第28話 樹海イチゴ飴

「おい、カーミラ。蜂蜜を塗り過ぎじゃないか?」


 翌日の朝。焼いたモチモチの実にべったりと蜂蜜を塗るカーミラを見て、俺は待ったをかけた。


「そうか?」


「そうだよ。ごっそり使っちゃって、これじゃあすぐになくなっちゃうじゃないか」


「そんなに細かいことを言わなくてもいいじゃない」


「とか諫めつつ、リーディアも何で俺のジャムを使っているんだ? 確か昨日は甘すぎないくらいがちょうどいいとか言っていたよな?」


 そう、カーミラだけでなくリーディアまでもちゃっかりと俺の蜂蜜入りジャムを使っている。昨日は甘さが足りないと嘆く俺にちっとも共感してくれなかった癖に。


「だ、だって、こんな美味しい蜂蜜が入っていたらしょうがないじゃない!」


「そうだぞ。ケチを言うなハシラ」


 形勢が不利と悟ると、開き直ってみせるリーディア。それに便乗するカーミラ。


「いや、ヘルホーネットの蜜はなくなったら、すぐに作れないんだからな」


 畑の作物であれば、俺の能力を使えば通常よりかなり早いペースで作ることができる。


 しかし、これはヘルホーネットが作っているものだ。


 俺の能力があっても、作るペースを早めてもらうことはできないのだ。


 生成にはおよそ三か月はかかるらしく、早々に使い切ってお預けというのだけは避けたい。


 まだまだ蜂蜜は残っているが、二人のペースを見ているとあっという間になくなる気がする。


「他に使い道だってあるんだぞ?」


「ぐぬぬ、なら今日はこのくらいにしておいてやろう」


「……しょうがないわね」


 俺が真剣に諭すと、状況を理解してくれたのか二人が無念そうに壺を置いてくれた。


 まあ、でも久しぶりの甘味だったのだ。二人が夢中になってしまう気持ちもわかる。


 俺たちが育てているものはまだまだ果物と山菜が多いし、それを加工できるような食品や調味料もなかったからな。


 もうすぐクレアが色々な種や苗を持ってきてくれることだし、抑圧し過ぎるのもよくはないか。


 美味しい蜂蜜が手に入ったんだし、普段とは少し違ったものを作ってみよう。


 朝食を食べ終わると、俺たちはそれぞれの仕事にとりかかる。


 俺とカーミラは新しい畑を作るために土を耕し、リーディアが作物の確認をしながらキラープラントやインセクトキラーの世話をする。


 そして、レントは周囲の警戒と狩った獲物の引き上げ、解体だ。


 最近はそんな仕事がルーティンと化している。


 クレアが作物を持ってきてくれると一気に忙しくなるからな。今はそのための準備期間だ。


 神具を鍬に変形させると、カーミラと並んで土を耕していく。


 最近はカーミラも慣れてきたからか耕すスピードも大分早くなっている。


「くそ、さすがに耕すのが早いな!」


「ははは、まだ負けるわけにはいかないな」


 カーミラも筋はいいが、経験者にはまだ劣る。だが、一緒に耕す仲間がいると気持ちに張りが出ていいな。



 リーディアは水魔法を使った水やりや細々としたことをやることが多いし、レントは体力というものが存在するか怪しいレベルなので勝負にもならない。


 このような気持ちになることはなかったので新鮮だった。


 そうやって土を耕すことしばらく。太陽が中天に迫るくらいまで昇ってきたので作業を中断。


 蜂蜜を使った料理を作るために家に向かう。


 台所の棚から蜂蜜の入った壺を取り出すと、不意に視線を感じた。


 振り返るといつの間に接近していたのか、カーミラとリーディアからジットリとした視線を向けていた。


「……別に一人で食べるわけじゃないから。これを使ってちょっとした料理と甘味を作るんだ」


「おお、本当か!?」


 説明すると途端に表情が柔らかくなるカーミラとリーディア。剣呑な空気が霧散してくれて嬉しい。


「二人とも、樹海イチゴを採ってきてくれるかい?」


「わかったわ」


 別に一人でもできる作業なのだが、二人とも仕事に手が付かなさそうな雰囲気だったので手伝ってもらうことにした。


 リーディアとカーミラがすぐに窓辺から離れて畑に向かう。


 俺はその間に囲炉裏の炎を起こす。


「ハシラ、樹海イチゴを採ってきたぞ!」


 炎がしっかりとした大きさになる頃に、二人が樹海イチゴを籠に入れて家に入ってきた。


「リーディアはフライパンに蜂蜜を入れて焦がさないように煮詰めてくれ」


「任せて」


「おい、なにかアタシにできることはないのか?」


 自分だけ仕事がないのは嫌なのか、カーミラが裾を掴みながら言ってくる。


