第19話 魔王の娘

魔石が畑の良い養分になるとわかってから、レントにはできるだけ魔物を狩ってもらった。


 普段は食べられる動物や魔物ばかり狙っていたが、魔石が狙いとなると関係はない。


 できるだけ質の高い魔石をお願いすると、レントは見たことのない魔物を持って帰ってきた。


 かなり大きな蜘蛛に頭が二つ巨大ムカデ、鎧に覆われたクマなど。今までは家の周りばかり探検していたが、少し遠くに行くとそんな物騒な魔物がいるのかと驚いたものだ。


「私が逃げるしかなかったアーマードベアーが養分のためだけに簡単に狩られて……」


 レントの狩ってきた魔物の中にはリーディアが敵わなかったやつがいたらしい。


 リーディアの弓矢通じず、魔法をまったく寄せ付けない鎧を纏うかなり強い魔物だったようだ。しかし、レントの物理攻撃を防ぐことはできなかったのだろう。その自慢の鎧は無残にひしゃげている。


 アーマードベアーが足を掴まれて解体小屋に連れていかれる様子を、リーディアは遠い目で見ていた。


 そして、確固たる決意のこもった眼差しで言った。


「私は絶対に一人で遠くまで行かないわ」


 うん、それがいいと思う。樹海の中でなら自信のある俺でも、あまり魔物とは戦いたくはないし。


 魔石用に確保した魔物はリーディアの指導によって換金用に素材と魔石に選別される。


 魔石をとったら後は捨ててしまうなんて勿体ないからな。


 どうやらここの魔物の素材は、かなりの値段になるらしいし。魔石は養分として使うことの方が多いので、換金用に保管するのは素材にしておこう。


 最近はいくつかの魔石を畑に使って検証中だ。魔石を使った畑で収穫をしてしまうと、土の栄養はなくなってしまうのか。それとも永遠なのか。


 今のところ山菜とモチモチの実を少し収穫しながら様子を見ているが、収穫したからといってすぐに効力が失われるわけでもない。


 他の作物と比べると、収穫をした後の場所でもやはり魔石を撒いた方が成長が早かった。


 しかし、最初に撒いた時のような劇的な効果はないので、効果が切れたらまた撒くという定期的なものがいいのだろうな。


 そんな風に魔石の効果を確認しながら畑の世話をしていると、空から何かがやってきた。


 鳥か魔物かと思ったが違う。


 やってきたのは動物や魔物の類ではなく人間だった。


 ただ頭にはねじくれた角が生えており、背中から蝙蝠のような翼と尻尾が生えている。


 上空で静止していることから明らかに異種族だ。


 燃えるような赤髪を左右でくくってある。ツーサイドアップという髪型だったか。


 自信に満ち溢れた深紅の瞳をしており、年齢は十五歳くらいだろうか。


 整った顔立ちながらもやや幼さも窺える可愛らしい少女。


 赤と黒で統一された服装はやや露出が多いながらも力強い。悪魔といったものを彷彿とさせる。


 とにかく、そんな少女が俺たちの畑の上空にやってきた。


 キラープラントが攻撃するかどうか迷っていたが、対話ができるかもしれないなので様子見をさせることにした。


「リーディア、あれが誰だかわかるか?」


「多分、魔族よ。内包する魔力を見る限り、かなり強いわ」


「リーディアなら勝てるか?」


「相手の方が格上よ。私はあんな風に気楽にこの樹海にこれないし」


 死の樹海といわれる場所に単独でやってきている者が弱いわけはないか。


 こんな場所に一体なにをしにやってきたのやら。


「おい、オマエたち。こんなところで何をやってるんだ?」


 少女は周囲を睥睨すると、赤い瞳をこちらに向けて尋ねてくる。


 見下ろしながらの言葉であるが不思議と気にならないカリスマ性があった。


「その前に名前を尋ねてもいいだろうか? 俺の名は柱」


「私はリーディアだ」


「人間とハイエルフが一緒にいるとは面白いな。いいだろう。名乗られた以上はアタシも名乗ってやろう。カーミラ=レイシス=レッドクルーズ! 誇り高き魔王の娘なのだ!」


 やや頼りない胸を張って尊大に告げるカーミラ。


「なあ、リーディア。魔王の娘とか言ってるぞ?」


 魔王といえば、確か魔族の頂点に立つ王様だ。その娘がこんなところにやってくるものなのか。


