第22話 初めての開拓
「燃えてしまった畑をそのまま生き返らせてほしいところだが、そんなことはカーミラには無理なので開墾をしてもらう」
そう言って、俺は手作りの鎌や鍬をカーミラに渡す。
持ち手などは木製であるが、刃の部分は石材を加工して作ってある。
神具と比べると、かなり性能の落ちる普通の道具であるが畑づくりには十分だ。
「おー、農民達が持っている道具だ。初めて持ったぞ」
鍬や鎌を手にしたことがなかったのか興味深そう見つめているカーミラ。
魔王の娘といえば、いわば王族だ。そんな子が畑を耕すことなどないだろうな。
「早速土づくりといきたいところだが、まずは前に雑草を抜かないといけない。この範囲にある雑草を抜いてくれ」
さすがに広大な範囲の開墾を初心者に命令するほど鬼畜ではない。
五メートル×五メートル程度の広さで区切るように木を生やして、畝の範囲を視覚的に示してやる。こうすれば、この範囲で畑を作るのがカーミラにもよくわかるだろう。
「ふむ、雑草か。魔法で焼いて――いや、なんでもないぞ」
ジロリと視線をやると、カーミラは慌てて作業にとりかかった。
火魔法で損耗を与えながら、雑草を処理しようとするほど空気が読めないわけではなくて安心した。
周囲に畑があるのに火を使うのは危ないし、土地にだってダメージがいくからな。そういう方法は遠慮してもらいたい。
カーミラが鎌を使って、雑草をザックザックと刈り取っていく。
「おお! 意外と草を刈るのも楽しいものだな!」
雑草の束を握りしめながら楽しそうに言うカーミラ。
最初はそうなんだけど、ずっと屈んで作業をしていると腰が痛くなるんだよな。
あと、人によってはこの単純作業が苦手な人もいる。
このような作業は俺の能力を使えば一瞬で終わるが、それではカーミラに畑づくりの素晴らしさを教える意味がないからな。そういったお手伝いをするつもりはない。
「小石とかもあれば取り除いておいてくれよ。後の土づくりで邪魔になるから」
「わかった!」
初めての体験ということもあってか、カーミラは意外と楽しそうに草を仕事に取り組んでいる。
ザックザックと雑草を刈って集めては、畑の端にポイッと。とても軽快な動きだ。
もっとやる気なさそうにしたり、文句を言われることも想定していただけに拍子抜けだ。
とはいえ、まだ作業は始まったばかりなので様子見だな。畑づくりは根気が必要だから。
カーミラが作業に入ったので監視を緩めると、蔓の伸びてきた肩を叩いた。
「うん?」
振り返ると、キラープラントから蔓が伸びているのがわかった。
これはキラープラントが水を欲している時の合図だ。
「リーディア、キラープラントに水を頼むよ」
「わかったわ」
畑の世話をしているリーディアに声をかけると、すぐに返事がきて姿を現した。
キラープラントの傍にやってきたリーディアがぶつぶつと詠唱をすると、大きな水球が出現した。それをそのままキラープラントの頭上からザッパンとかける。
まるでバケツの水をぶっかけたかのような音が響く。
エネルギー源である水をかけられたキラープラントは当然憤慨するようなこともなく、身体全体を揺らして嬉しそうにしていた。
「最初はコップ一杯の水でよかったのにな」
「随分と大きくなったものよね」
種になったキラープラントを育てはじめた頃は、足首にも届かないサイズであった。
しかし、俺の成長促進と魔物による順応力の高さであっという間に元の大きさを取り戻していた。
もはや、俺たちの住んでいる家よりも大きいだろう。
枝葉も大きく伸びて蕾も出ているし、茎には棘も生えている。
樹海の奥で出会った凶暴な姿を取り戻しているが、今ではすっかり頼りになる家族だ。
キラープラントが甘えるように頭を摺り寄せてくるので、俺とリーディアは撫でてやる。
その際に成長促進の力を軽くかけてやるとキラープラントは喜んだ。
きちんといい環境に移し、水をあげたり、成長を促進させたり世話をしているからだろうか。随分と懐かれたものだ。
