第23話 カーミラの土起こし

畑の雑草抜き、小石拾いが終わると、次は土起こしだ。


「じゃあ、次は鍬で土を起こして柔らかくしてくれ。こんな風に」


 神具を鍬に変形させた俺はカーミラに手本を見せるべく、少しだけ土を耕してみせる。


「おお、さっきまで杖だったものが一瞬で鍬に変わったぞ。なんでだ?」


「注目するところが違うだろう」


 せっかく手本を見せたというのにカーミラの意識は神具の方に向いていた。


 軽くチョップをして注意する。


「……すまん」


「もう一回見せるから次はちゃんと見ててくれよ?」


 カーミラの意識を戻した俺は、もう一度鍬で土を起こしてみせる。


「こんな感じだ」


「これなら簡単そうだぞ!」


「それは頼もしいな」


 無駄な力が入っているとすぐにへばってしまうものであるが、カーミラの様子を見ることにしよう。


 鍬を持ったカーミラは俺と場所を変わると、大きく鍬を振って土を耕し始めた。


「そんなに大きく振って大丈夫か?」


「大丈夫だ! 体力には自信がある!」


 明らかに無駄な力が入っているが、カーミラは気にした風もなく土を掘り起こしていく。


 カーミラが言うように、小さな身体に見合わず膂力と体力は大したものですごいスピードで耕していく。


「彼女、あんなに無茶苦茶な振り方で大丈夫?」


 そんなカーミラの様子を見て、インセクトキラーのお世話をしていたリーディアも心配をしている。あんな振り方をすれば、すぐにへばるのは当然だからな。


「体力に自信があることだし見守ってみようじゃないか」


「そう。私はそろそろ昼食を作ることにするわ」


「頼んだ」


 やる気に満ち溢れているカーミラを止めて、レクチャーするのは難しそうだし。


 俺がそのように伝えると、リーディアは肩をすくめて昼食作りに行った。


 失敗も経験のうちというしな。


 そんな思惑の中、カーミラを見守っていると体力が尽きてきたのか、みるみる速度が落ちてきた。


「おーい、最初の勢いはどうした?」


「ヤバい、これめちゃくちゃ疲れるではないか。それにまた腰が痛いぞ」


 声をかけてみると、疲労に満ち溢れたカーミラの返答がきた。


 単純な動作の繰り返しであるからこそ、無駄があると大きな負担がかかるからな。


「だから、最初に注意しただろ。大きく振り過ぎだって」


「では、どのようにすればいいのだ?」


 ここでようやく人の話を聞く気になったのか、カーミラが真面目な表情で尋ねてくる。


「あんまり大きく振らず、鍬の重さを利用するように掘り返すんだ。そうすれば、力をほとんど込めずに掘り返すことができる」


「お、おおっ! 本当だ! ほとんど力を込めていないのに土を耕せるぞ! すごいぞ、ハシラ!」


 俺がそう教えながら鍬を振るうと、それを見たカーミラはすぐに真似をして喜びの声を上げた。


 少し見ただけで再現できるとは筋がいいな。


 カーミラは楽しそうに笑いながら、土を掘り返して進んでいく。


 あり余る体力と膂力に加えて、効率的な振り方が加わると恐るべきスピードになるものだ。


 あまりカーミラに期待していなかったが、きちんと教えてあげれば予想以上の働き手になってくれそうだ。


「ハシラ、昼食ができたわよ!」


 しばらくカーミラの監督をしていると、家の方からリーディアの声が響いてきた。


 どうやら昼食ができたらしい。


「カーミラ、耕すのは一旦終わりにして昼食にしよう」


「……それはアタシも一緒に食べていいのか?」


 明るくて気楽なように思えたが、妙なところを気にする少女だ。


「畑の世話をしてくれている仲間だからな。除け者にしたりしないさ」


「そうか、仲間か! なら、アタシも一緒に食べるぞ!」


 不安そうな顔から一転、嬉しそうに笑うカーミラ。


 家の前で土を落とし、靴を脱いで玄関に上がる。


 部屋に入ると、囲炉裏の上には大きな鍋がかけられておりぐつぐつと音を鳴らしていた。


「昼食は燻製肉と山菜のスープ。それにモチモチの実を焼いたものよ」


「うええ、野菜がたくさん入ってるではないか。野菜は苦いから嫌いだ」


 鍋を覗き込むなり、早速と文句を垂れるカーミラ。


 野菜は苦手だって言っていたな。


「野菜じゃなくて山菜ね。ここの野菜は普通のものよりも甘くて美味しいわ。騙されたと思って食べてみてちょうだい」