「魔力を見る限り嘘ではないと思うわ」


「どうしてそんな奴がこんなところに」


 一応、この大樹海は魔王の治める魔国ベルギオスの領土ではあるが、リーディアの情報では手をつけていないと聞いたのだが。


「自己紹介をしたことだ。改めて聞くが、オマエたちはここで何をしている?」


「見てわかると思うが畑を耕して暮らしている」


 俺がそう答えると、カーミラは大きな声を上げて笑った。


「死の樹海と呼ばれるこんな場所で畑を耕して暮らしているとは面白いな!」


「暮らしてみると中々に楽しいぞ。自慢の作物があるんだ。食べてみるか?」


「食うぞ!」


 軽く誘ってみると、カーミラは即答して降りてくる。


 冗談染みた提案に乗ってくるとは思わなかったので驚いた。本当に勧められた通りに作物を食べるつもりらしい。


「どうした?」


「いや、畑に案内するよ」


 魔王の娘と言われてビビッていたが、別に悪い奴ではないのかもしれない。


 少し気を緩めながら畑に案内する。


「おお、なんだ? 丸く膨らんだ木の実がたくさんあるぞ」


「ここはモチモチ畑。モチモチの実といって、俺たちの主食にしている食べ物だ。食べたことはあるか?」


「ほう、食べたこともないし、聞いたこともないぞ」


「なら、食べてみるといい」


 皮を剥いて差し出すと、カーミラは迷う事なく手で掴んだ。


「おお、柔らかい! 不思議だな!」


 モチモチの実の感触を指で楽しむと、カーミラは大きく口を開けて頬張った。


 次の瞬間、カーミラの目が大きく見開かれる。


「美味いぞ!」


 カーミラはそう言うと、勢いよくモチモチの実を食べた。


 どうやら気に入ってくれたらしい。見ていて気持ちがいいくらいの食べっぷりであっという間に一個を平らげた。


「他には美味しい食べ物はないのか!?」


「他には山菜がおすすめかな」


「山菜? 野菜はあんまり好きじゃないぞ」


 子供か。そう思ったが、この子は間違いなく子供の年齢だ。


 とはいっても、今収穫できるのはほとんどが山菜なんだけどな。


「なんだ、あそこにはリンゴがあるではないか。あれを食べさせろ!」


 どうしようかと迷っていると、カーミラが目ざとくグラベリンゴを見つけた。


「あれはグラベリンゴだ。まだ収穫時期じゃないぞ?」


「それでもワタシは果物が食べたい気分なのだ」


 確かに実がついてはいるが、まだ小さいし食べごろではない。しかし、カーミラはそんなことお構いなしにグラベリンゴを食べさせろと言ってくる。


「わかったよ。多少、味は落ちるけど文句は言わないでくれよ?」


「いや、美味しくなかったら文句は言うぞ」


 そんな滅茶苦茶な。まあ、グラベリンゴは魔石で成長を促進しているので、それなりに味は成熟しているはずだ。彼女の舌に叶うレベルであることを祈ろう。


 グラベリンゴ畑に行って、一番成長している果実をもぎ取る。


「はい、どうぞ」


「おお、リンゴとは微妙に色合いが違うな。頂くぞ」


 グラベリンゴをしげしげと眺めると、カーミラは豪快にかぶり付いた。


「な、なんだこれは! 美味すぎるぞ!」


 一瞬、美味しくなかったのかと焦ったが、グラベリンゴはカーミラの舌を満足させる美味しさだったようだ。むしゃむしゃと食べ、芯や種まで食べきってしまった。


 俺も確認するために小ぶりなものを食べてみる。以前食べたものよりも酸味と甘みのバランスが悪いものの、加護と魔石のお陰でそれなりに美味しく仕上がっていた。


「まだ収穫時期じゃないけど、まあまあだ」


「これでまあまあなのか!? 今までに食べたどの果物よりも美味かったぞ!?」


「そう言ってもらえると育てた身としては嬉しいな」


 自分で食べて楽しみのもいいが、誰かに食べてもらって美味しいと言ってもらえるのはそれ以上に嬉しいものだ。


「よし、気に入った! ここをアタシのモノにする!」


 じんわりと喜びをかみしめていると、カーミラが無邪気な笑顔をしながら言い放った。

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