第24話 お世話係クレア

「ハシラ、見ろ! モチモチの実が微かに膨らんできたぞ!」


 畑の世話をしているカーミラが、モチモチの実をさして元気よく叫んだ。


 まだまだ種を植えて三週間しか経っていないので、まだまだであるが実になりそうな膨らみが見えていた。


「おお、よかったな。そのまま順調に育てば後一か月くらいで大きくなるんじゃないか」


「あと、一か月か! それは楽しみだな!」


 膨らんだモチモチの実を見て、にんまりと笑みを浮かべるカーミラ。


 心を入れ替えたカーミラは、精力的に畑の世話をするようになった。


 畑を耕し、モチモチの実の種を植え、最近レントが見つけてくれた樹海イチゴまでも移植して育ててくれている。


 俺やリーディアはアドバイスを送るものの基本的にカーミラ一人で世話をしている。


 今では自分が植えたものを育てることが楽しくて仕方がないようだ。


 俺たちを脅すために、畑の一部分を焼き払った姿が嘘のようである。


 カーミラはモチモチの実をツンツンと可愛がるように突くと、少し移動して別の作物を指さす。


「樹海イチゴの方はどうだ?」


「こっちは成長が早いみたいだから、移植したやつは一週間もあれば収穫できるんじゃないか?」


 樹海イチゴは、前世でもあった蛇イチゴのような丸くて赤い果実だ。


 蛇イチゴのように味が薄いわけではなく、しっかりとイチゴの味がしている。


 それでいて成長が早く、収穫までが早いというのだから、すぐにうちの畑でも育てることを決めたのだ。


 カーミラが育てて一か月程度なのだ。俺が成長促進を使って育てれば、多分二週間もかからないだろうな。


 まあ、カーミラは初めての作物として大事に育ててくれているので、すぐ傍で先に収穫するような大人気ないことはしないが。


 俺としては少し考え方を改めてくれれば十分だったので、成長促進することを申し出たが、自力でどこまでできるか試してみたいとカーミラの畑には力を使っていない。


 勿論、定期的にやる雑草抜きだって自力での作業だ。それを本人は苦に思うことなく楽しんでやっているので、子供というのはすぐ変わるものだ。


「おお、こっちはもうすぐだな! 食べるのが楽しみだ!」


「ジャムっぽくすれば、モチモチの実につけて食べることができそうだな」


「ヤバいぞ、ハシラ! それは絶対美味しいに決まってる!」


 でも、美味しいジャムを作るには砂糖が欲しいところだな。


 期待しているカーミラには悪いが、砂糖がないとジャムはいまいちになってしまうだろう。


 それなりに生活基盤も整ってきたところだし、どこかの村や街と交易でもしたいなー。


「そういえば、カーミラは魔国ベルギオスっていうところからやってきたんだよな?」


「ああ、そうだ」


「それってここからどのくらいの距離なんだ?」


「アタシの翼なら三日でいける距離だぞ」


 シレッと言ってのけるが、カーミラは魔王の娘だ。その飛翔速度が通常の魔族や人間と同じわけがないよな。あんまり鵜呑みにしないでおこう。


 とはいえ、国があるのなら街だってあるはずだ。カーミラのところと交易をしたいところだ。


「三日で帰れる距離なら、一度戻った方がいいんじゃないか? これだけ滞在していたらお父さんも気にするだろう?」


 などと、さり気ない風を装って一時帰還を勧める。


 カーミラが戻って話をすれば、すぐに交易が動き出すかもしれないしな。


 そんな思惑もあるけど、そろそろカーミラのパパが心配だ。だってもう、この樹海にやってきて三週間が経過しているんだ。


 娘が外に出て三週間も帰ってきていなければ、パパも心配になるだろう。というか、捜索を始めているか

もしれない。


 以前のカーミラのように血の気の多い奴がやってきて、畑を焼かれてしまうのはごめんだった。


「嫌だ! アタシが戻ったら畑の世話ができない!」


「その間は俺やリーディアが世話をするから大丈夫だ」


「初めて自分で育てた作物なんだ! 最後までアタシが面倒を見たい!」


 カーミラの心からの叫びに、俺の心が思わず震える。


 こ、こいつ、いつの間にか立派な言葉を吐くようになりやがって。


 カーミラがそこまで自分の畑に愛情を持っているとは予想外だった。


 早く交易がしたいがために、カーミラの真剣な心を踏みにじろうとしている自分が恥ずかしかった。


「……それともハシラはアタシを追い出したいのか?」


「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、ご家族が心配すると思っていたから」


「父上は大らかだから気にしないだろうが、クレアは心配性だからな」


「ええ、それを聞くとかなり心配になるんだけど……」


 幸いにして魔王はそこまで心配性ではないみたいだが、クレアという人物が気になる。


 三週間も預かっちゃっているけど大丈夫だろうか?


「お嬢様! ようやく見つけましたよ!」


 なんて心配をしていると、頭上から声が降ってきた。


 見上げると、銀色の長い髪をたたえた女性が空を飛んでいた。


 蝙蝠の翼に小さな角があることから、カーミラと同じく魔族であることが窺える。


 でも、何故だろう。ここにくるまでにかなり苦労したのかボロボロであった。


 カーミラのように余裕で入ってこられるような実力はないのだろう。


「あれがさっき言っていたクレアって人?」


「そうだ。アタシの世話役なのだ」


「おい、貴様! 人間風情がお嬢様に気安く話しかけるな! そのお方が誰かわかって――ふぎゃっ!?」


 クレアが魔力を高めながらドスの効いた声を上げた瞬間、地面から蔓が勢いよく生えてきた彼女を叩き落とした。


 そして、そのまま猛烈な数の蔓がクレアを袋叩きにする。


 俺がやったわけじゃない。やっているのはキラープラントだ。


 前回、カーミラに畑と家の一部を焼かれてしまったことから、やってきたものが敵意や魔力を出したなら遠慮なくしばくように言っておいたのだ。


 畑の番人であるキラープラントは、外敵に対して容赦はしない。蔓がしなってパシンパシンと凄い音が上がっている。


 クレアは何とか逃げようとしているが、それをキラープラントが許すはずもない。あっという間に蔓で拘束されて動けない状態での袋叩きだ。むごい。


「ぐふっ、がはぁっ! なんだこれは! やめろ! やめてください、お願いします、許してください、何でもしますから……っ!」


 これには強気だったクレアも涙目だ。最初はあんなに毅然としていたのに、蔓という暴力によって完全に心がへし折られてしまっている。


「ひっ!」


 そんな光景を見て、カーミラは俺にやられた時のトラウマが蘇ったのか、顔を引きつかせて後ろに隠れた。


 それから俺を見上げて恐る恐る頼み込んでくる。


「ハ、ハシラ……あれくらいにしてやってくれないか? クレアが死んでしまう」


 無礼を働こうとしたとはいえ、カーミラの関係者なのだ。やり過ぎはいけない。


「キラープラント、もういいよ。その人はカーミラの関係者みたいだし」


 俺がそう言うと、キラープラントはクレアを蔓から解放する。


 地面にはすっかり蹲って、めそめそと泣いているクレアだけが残された。


「クレア、大丈夫か?」


「お嬢様……私、殺されるかと思いました」


「そうかそうか、怖かったな。その気持ちはアタシにもよくわかるぞ。だが、大丈夫だ。もう心配ない」


「うううううううう、お嬢様ああぁぁぁーっ!」


 カーミラが抱きしめてよしよしと頭を撫でると、クレアは大きな声で泣き出した。


 どうやらまた魔族の人にトラウマを植え付けてしまったらしい。




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