「ねえ、ハシラ。魔石をあげてもいいかしら?」
「うん、いいよ」
インセクトキラーであれば、小さな魔石やクズ魔石でちょうどいいおやつになるが、キラープラントほど大きくなるとそれなりの大きさの魔石じゃないとおやつにもならない。
別にお世話をするのに魔石を与えるのは必須ではないが、こういう嗜好品も生きる上では大切だ。それに魔物は魔石を取り込むと強くなるらしいし。
リーディアがポーチから拳ほどの大きさの魔石を取り出して、キラープラントに食べさせる。
キラープラントはそれをパクッと口に入れて、ぼりぼりと噛み砕いた。
「こうやって魔石を食べているのを見ると、ちょっとだけ美味しそうに見えるよな」
「私たちじゃ、絶対に食べられないけどね」
過去に魔石を体内に取り込んだ者が何人もいるが、もれなく悲惨な死を遂げているらしい。
魔物の魔力を宿したものを人体に取り込むのは不可能のようだ。
まあ、俺はそんなことに興味はないし、やるつもりはないけどな。
「おーい、なんかそっちだけ楽しそうでズルいぞ!」
そうやってリーディアとキラープラントを可愛がっていると、カーミラが不満そうな声を上げた。
「別に遊んでるわけじゃないから。文句を言わないで手を動かしてくれ」
「そうはいってもちょっと飽きたぞ。それに腰が痛い」
どうやらずっと中腰での作業で腰へのダメージがきたようだ。腰を痛そうにさすっている。
ずっと同じ体勢で作業をするが故に腰へ負担がかかるのだ。
「世の中の農家は、それを我慢しながら必死にやっているんだ。我慢しろ。草が抜けたら一旦休憩にしてやるから」
「休憩中は、アタシもその魔物を可愛がってもいいか!?」
休憩という飴を用意したつもりだったが、思わぬ飴を要求してきた。
どうやら目先の休憩よりもキラープラントを可愛がりたいようだ。
「ああ、いいぞ」
「わかった! もう少し頑張るぞ!」
許可をすると、カーミラはスピードを上げて雑草を刈っていく。
種族的なものか若さなのかはわからないが物凄い体力だな。
俺かリーディアが同じような作業をすれば、もっと早くへばっているだろう。
「どうだ! 雑草を抜いてやったぞ!」
カーミラが誇らしげに胸を張って言ってくる。
まだ多少小石が残っているが、初心者であることと速度と考えれば及第点だろう。
「休憩していいぞ」
「わーい! ワタシもキラープラントを可愛がってやるのだー!」
休憩と言うと、カーミラが鎌を置いてキラープラントの方に駆け寄っていく。
しかし、キラープラントの生やした蔓に頬を叩かれた。
「痛っ! お、おい、なにをするのだ!? い、痛いっ! やめるのだ!」
カーミラが信じられないとばかりの表情を浮かべるが、キラープラントは容赦なく蔓を叩きつける。
鞭のような破壊力を持つ蔓の嵐にカーミラは堪らず逃げ戻ってくる。
「ハシラ! キラープラントがワタシに意地悪をする! 何故だ?」
「一部とはいえ、カーミラは畑や家を燃やしたからね。キラープラントは良く思っていないんだと思うよ?」
俺やリーディアはカーミラが子供であることや魔王の娘であることを判断し、贖罪することで許している。
しかし、キラープラントからすれば、そんな事情は知ったことではない。
自分の守るべき場所に害をなした敵だ。カーミラにいい印象を抱いていないし、許してもいないのだろう。
「そ、そんな……ワタシはどうすればキラープラントと仲良くなれる?」
「地道に働いて世話をして信頼を回復するのが一番だと思う」
「……わ、わかった。もっと頑張るぞ」
扱いやすくはあるけどちょっと変わった子だ。魔王の娘だとか言っているけど、俺からすれば元気なただの女の子にしか見えないな。
素直で根はいい子なので、このまま頑張ってもらいたい。
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