当てに連れてきてくれたのか」


「きっとそうね。布製品が欲しかったからすごく助かるわ」


 今の環境では布や服を作ることができない。俺もリーディアも一張羅の服を洗濯し、使い回していた。


 それでも何とかなってはいるが、いい加減服もよれてきてしまったしな。洗っているとはいえ、ずっと同じ衣服というのも抵抗がある。特に女性であるリーディアは尚更の想いを抱いていただろう。


 それに衣服を乾かしている際最中は、服がなくて毛皮を纏っているだけの原始人のような服装になってしまうのだ。


 俺はまだしも、女性であるリーディアの際どい姿を直視するのは微妙に気まずかった。


 気軽に使える布やタオルだって欲しかったし、もろもろの問題を解決してくれそうなのでイトツムギアリには大きな期待だな。


 ひとまず、イトツムギアリを連れてきてくれたレントに礼を言っておく。


 樹上での巣作りがひと段落付いたら様子を見に行ってみよう。


「クレア、無事に国に報告はできたか?」


 イトツムギアリについてわかったところで、俺は再会を喜んでいるクレアに尋ねる。


「魔王様も驚いておいででしたがお嬢様が滞在する許可を無事に頂けました」


「それはよかった」


 これでカーミラのパパが襲い掛かってくるような未来は回避できたとみていいだろう。


 起こり得る大きな問題を回避できたことで俺はホッとした。


「ということは、クレアもしばらくはここにいられるんだな?」


「はい、遠慮なく羽根を伸ばして―ーじゃなくて、お嬢様のお世話をさせていただきます」


 そう宣言するクレアの表情はとても晴れ晴れとしたものだった。


 思いっきり本音が出ているが、そこは聞かなかったことにしよう。


 俺も前世では仕事に忙殺されていたので、その気持ちは痛いほどわかるから。


「ただ、ここの生活を向上させるために、たまに戻ることにはなりそうですが……」


 俺たちが樹海で暮らしていくのは問題ないが、生活の質を考えれば仕方がないだろう。


 ここでは鉄や調味料といったものが手に入らないのだから。


 その時は、今回と同じようにレントをつけて手厚く護衛することにしよう。


「クレア、頼んでいた作物や調味料は持ってきてくれたか?」


「はい、勿論です」


 俺が尋ねると、クレアが大きな布袋を広げてみせる、


 そこにはたくさんの作物の種が瓶に入っており、作物の名前が記されていた。


 トマト、ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、カボチャ、キュウリ、大根、ホウレンソウ、トウモロコシ、ブドウ、ナス、キャベツ、ニンジン、タマネギ……などなど、他にも調味料や綿花らしきものもある。


「ハシラ殿の能力は聞いていたので、季節を考慮することなく様々な種類の作物を持って参りました」


 俺の成長促進や魔石肥料を使えば、天候や気温をある程度無視して育てあげることができる。勿論、旬の時期に育てるのが一番美味しくなるのだが、一年中どんな作物でも育てることができるのだ。


 エルフィーラの加護でそのような恩恵があることがわかっていたので、俺はクレアに季節関係なく幅広い種類のものを持ってくるように頼んでいたのであった。


「さすがは魔国ベルギオス。作物の種類が豊富ね」


「色々な作物が増えるのだ」


 リーディアやカーミラも新しい作物がきて嬉しそうだ。


「それじゃあ、早速種を植えていくか」


「うむ、この日のためにたくさん畑を作っておいたからな!」


 クレアが持ってきた種を持って、俺たちは新しく作った畑へと移動する。


 そこにはカーミラと俺を中心に作りまくった畝がたくさん広がっていた。綺麗な畝がずらりと並んでいるととても気持ちがいい。


「二週間前よりも遥かに畑が増えてますね」


「ちょっと増やしすぎよね」


 クレアとリーディアがちょっと呆れている。


 新しい作物が増えるのが楽しみ過ぎて頑張り過ぎてしまったようだ。


「ま、まあ、それは否めないな」


「土を耕していくのが面白かったのだ!」


 俺が冷静になって気まずくなる中、カーミラは気にすることなく開き直っていた。


 うん、カーミラのいう事に同感だ。新しい種に期待を膨らませながら、土を耕すのはとても楽しかったのだ。作ってしまったものはしょうがない。


「この畑を全て使ったら絶対に人手が足りないわ」


 最近は作物の管理に力を入れてくれているリーディアが断言した。


 キラープラントやインセクトキラーのお陰で獣や魔物、虫への対策は最小限で済むとはいえ、これだけ多くなった畑を五人で管理するのは難しいか。


「なら、レントの仲間を増やすか」


 ガイアノートであるレントを増やせば、単純な労力としてでなく戦力も増える。


 レントの仲間を増やすイメージで木を生やすと、それがあっという間に人型になって三体のガイアノートが生まれた。


「おっ? 頭に生えている葉っぱが増えているな?」


 見た目はレントとほとんど変わりないが、頭にちょこんと生えている葉っぱの数が違っていた。


 二枚、三枚、四枚と生えている数が違う。次男、三男、四男みたいな感じでわかりやすいな。これならパッと見で誰だか区別がつきそうだ。


 二枚のやつをレン次郎、三枚をレン三郎、四枚をレン四郎と名づけることにしよう。


 センスは皆無であるがわかりやすさを重視だ。


「おお、レントが増えたのだ!」


「ガイアノートがこんなにもあっさりと生まれて……」


「死の樹海のど真ん中に住んでいるから心強いけど、明らかに過剰戦力ね」


 増えたガイアノートを見てカーミラが無邪気に喜び、クレアとリーディアは呆然としていた。


 レント一人でもすさまじい戦力だったので、それがさらに三体も増えればそう思うのも無理はないな。


「これで畑をフルに使って作物を育てることができるな」


 十分に労働力が増えたところで、俺たちは新しい作物の種を植えていく。


 それぞれの畑に何を植えるかを決めて丁寧にだ。


 トマトの種を植えると、水をかけて成長促進をかける。


 すると、畝から早速とトマトの芽が出てきてくれた。


 よしよし、これが順調になったらトマトを食べることができる。収穫できる時が楽しみだ。


「ハシラ殿、こちらにもお願いいたします」


「わかった」


 トマトの芽を眺めていると、種まきを終えたクレアに呼ばれたのでそちらに移動する。


 そこで同じように水をかけ、成長促進をかけてやると芽が生えてきた。


「ハシラ殿の力はすさまじいですね。まるで、農耕を司る神のようです」


「そうか?」


 豊穣を司る神の加護なら受けているが、ややこしくなりそうなので説明は特にしないでおいた。俺はこの世界について知らないことが多いので、余計なことは言わない方がいいだろう。


 そんな風に考えて適当に流すと、クレアが真面目な口調で言ってくる。


「やってきて早々に意見して申し訳ありませんが、今後の発展を考えるとガイアノートだけではなく人を増やすことも考えた方がいいと思われます。ハシラ殿やレント殿だけに頼るのはリスクが大きいですし、職人もいないと物も増えませんから」


 魔王やカーミラの傍で働いているだけあって、土地を発展させる知識もあるのだろう。


 確かに現状では俺の力に頼っている部分が大きい。それにクレアの言う通りに職人もいない。


 農作業こそ発展しているものの、それ以外の二次産業などについては皆無だ。


「意見をありがとう。人手について考えることにする」


 ガイアノートを増やすだけでなく、今後のことを考えて人手を増やすことも考えた方がいいのだろうな。

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