 お椀に注がれたスープをリーディアに渡されて、複雑な表情で受け取るカーミラ。


 匙で掬った山菜を見て、嫌そうな顔をしていたカーミラだが俺とリーディアが食べろとプレッシャーをかけると大人しく口へ運んだ。


「っ! 苦くないぞ!?」


 目を大きく見開いて感想を述べるカーミラ。


 もう一度確かめるように山菜だけを掬って口に運ぶ。


「城で食べていた野菜や山菜はもっと青臭くて苦かった。だけど、このスープのは臭くないし美味いぞ」


「そう言ってもらえて嬉しいよ」


 育てたものを美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。それが野菜や山菜が苦手だと言っている子から出たものなら嬉しさは倍増だ。


 カーミラの素直な感想に俺とリーディアもにっこりと笑みが浮かぶ。


「はい、ハシラも」


「ありがとう」


 リーディアによそってもらったスープを俺も食べる。


 塩胡椒などの調味料はないが、燻製肉と山菜の甘味がしっかりと出ていて美味しい。


 ウルイ、ゼンマイ、コゴミなどの具材の苦みもしっかりと処理されていて、独特な風味と甘みがにじみ出ていた。


 うん、とてもよく落ち着く味だな。


 山菜スープを少し食べると、皿に盛りつけられた焼いたモチモチの実を手にする。


 少し火が通ったモチモチの実には焦げ目がついており、焼き立てのパンのような香ばしさがあった。


 食べてみると若干の皮の硬さがあると、中はモチッとしていて焼き立てのパンのよう。


 熱々になっているのをオリゴオイルと一緒に食べると実に美味い。


「それは畑で採れたモチモチするやつか?」


「ああ、生で食べるのも美味しいけど焼いたものをオリゴオイルにつけて食べるのも美味しいぞ」


「アタシも食べる!」


 俺がそう勧めると、カーミラは焼いたモチモチの実を掴んでオリゴオイルにちょんとつけて食べた。


「そのままもいいが、こっちも美味いな!」


 焼いたモチモチの実もいたく気に入ったのか、大きな口を開けてもきゅもきゅと食べている。


 ……なんだかリスみたいだな。


 対するリーディアは背筋をピンと立てた正座でお行儀よく座って食べている。


 小さな口を動かして、ゆっくりと匙を進めている。


 どっちが王女様なのかわからなくなってしまう光景だな。


 途中でカーミラがお代わりを繰り返すので、追加でモチモチの実を焼くことになったが、あっという間に昼食は平らげられることになった。


 俺とリーディアはそこまで食べる方ではないので残って夕食に回すことが多いが、カーミラが結構な量を食べるのでなくなった。


 お腹を撫でているカーミラは実に満足そうだ。


「ふう、美味しかったぞ」


「そういってもらえると作った側としても嬉しいわ」


「……でも、ワタシはこんな美味しいものを無駄に焼いてしまったのだな」


 満足げな表情から一転して、シュンとしたものになるカーミラ。


「本当にすまなかった。失ってしまった分は、ワタシがしっかりと畑を耕して補うことを約束する」


 いつも偉そうにしていたカーミラが頭を下げて言ってくる。


 やっぱり、基本的に根はいい子なのだろう。農家の苦労と育てたものの愛を知れば、それを反省するだけの素直さがカーミラにはあった。


 こんな横暴な子が魔王の娘で大丈夫かなと思っていたが、自分を顧みることができるのなら問題はなさそうだな。


「俺たちの大切にしているものや、苦労をわかってくれたのならよかったよ。カーミラは魔王の娘だし、いろいろと都合があるだろうからやれる範囲で手伝ってくれると嬉しい」


 勝者の特権として言い渡したものの、カーミラは魔王の娘だ。


 いつまでもここにいられるわけではないだろう。俺たちが真に求めていたのは畑の完璧な修繕よりも、農家の人の気持ちを踏みにじらない心だ。


 それがある程度カーミラにも備わった以上、それ以上を求めるつもりはない。


「問題ない。アタシは最後まで手伝うぞ! しっかりと畑を作って、作物を実らせてみせる!」


 しかし、カーミラは俺の気遣いを無用とし、そのような宣言をする。


 本当に大丈夫なの? 君、魔王の娘さんだよね? 親後さんが心配してやってきたりしないだろうか。


 俺とリーディアはそんな別の心配を胸に抱くのであった。




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