「それじゃあ、カーミラは樹海イチゴを水で洗ってヘタを切り落としてくれ」


「わかったのだ!」


 その間に俺は鋭い枝だけを生やして、ちょうどいい長さに調節していく。


 さすがに料理ができないとはいえ、カーミラの方は問題ないよな? 心配になって見てみると、さすがにこの程度のことはできるようだ。


 ちょっと危ない手つきをしているが、カーミラは問題なくヘタをナイフで切り落としていく。


 終えはヘタを切り落とした樹海イチゴを枝に刺していく。


 ここまでやれば俺が何を作ろうとしているかわかる人もいるだろう。


 そう、前世でも人気だったイチゴ飴だ。


 砂糖はないが、蜂蜜でも十分代用して作ることのできる簡単な甘味だ。


「アタシもやりたいぞ!」


「じゃあ、手伝ってくれ


 カーミラが枝で刺すのをやりたがったので一緒にやってもらう。


 こうやって意欲的な態度を見ると、料理自体は嫌いじゃないのかもしれないな。


 魔王の娘だからやらなくて済み、興味が向かなかっただけなのかもしれない。


「ハシラ、煮詰まって水分がなくなってきたわよ」


 そんなことをしていると囲炉裏部屋にいるリーディアに呼ばれたので、枝に刺し終わった樹海イチゴを持ってカーミラと共にそちらに向かう。


 フライパンを傾けるように頼むと、枝に刺した樹海イチゴを煮詰めた蜂蜜に塗りたくる。


「ああ、樹海イチゴに塗って食べるのね!」


 樹海イチゴにそのまま煮詰めた蜂蜜をかけて食べる。それだけでも美味しいだろうが、ここからさらに一手間をかける。


「惜しい。ここからもう一手間かけるんだ。リーディア、蜂蜜を纏わせた樹海イチゴを氷魔法で軽く冷やしてくれるか?」


「冷やす? ええ、いいけど‥‥」


 暑い日になるとリーディアが冷気を出して室温を下げてくれるので、冷気が出せることは知っていた。


 リーディアは戸惑いつつも、魔法で樹海イチゴに冷気を当てる。


 すると、みるみるうちに纏わりついた蜂蜜が硬質化した。


「ちょっと触ってみて」


「おお、表面がツルツルしているぞ!」


「本当に硬くなったわ」


「そう、外はパリッとした食感の蜂蜜と冷えた樹海イチゴが食べられるってわけさ」


 具体的に説明すると、味を想像したのか二人がゴクリと唾を呑み込んだ。


「リーディア、どんどんこれを作るぞ!」


「ええ、冷やすのは任せてちょうだい!」


 俺がやったようにドンドンと樹海イチゴに蜂蜜を纏わせて、それをリーディアが冷やしていく。


 用意した皿の上にはあっという間に何十本の樹海イチゴ飴が完成した。


 冷やされた蜂蜜が樹海イチゴを見事にコーティングして輝いている。艶やかであり果実の赤みが強調されて美味しそうだ。


 早速とばかりに俺たちはイチゴ飴に手を伸ばして食べる。


 歯を突き立てた瞬間、表面を纏っていた蜂蜜がパキパキパキッと心地よい音を立てて割れた。


 それは自分だけのものではなく、カーミラやリーディアの方からも重なって聞こえた。


 甘い蜂蜜を砕きながら、ヒンヤリとした樹海イチゴを食べる。


 酸味のある樹海イチゴにヘルホーネットの濃厚な蜂蜜の甘さが加わる。


 ただでさえ、果物と蜂蜜は相性がいいのに、そのどちらの品質が高いときた。


 もう美味しくないわけがなかった。


「パリパリしてて美味いな!」


「蜂蜜と樹海イチゴの相性が抜群ね!」


 カーミラとリーディアからも好評で、バリバリと食べている。


 二人とも歯が強いのか、固まった蜂蜜だろうと何のそのだ。すごい勢いで食べ進めている。


「蜂蜜が余っているけどどうするの?」


「もっと樹海イチゴを採ってくるか!?」


「いや、これはそのまま飴にしちゃおう」


 べっこう飴ならぬ、蜂蜜飴だ。


 小さな長方形の型を木で作って、そこに煮詰めた蜂蜜を流し込む。


 後はそれをリーディアに冷やしてもらってを繰り返すと、蜂蜜飴が出来上がった。


 型から引きはがした蜂蜜飴を口の中に入れる。


 うん、甘くて美味しい。蜂蜜の素材がいいだけにとても濃厚だ。


「おお、これも甘くていいな」


「疲れた時に舐めると良さそうだわ」


 そうだな。作業をしながら舐めると気力が回復するな。こういった嗜好品も潤いのある生活にはとても大事だ。


「こういう風に蜂蜜にも色々と使い道があるから、使い過ぎは控えような」


 改めての台詞にカーミラとリディアは笑顔で頷くのであった。



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